ゆめひこう 

日々の思いを

walking maditasion

2014-04-29 22:01:10 | カトリック
お昼のミサに与かりました。

久しぶりにお見かけする、スペインの神父様でした。

お説教の中で
「私は復活祭の後、今日から働き始めました」
と言われました。

昨年の11月に心筋梗塞で倒れられたそうです。
そしてずっと療養を続けてこられて、もう大丈夫でしょうと。
聖堂の中はちょっと驚いたような、しんとして、それから喜びで明るくなりました。
とても情熱的なミサを立てられる神父様です。

喜びがみなさんの中にも湧き上がったようでした。

聖書はヨハネ3章
イエス様がニコデモに、
「新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」
と言われました。

神父様は、死は少しも怖くありません。
新たな命を与えられるからです。
主にいただいた新たな命は私たちのうちにあります。
その命を大切にしましょう。
と、言われました。
病から復活されて、神父様のお話は力強かったです。


聖書講座に行きました。
今日だけ場所が聖堂だったので、黙想を取り入れましょうと。
瞑想の基本的な入り方と実践。
わかりやすくてとてもよかったです。

そのあと「歩く瞑想」というベトナムの禅僧が始められた
瞑想のお話がありました。

帰り20分くらい歩くので、実践しながら帰りました。
気持ちが集中してとても楽に歩けました。

今日はとても有意義な一日でした。



聖金曜日・復活徹夜祭

2014-04-23 22:56:03 | カトリック
聖金曜日のミサに行ったのは久しぶりだったようで、すっかり忘れていました。
普段の夜に出かけることはできなかったのです。

聖堂に入ったら、空っぽ・・・・
というのが印象的でした。

祭壇は覆いも何もなし。

花もなし。

御聖櫃の扉が開いていて、中は空っぽ。

福音書の女性たちが、墓に行ったら、空っぽだったというところを思い出しました。
どんなにむなしかったか、心細かったか。
空っぽの聖堂に座って思いました。

あるべきものや、あるべき人がいなくなる状態を黙想しました。
私の気持ちも空っぽになったように思い祈りました。


帰りの電車の中でも、心がしーんとしたままでした。


  **********************

翌日の復活徹夜ミサ

教会について、庭のマリア様の所にお祈りに行きました。
シャクナゲと一緒に、フジの花が咲いていました。
マリア様の周囲の花はとても元気よくいっぱい花をつけるような気がします。


いつもいっぱいになるので、2時間も前から並びました。

聖堂の花はピンクや赤を基調にした、ユリやマーガレットなど、祭壇前と
復活のろうそくの周囲にも、華やかでした。
聖櫃は閉じられ、赤いランプも灯り、いつもの聖堂、いつもよりもっと華やかな喜びに満ちた聖堂になっていました。

本当にいっぱいになりました。

ろうそくは700本用意しましたが、持てなかった方も一緒に祈りましょうと。

復活されたキリストが、いつも私の中に居られることを、意識しましょうと。

洗礼式もありました。

ミサの後、聖堂いっぱいの拍手でした。
新受洗者の方々が、振り返って拍手にこたえていました。
みなさん嬉しそうです。
自分が洗礼を受けた時のことを思い出していました。







8時半、あんなにたくさんの人だったのに、喜びの余韻を残しながらみなさん去って行かれました。



マリア様にお祈りして帰路につきました。

大法輪3月号 特集初めてのキリスト教

2014-04-18 11:48:20 | カトリック


仏教の雑誌を始めて読みました。

キリスト教の紹介をしていました。
エキュメニカルというのでしょうか。
交流があるのですね。

以前、お話を聞いた方が執筆していられたので、
何となくわかりやすく読みました、

多分クリスチャンでない方に読んでもらうので
ていねいに書かれているのでしょう。

私はいつになっても初歩的な話が納得がゆくので好きです。

仏教はキリスト教に何を学べるか   安富信哉(大谷大学教授)
  イタリアへ行かれた時のこと、
  初代キリスト教徒の信仰の強さに触れていました。

イエス・キリストという希望の光   光延一郎(イエズス会司祭)
  人間のおごりによる偽りの希望にすがるのではなく、
  苦しんでいるキリストを見て、そのしもべとして仕えること。
  そこに命へに希望がある。

キリスト教の教えの核心       岩島忠彦(上智大学教授イエズス会)
  神を愛し、人を愛する。これがキリスト教の核心。

キリスト者が目指すもの       白浜満 (日本カトリック神学院長)
  神は愛である。
  神は独り子を世におつかわしになった。
  私たちが、生きるようになるために。
  互いに愛し合いましょう。

イエス・キリストの生涯       森一弘 (真生会館理事長)
  ユダヤ教の神理解からの大逆転。
  人間の労苦と重荷を背負う神。
  一人ひとりのかけがえのなさ、絶対的尊厳

日本人に勧めたい聖書の名言     竹内修一 (上智大学教授イエズス会)
  休ませてあげよう
  最も重要な掟
  人間の弱さ
  愛を身に着ける
  

神父・修道女・牧師とは       越前喜六 
                  (イエズス会上智大学名誉教授)

人物・場所・行事に関する言葉    川中 仁 (上智大学准教授)
  (多分一番若い執筆者!)

神父が語る道元思想から学んだこと。 チェレスティーノ・カヴァニャ(司祭)

親鸞とルターを比較して       加藤智見  (真宗)

禅キリスト教の先駆者・ラサール神父 佐藤研 (立教大学教授)

今も講座を受けている神父様や昔お世話になった神父様(懐かしい)
禅キリスト教という世界、ずいぶん勉強になりました。

枝の主日

2014-04-17 21:59:08 | カトリック
枝の主日でした。

教会の庭にたくさんの人がいて見えません。




枝をいただきました。



それから聖堂に入ったのですが、いっぱいで立っている人もいました。

教会はクリスマスが一番、次が復活祭です。

枝の主日は一般には知られていないはずなので、今日は皆さん信徒だと思います。

日本にはたくさんのクリスチャンがいるということで心強く思いました。

マタイの福音を会衆と一緒に朗読されました。

「十字架につけよ」と

何回も言わなくてはならないので、私はあまり好きではありません。

お説教で
「ユダが裏切ったことになっていますが、悪いのはユダだけではありません。
 私たちも、イエスを裏切っていないでしょうか?
 聖週間を機に、己の生活についても考えてみましょう」
と言われました。

もうすぐ復活祭です。
心を改めて復活祭を迎えたいです。

新学期 もう一つ

2014-04-11 18:04:46 | カトリック
聖書の勉強も新学期をスタートしました。
大学のキャンパス内です。
行くときは、入学式だったそうで、サークルの勧誘で歩けないくらいでした。


帰り、夕方なので、大分少なくなっています。

聞くところによると、大学の入学式でも、本人よりも保護者の数のほうが多いそうです

私たちの勉強は、2年半が過ぎました。
あと一年、来年の春で終了予定です。

一人ずつ、お祈りをする時があるのですが、
みなさん、「最後まで、続けられますように」
という言葉がありました。

それにしても、もう2年過ぎたのです・・・。


今日はコリントの手紙Ⅱの最後でした。
 8章9節
「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。
 すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。
 それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」

この貧しさで止まってしまいました。
しばらく、この節を黙想します。

 12章10節
「私は弱いときにこそ強いからです」

こちらは、胸にスッと入ってきました。

パウロは繊細な人です。



緑色のさくらです。
教会の通りに咲いていました。
遅い桜のようです。