Laboratory ARA MASA のLab Note

植物観察、読んだ論文に関しての備忘録
ホームページの更新情報

論文)イネ叢粒性(叢生小花性)の原因遺伝子

2024-06-12 10:17:16 | 読んだ論文備忘録

Enhancing rice panicle branching and grain yield through tissue-specific brassinosteroid inhibition
Zhang et al.  Science (2024)  383:eadk8838.

DOI: 10.1126/science.adk8838

複合小穂イネ(compound-spikelet rice)、麦穂イネ(wheat-spike rice)、またはSAN-LI-QI(中国語で三粒の奇跡の意)としても知られる叢粒性(叢生小花性)イネ(clustered-spikelet rice:CL)は、複数の穀粒が枝梗の先端につく特別な形質を持つイネ品種である。穀物の生産性を向上させる可能性があることから、研究者たちはこの形質の原因遺伝子の同定を試み、CL 遺伝子座は第6染色体上の特定の領域にマッピングされたが、遺伝子自体のクローニングはなされていない。中国農業科学院 作物科学研究所Tongらは、CL品種のCL1と非CL品種(NCL1)の農業形質を比較した。CL1は、3粒からなる叢粒性を示す典型的なCL品種で、主に二次枝梗の末端で叢粒性が見られる。そこでは1対の小穂と、その近くに3番目の小穂が小枝梗に付く。CL1では三次枝梗が頻繁に観察されるが、NCL1では観察されなかった。さらに、CL1の小枝梗はNCL1よりも短かった。CL1はNCL1と比較して28.2 %の籾数増加を示したが、これは一次枝梗ではなく、二次枝梗(35.2%増加)に付く小穂が多かったことに起因していた。また、NCL1とCL1の間には、穂長、穂数、出穂日、籾千粒重などの形質に有意差は認められなかった。穀粒の品質に関しても、NCL1とCL1の間に、白濁度、アミロース含量、ゲル粘性、糊化温度の有意差は検出されず、総タンパク質含量のみがCL1でわずかに高かった。穂の発達過程を走査型電子顕微鏡で観察した結果、(i) 二次枝梗分裂組織(SBM)の異常発達、(ii) 余分な小穂分裂組織(SM)の形成、(iii) 小枝梗の伸長不全、がCL1の特徴であることが判った。CL1と非CL品種をを交雑して得たF1は、弱いCL表現型(WCL)を示し、F2集団のNCL:WCL:CLの分離比は1:2:1となった。したがって、CL1の表現型は半優性遺伝子座によってもたらされていると考えられる。そこで、CL原因遺伝子を同定するために、CL1にアジ化ナトリウムによる突然変異誘発を行ない、M2集団からNCL表現型に戻る2つのCL 遺伝子座の劣性変異体(cl1-1cl1-2)を得た。これらの復帰突然変異体とCL1の交配から得たF2集団から、NCL植物、CL植物をプールしてバルク分離分析(BSA)を行った。その結果、1つの候補遺伝子(LOC_Os06 g39880)が第6染色体上に見出された。BSAから同定された関連SNPは候補遺伝子のコード配列に存在し、両方の変異体においてアミノ酸変化を引き起こしていた。この結果を検証するため、CRISPR-Cas9技術を用いてCL1バックグラウンドで候補遺伝子のノックアウト系統(cl-cc)を作出したところ、得られた系統はすべてNCL表現型を示した。さらに、NCL1と同様に、cl-cc 変異体はCL1と比較して、1株当たりの穀粒数と収量が減少した。これらの解析から、同定された候補遺伝子が、CL表現型と穀物生産性の向上の両方に関与していることが示唆される。LOC_Os06 g39880 は、以前にBRASSINOSTEROID-DEFICIENT DWARF3BRD3)として報告されており、ブラシノステロイド(BR)分解酵素チトクロムP450モノオキシゲナーゼCYP734A4をコードしている。各組織でのBRD3 発現を見ると、生殖組織で高い発現を示していた。活性型BRのブラシノライド(BL)で処理すると、BRD3 の発現が大きく誘導されたことから、BRD3 はBR恒常性のフィードバック制御に関与している可能性がある。CL1では、NCL1と比較して、BRD3 発現量が3〜5倍程度高く、BRのカスタステロン含量は、CL1ではNCL1よりも有意に低かった。これらの結果から、CL1におけるBRD3 の発現上昇は、BR分解を促進し、その結果、CL表現型をもたらすことが示唆される。CL表現型の原因となる変異を探索するためにBRD3 遺伝子のプロモーター領域やコード領域の多型を調査したが、CL品種に特異的な変異は見出されなかった。しかし、次世代シーケンサーによる解析から、CL1には、BRD3 プロモーターのおよそ5 kb上流に、約276 kbの逆位、約12 kbの欠失、約1.8 kbの挿入を含む、大きな構造変異が存在することが判った。この構造変異がCL品種におけるBRD3 発現の活性化に関与していると考えられ、叢粒性に関連する遺伝子座全体をCL と呼ぶことにする。一般的にBR欠損植物は矮化することが知られているが、CL1、cl1-1 変異体、cl1-2 変異体、NCL1の穀粒の大きさや草丈に差異は見られなかった。小枝梗や小穂でのBRD3 の発現パターンをCL1とNCL1で比較すると、CL1では小枝梗でのBRD3 の発現が高くなっており、このことと一致して、CL1小枝梗のカスタステロン含量はNCL1よりも70 %低くなっていた。穂の発達過程でのBRD3 発現を詳細に観察すると、NCL1での発現は弱く、組織特異性も見られなかったが、CL1ではSBMで特異的な発現が見られ、SMや花分裂組織(FM)の発達段階では小穂の基部で特異的発現が見られた。