≪ 2019・6・29 再掲載 ≫
なぜか、古い記事の方だけが、本日もまた、検索され、読まれ続けている。
私の記事を検索してみても、続編が、あろうとなかろうと、1本しか、ラインナップされていないことが、多く、その後が、非常に、探しにくくなっております。
自分のクセで、カテゴリーにも、あまりこだわらないため、さらに、探しにくくなっているようです。
取り急ぎ、今の、本城亜利架を、書いた記事、再再掲載、しておきます。
興味、持たれた方は、どうぞ、一読あれ
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≪ 2019・5・21 掲載記事 ≫
≪ 2019・6・7 再掲載記事 ≫
昨日から、急に、表題の本城亜利架(ほんじょう ありか)の、かつての、あの人は今に、対して、読者急増。本日も、変わらず、多くの人に、維持されている。
いったい、どういうことなんだろうか?
年齢は、まだ27歳。以前記事化した、子どもを対象とした、英会話教室に、なにか、変化があったのか?
病気か? 入院か? まさか、死去なんてことは、ないだろうが・・・・
教室廃業? 結婚した? 出産?
急増のキッカケを、考察してみた。
しながら、今、を探ってみる。
なんと、このように、表紙に、過去の写真を散りばめた本を出していた。
右上には、中央大學應援團団長時代の写真も添えて、自己PR。
売れたのかどうかは、推察もしない。
目次が、英文なので、ジスイズ・ア・ペン程度の、私には、閉口した。
上記の疑問も含め、連絡先、問い合わせ先も、探った。
芸能人では無い、とはいえ、注目度は、私の記事以前から、高かった。
大学のネット広報紙の対応は、疑問を持った。
例えば、彼女のことを在学時、大きくクローズアップしておきながら、卒業時以降のことは、 かたくなに「個人情報です」で、突っ切る、突っ張る。
「知ってはおりますが、御答え出来ません」とか、
「わかりません」というのなら、分かりもするが・・・・・。
このところも、相変わらず、糞も味噌も、「個人情報です」で、終えようと、ごまかす傾向が多発、連発。
で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
分かって来たのが、教室名が、変わり、今から4年前に、同じ教室のところで、(株)設立。名称も代えて、2人を率いて、若き彼女が経営。
ホームページのようなスペースには、上記の、なごやかな写真が。
仔細に見てゆくと、彼女の苗字が変わっていた。
その苗字。アシスタント・コーチなる肩書きと、マネージャーと言う肩書きを合わせ持つ、4歳年上の、左の背が高い男性の苗字と同じになっていた。
・・・・・・ということか?、と。
連絡をとってみた。
初めて、直接話すことに。
なんでも、彼女が言うには、以前から、自分が経営していた。
母の名前が、代表者になっていたのは、母から、どうか、自分の名前をどこかに、載せて置いて欲しいというからだと。
しかし、母は、教室には、来てもいないし、教えてもいなかったと、強調。
何か、2チャンネルみたいなとこに、母の元で、教えている・・・・なんて、間違ったこと出てて、と、不満口調。
しかし、当時、代表者として、母の名前が有って、講師の中に、彼女の名前が載っていれば、そう書いておかしくないと想うのだが・・・・・。
母子の間に、なにがあったのか?は、知らない。
にしても・・・・2チャンネルかよ・・・・・・・。
中央大學 経済学部を卒業したあと、IT企業に勤めていらした?
「そうですね。〇〇というところに」
どのくらい?
「1年半ですね」
パキパキと、折れるような口調。
大学時代、屈強な男子学生を束ね、「押忍」(おす)の一言で、まとめて、引っ張って来たのだから、強気な性格は欠かせないのであろうけれども・・・・・。 少なくとも、27歳にして、柔らかくは、ない。
「私、結婚もしましたし」
ソレは、御相手、男性マネージャーの、✕✕さんと?
「そうです」
何年くらい前に?
「個人情報ですっ。今から、打ち合わせが、ありますので」
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ともかく、今、は判明いたしました。
女性應援團団長、それも2年続けて、2代目と言うことで、以前、記事化した。
以降、再び、団長は男性になっているが、今年、新学期からはどうなのか?
高校は、どんどん、女子が団長になっていっているのは、もはや、時代の流れ・・・ともいえる。
中央大學の應援團の、ツイッターを見る、
しかし、団員は、わずか、4~5人しかおらず、そのうえ、学ラン着た左の学生は、明らかな女性に、見える!
そのうえ、この、必死の声援と、エールに応じる、学生と観客の数の、余りの寂しさに・・・・・・・。
かつて、初代女性應援團団長になった、府木真衣(ふき まい)の時もそうだったが、当時、亜細亜大學投手・東浜巨の投球みたさに、神宮球場に通った時も、似たりよったりだった。
このように、学生証を窓口で提示すれば、観戦、無料の日で、好天であっても、淋しい入り、動員ならず。
もう、卒業したし、彼女にすれば、過去のことなんだろうけれど・・・・・・
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≪ 2021・11・20 追記 ≫
ひさびさに、上記記事が、検索されていた
ナニが、あったのであろうと・・・・直接、彼女に、当たりは・・・もう、しない
あの、強気一辺倒に、嫌な想いだけ、残ったし・・・・
母親とは、ぶつかって、離反していたような娘だし
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軽く、調べてみただけで、彼女を取り巻く状況はずいぶん、変わっていた
教室の、代表者の名前
旧姓の、本城ではなく、結婚、入籍したことも有り、加藤亜利架になっていた
加藤とは、上記記事で、✕✕にした男性の姓
そして、また、新たに、本を世に出したようだが、前の本には、「中央大學 應援團 團長」時代の写真まで掲載していたというのに、いまは、自分のプロフィール欄から、ソレ、抹消していた
そして、新型コロナウイルス旋風、恵比須にある教室にも、襲いかかった
流行し始めた、昨年の4月
イベントを、開く計画だったのが、中止
1人、3000円もいただく催しだったのに・・・・
以降、全国各地の小学校でさえ。事実上、しばらく、閉校になっていたことまり、 密にならざるを得ない、教室も・・・・・
モニター画像越しの指導教室に、どれほどの生徒が残ったであろうか・・・・
まあ、この記事も、「2チャンネル」と、バッサリ、斬り捨てる彼女だけに、したたかに、しぶとく、生き残り戦略をめぐらしてはいるであろうが・・・・
應援團團長の過去は、断腸の想いではなく、
無かった過去として、斬り捨てたんでしょう