怒り(いかり、英: anger)とは人間の原初的な感情のひとつで 様々な要因・理由で起きるもので
例えば目的を達成できない時身体を傷つけられた時 侮辱された時などに起きるものである
憤り(いきどおり)とも言う 用言 動詞的な表現としては「腹を立てる」「立腹」「カッとなる」「頭に来る」とも
怒りは最初に何らかの衝突があり それに対する評価が生まれさらに評価検討が繰り返され増大してゆくので
できるだけ早いうちに自分の気分を静めることができれば怒りを回避することも可能
状況に対する理解のしかた(いわゆる「ものの見方」)を変えることは怒りを静めるのに有効
もうひとつは怒りの対象となっている人物からとりあえず離れて
散歩などの気晴らしや楽しいことをすること これで憎悪の拡大にブレーキをかけることができる
ひとりきりになっても腹の立つことを考え続けていたのでは効果がなく
腹の立つことを思い出すたびに怒りが少しずつ積み重なってゆくばかりだという
ダイアン・タイスの調査でも気晴らしは 怒りを静めるのに役立つという結果が出ているという
例えば 喫煙 楽しいテレビ番組 映画 楽しい内容の読書などは怒りを中断してくれる
ただしショッピングや食べることではあまり効果がないという結果が出ているという
怒りをぶちまけてしまうということを怒りの処理方法として賞賛する人もいる
例えば怒りの対象である人物に直接怒りをぶつけ綱紀を粛正する(間違いを正す)必要がある場合
ただし怒りというのは非常に燃え上がりやすい感情なので 現実には理屈で言うほどうまくいかないだろうという
タイスが実施したアンケート調査の結果では 相手に怒りをそのままぶつけた場合不快な気分がかえって長引く場合が多いという
それより一旦自分の頭を冷やしてから前向きの態度で問題を解決すべく相手と対決したほうが、はるかに効果的だという
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「最近僕の怒りの沸点が下がってます」
全く否定はしません FBとかブログ・写真撮影に正解=100%がないのは確か
それでもあまりに「自身の趣味に安直に偏ってるような毎度同じような写真見せられる気持になってみい
まず「他人様に喜んで貰う意識が希薄」「パターン化された写真には皆義理でいいね!出してるんだからさ」
それが証拠にどんな写真見ても「今日もよろしくです」って九官鳥のようなコメントできない残念な奴いるし…
いやこれ話広げてないよ FBの中に1000人近く友達抱えていて 鉄道写真で他の追随許さないくらい腕のある人いますけど
どんなときもコメントは「おはようございます」「今日もよろしくお願いします」な一点張り
新興宗教の教祖様と信者の関係みたいで気持悪いよ そいつに頭脳があるなら写真の感想書かんかい!
真に相手の事敬ってないからガキでも言えるような挨拶しか書けないのさ 自身のご家族にだってもう少し声かけるだろうし
ご近所の方にも「よくお花手入れされてますね」とか「最近お見かけしませんが体調崩されたのですか?」くらいな会話は交わすでしょう
SNSとかリアルとか関係なく それこそが真の人間関係なのだから 九官鳥にも劣るくらいなら人間止めちまいなっ
もちろん精神的にハンディがあって会話を保てない方は別です=お間違いなきよう
一方FBやブログの更新って1ヶ月に1度でもいいんですよ=僕は撮ろうとは皆にいってますが 公開するかは裁量に任せるってのが口癖なので
とはいえ たまにどっか登山して雄大な光景収めたり庭の花や近所の犬を高度なカメラで技巧凝らして撮るのもいいよね(幅を広げるため)
もしくはドーンと旅行して普段見られないもの収めてくださいな これ以上現状変わらないなら
僕は苦労してジャンルを超え撮影し皆様にお届けするって謙虚な気持捨て去ります
何のために自身の楽しみの旅行の合間に都内・県内各所で撮影し現地で アップし公開してるか考えたことあるかい?
「これが僕から皆さんへの無償の愛・サービスだから」「腕が立つならいくら高精細でもマンネリな鉄道写真は止めてくれ」
「EF 65と66とってほぼ同じ場でアングル多少違うだけじゃねーか」「繫がってる方を敬うなら いいね!でなく写真の感想書きなさい」
いいね!来るといいね返ししないといけない…そんなくだらない構図が続くからFBユーザー減ってるんでしょう
ツイッターのほうがまだ自由かもしれないですし ブログのほうがもっと広い世界感が詰め込めるってつくづく思うこの頃でした