このように、BRD3 の発現パターンとCL表現型との間に強い関連があることから、BRD3 の空間的な発現増強が穀粒数の増加をもたらしていることが示唆される。BRシグナル伝達の負の制御因子として機能するGSK3/SHAGGY‐LIKE KINASE2(GSK2)の活性型(aGSK2)を過剰発現させたイネは、矮化して穀粒が小さくなるBR欠損表現型を示すが、FLAGタグを付けたFLAG-aGSK2融合タンパク質を過剰発現させた系統は、複数の小穂(2~6個、多くの場合は3個)が密集して付く穂となり、籾数や収量が増加した。おそらく、FLAGタグが融合タンパク質の分布に何らかの影響を与えており、CL1におけるBRD3 と同様に、CL表現型は、BRD3 またはFLAG-aGSK2 の特異的発現によってもたらされた空間的に制限されたBR機能によって制御されていることが示唆される。CL表現型へのBRの関与を解析するために、CL1にBR生合成遺伝子DWARF11D11) を過剰発現するm107、もしくはRNAiによりGSK3ファミリー遺伝子を抑制するGi-2 を導入したところ、CL表現型は消失した。さらに、CL1をBL処理すると叢粒性の程度が緩和された。また、CL1のD11 をCRISPR-Cas9でノックアウトしたり、CL1にFLAG-aGSK2 を導入することで、CL表現型は著しく強くなった。GSK2の下流でCL表現型を制御している因子を探索したところ、GSK2は、穀粒の大きさを負に制御し、分裂組織形成に関与していることが知られているOsMADS1と相互作用をして、OsMADS1をリン酸化、安定化することが判った。OsMADS1タンパク質量はNCL1に比べてCL1の小枝梗で多く、FLAG-aGSK2 過剰発現系統においても同様の傾向が見られた。OsMADS1 を過剰発現させた系統は穀粒が小さくなったが、CL1に類似した表現型を示した。また、OsMADS1 をRNAiで発現抑制したCL1はCL表現型が見られなくなった。これらの結果から、OsMADS1はGSK2の下流において叢粒性に関与していると考えられる。OsMADS1タンパク質の分布をみると、NCL1、CL1共にFMとSMで検出されたが、SBMと小枝梗の中心部ではCL1のみで特異的に検出された。これらの結果から、OsMADS1の特異的な蓄積が、BRD3 またはGSK2の特異的な分布によって引き起こされる叢粒性を制御していると考えれる。ChIP-seq解析とRNA-seq解析から、OsMADS1が結合して発現量が変化する遺伝子として46遺伝子が見出され、このうち15遺伝子はイネデータベース(https://ricedata.cn/)による機能的に特徴付けられていた。このうち、RICE CENTRORADIALIS2RCN2)は、シロイヌナズナTERMINAL FLOWER 1TFL1)のイネオルソログの1つで、枝梗の分枝を促進する役割を果たしており、RCN2 過剰発現系統は小穂数が増加することが知られている。RCN2 の組織特異的発現を見たところ、CL1ではSBMでの発現が検出されたが、NCL1ではどの組織においても発現は検出されなかった。さらに、CRISPR-Cas9によりCL1バックグラウンドでRCN2 をノックアウトしたrcn2-cc 変異体は、CL表現型が消失した。これらの結果から、OsMADS1の空間的な蓄積がRCN2 の特異的な発現をもたらし、その結果、SBMからFMへの移行が延長され、最終的に多くの二次枝梗と小穂の形成につながることが示唆される。CL 遺伝子座を各種イネ品種に導入したところ、何れの場合も穀粒数と収量の増加が認められた。イネで観察されるBR減少による叢粒性制御が、他の植物種のクラスター生長にも当てはまるのかを調査した。クラスターペッパー(Capsicum annuum L. var. fasciculatum、八房)は、1つの花芽形成節に複数の花が集まって咲くのに対し、通常のトウガラシ(Capsicum annuum L.)は節に1つの花しかつかない。一般的なトウガラシ品種Tianyu 2(TY2)と、生長・生殖形態がTY2によく似ていながら花がまとまって咲き花柄が短くなるTY2CLについて、花柄中のBR含量を測定したところ、TY2CLではTY2と比較して花柄のカスタステロン量が低くなっていた。逆に、カスタステロンの前駆体である6-デオキソカスタステロン量は、TY2CL花柄で高かった。これは、6-デオキソカスタステロンをカスタステロンに変換するBR合成酵素の機能喪失の可能性がある。また、つるバラRosa chinensis の”Parkdirektor Riggers”と、花がまとまって咲き、花柄が短くなるつるバラRosa sp.”Angela”の花柄のBR含量を測定したところ、TY2、TY2CLと同様に、“Angela”の花柄におけるカスタステロン量は”Parkdirektor Riggers”と比較して低かったが、6-デオキソカスタステロン量は逆の傾向を示した。これらの一貫した知見は、BRの分布が、多花性の花序構造を制御する上で一般的な役割を果たしている可能性を示している。以上の結果から、イネ叢粒性は、二次枝梗分裂組織特異的なBRD3 の発現によって小穂分裂組織の発達が遅延して枝梗と小穂の数が増加することで引き起こされていると考えられる。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 植物観察)ハマナデシコ | トップ | 論文)天然オーキシンとオー... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

読んだ論文備忘録」カテゴリの最新記事