想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

桜と競輪

2009-04-21 01:29:09 | Weblog
今年も桜が咲いた家路への並木道。
桜の木の下を、競輪選手が練習走行している。
真冬以外は一年中、彼らをみかけるけれど、花盛りのこんな日には
彼らもゆったりと走っていた。



後ろからゆっくりと車でつけながら、片手だけ窓から出して撮った。
さっさと追い抜けよ、と自転車もゆっくりだったが、カメラに気づくと
なーんだといわんばかりにスピードをあげて見えなくなった。
桜と競輪、意外な組合せだが一点通じるところがないわけでもない。



友川カズキ(最近はかずき→カズキらしい)は歌手以外に競輪評論家として
活躍しているらしいが、ライブの日も競輪帰りだった。
「今夜、コンサートがあることをすっかり忘れていて、慌てて渋谷まで
来ました。わたしはそれどころじゃないんですよ」なんて言って笑わせる。
でも本人は本気なのだから、客は笑うが。
「自分でも恥ずかしいくらい競輪を愛している」とか、
「両脇に警備員がついて、両手に紙袋をもってゆっくりと歩いてくる自分を
思い浮かべている」とか、
「ほんとは、おけら街道っていうんですけどね」とか
競輪を知らないと想像できない話を歌の合間にしまくる友川カズキは、片手に
酒のコップを持ちながら、酒が足りないと言い、酒がまわってくるや
「おお、チューニングがうまくいったよ。やっぱ酒が入ると違うねえ」と言ったり
して、何度もギターの弦をキィーンと鳴らし、なかなか歌わない。
‥‥地獄である。

地獄なのにすっくと立ち、汚れない。そんな人はめったにいないので
全身のエネルギーを使い果たすほど疲れきった。
妙な涙が出てくる。感動とか言ってしまうと、がっかりしそうで言いたくない。

カメはずいぶん前から友川かずきはいいよーと言って教えてくれていたが
わたしはライブを見る機会はなかなかなくて、やっとだった。
桜並木の下を走る競輪選手を見ながら、先日の東北なまりの怒った声を
思い出していた。
「失礼な、おかしいですよ、あの人たちは。失礼な!」
と何度も言っていた。礼を知っている歌手も珍しいではないか!
ほんとうのところ、怒りの理由が筋目を通さないという事にあるなんて
そういう人の無礼を見逃さないなんて、そうそうできるものではない。
たいていは流してしまうし、後のことを考えて黙ってしまう。

積もりつもって度を超えた悲しみは怒りとなり、
怒りもまた度を超えて、変人扱いされている友川かずき。
ライブ会場で休憩時間に
「月に一度の大事な会合なんですよ、ケータイの電源切ります」と
ケータイに向かって話していた背広姿の青年をじっと見ていたら、
目が合って、青年はニッと笑った。

ステージの上と客席の間の温度差は埋めようもないが、世間をうまく
渡ろうとしてる者もガツンと頭のてっぺんに石をぶつけられるので、
おもしろがってばかりいられない。
感動なんてなまやさしい。
客のほとんどが常連のように見受けたが、病みつきになるのだろうなあ。

「みなさん、えらくなろうとか思っちゃいけません。
どんどん、ダメになりましょうよ。人間もともとダメなんだから。
もっとダメになっていいんですよ」
シニカルな話があたたかく聴こえてしまう。
いうなれば鎌倉時代の修行僧みたいな、そんな壮絶な感じ。
比叡山から降りてきて山野を巡り、市中では乞食の虚無僧である。

おおかたが平凡に事無きをえて生きることを望んでいるけれども
そういう人にかぎって、非凡を愛する。
俗な自分の隠れ蓑になるからなんだろうなあ。
非凡を超えて狂気の領域に踏み込んで、そこを出たり入ったりして
いるのが普通になってしまうくらいでないと、何がほんとかなんて、
わかりゃしないんであると思うが、考えるのをやめる人がおおかたである。

桜もまた尋常を超えた情熱を誘う木だった。

友川かずきを知らない方は、三池崇史監督「IZO~以蔵」を観ましょう。
今月末に新しいCDも出るそうですよ。
「ここにいる人が一人5枚ずつ買うだろうからだいたい売れてしまう、
買わないと死にますよ」なんてライブで言ってました。
みんな死にたくないので買うんでしょうねえ。


拙文長文読んでいただいてありがとうございます。
      コメント欄を開きました(返事はいつものように遅くなりますがお許しを)







コメント (4)
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