旧車(きゅうしゃ)クラシックカー ヒストリックカーとは
主に数十年以上前に製造された自動車やオートバイなどのこと
現行技術で復刻された物(レトロ)は含まれない(パイクカーと呼ばれる)
日本で用いられる 旧車 ノスタルジックカーといった言葉については}
年式に明確な線引きは存在せず 日本車のみをいう場合もあれば
欧米の車も含まれる場合もある
また日本でヒストリックカーというとモータースポーツでの活躍歴や
特別に歴史的価値があるものに限定されることがあるが
これも基準が明確ではない 日本クラシックカー協会が主催する
イベントの参加基準では原則的に1975年までに生産された車両
ヒストリックカーの定義は上述した通り 自宅から150m南は
市内でも自家用車・営業車・貨物車の行き交いが多い通り
自家用車ならばやはりハイブリッドなプリウス・アクア
家族向けはミニバン アルファード・セレナ
営業&配送ならハイエースかカローラバンですね
そんな中極まれに1960年代を彩った名車をキチンと整備し現役で乗ってられる方見受けられます
この記事に並べたのはトヨタ2000GT 日産サニー マツダキャロル オースチンミニ
トヨタカローラAE86(←厳密にはヒストリックでないかも)トヨタ800
日産Fairlady2000 気になった方詳細はウィキペディアででも検索かけてみてください
ここでは亡き父がハンドル握り家族で出かけた想い出を綴ってみようかと…
無論記憶が薄い部分は母から聞いた部分で補足しますけどね
まずはマツダキャロル 排気量は360CCだったかな 馬力も25馬力ほど
4ドアセダンでしたが兄も姉も僕も子供で体格小さかったから5人家族でも
居住性はなんとかねってところ 当時はまだ未舗装路多々残っており
タイヤの口径も小さかったからコツコツ突き上げてくる部分避けられなかったはず!
ですが決定的なのは馬力の低さ 母から聞いた話では市内の標高330mほどの山頂公園に散歩感覚で
登った際 息切れ起こし兄や姉が後ろからうんしょうんしょと押して目的場所に辿り着いたそうです
父の収入にも余裕出たのか?次は日産セドリックスペシャル6 この車にはハッキリと想い出残ってますよ
購入と同時に仕事の関係で愛媛から長崎へ転居 高速道はまだ東名と名神のみ
フェリーと一般国道使い 確かディーラーさんに成約のおまけ的に運転してもらったはずです
この車種コラムシフトで前席はベンチシート 6名乗車も可能でしたもん
新居に移り 後付けでカセットデッキ+クーラーを装着
2017年現在の車では考えられないほど装備はシンプル
インパネにそうしたもの付けるスペースなかったですからカセットは運転席ハンドル右脇
クーラーは助手席グローブボックス真下です これがまたオートエアコンなんてものでなく
風量が少し変えられるだけ 一度オンにすると真夏でも凍えるほど冷えたものでした
兄も姉も高校生や小学高学年になり 週末は同級生と遊ぶのが楽しかったのか
家族ドライブはめっきり減ります そこで父が僕に声かけるんですよ
「おぅ ドライブ行こうぜ」ってね 当時の僕にとって親父は急に怒ると怖いし
苦手だったのですが ついていけば喫茶店でジュース飲めるしデパートで糸目付けず
トミカミニカーやレゴブロッグ買って貰えたからホイホイと調子よく同行したっけ?
現在の僕マイカーありません 今後も購入予定はなし
社会人になってからはミラ⇒カローラセレス⇒マーチ⇒マーチ⇒インプレッサな所有履歴
もう一通りな快適装備全て付いてましたし オーディオもカセット死滅したのでCDチェンジャー
でもこの記事で紹介した1960年代の車たちってなんか人懐っこいですね
ボディラインとか工業用ロボットでなく手作業で板金施した箇所あるはずだから。。。
そうそう セドリックスペシャル6 1年前に若い兄ちゃんが颯爽と乗ってました
三菱デボネア同様アメリカナイズされた雰囲気ありましたから愛好者も少なからずいるのでしょう
懐かしくも嬉しかったな 例え壊れ代換パーツ無くなっても動体保存してほしいと切に願うばかりです☆彡