ゆめひこう 

日々の思いを

エイジング✛グレース

2013-07-30 17:10:35 | カトリック
タイトルが素敵だったので手に取る気になりました。



                
           「加齢の恵み」  熊谷幸子

日野原氏の帯で
「25年前、遺書まで書いた腎臓がんから立ち直り、80歳を迎えた著者の恵みの告白にただ感動。
とありました。

テレビ局や広告代理店に勤務し、病気も克服して80歳まで立派に生きてこられた人の著書。

これから歳をとってゆくのに,お手本になるかと思いました。

努力されて、立派に生きてこられた様子が行間からも熱く伝わってきました。
すごい・・・

プロテスタントでは民主的で、女性も礼拝でお話をすることがあるそうで、
そういうことも立派にこなしていられるそうです。

同じ80年の生涯でも、中身の濃い人生だと思いました。



それで・・・・
読後感ですが・・・
私はこのように生きたくはない、
お手本にはしたくないと思いました

なぜでしょう????

こんな読後感を持ったのは初めてです。

プロテスタントの信仰は強いと思いました。
誤解かもしれませんが・・・
神様を力にして生きているように感じました。

私はいつでも神様の愛に包まれているイメージです。
神様と一緒です。

私は中学校までプロテスタントの学校に通っていました。
あの学校の牧師さんもすごく立派で強かったです。

単に私が優柔不断なだけかもしれませんが。


がらさみちみちたもふまりあ

2013-07-27 13:09:24 | カトリック
このところ、ていねいに1冊の本を読んでいました。

             

天草半島や五島列島にある教会を紹介している本です。

帯に「祈りの島々にひっそりと佇む教会群は、かつて隠れ住んだキリシタンの末裔により明治以降に建てられたが、幾星霜を経てその多くが存亡の危機に晒されている。
歴史的に貴重な聖堂を探訪し、いまなお続く信仰への悠久の思いを綴る清新な歴史紀行エッセイ。」

とありました。

まだ若い現役の新聞記者で、クリスチャンではないこと。
きっとそんなに思いこみでは書かれないでしょう。
それと写真がとてもきれいだったことです。

キリシタンの殉教の話や、隠れキリシタンの話は今までにもたくさん読みました
が、今回も心を打たれました。

天主堂を作った外国からの宣教師の活躍も驚くものでした。

写真を眺めていると本当に実際行ってみたくなります。


250年の潜伏生活の中でとなえられていたアベマリアの祈り

 がらさみちみちたもふまりや、御身に、おんれいをなしたてまつる。
 御主様、御身と共にまします。女人(にょにん)の中において、わけて
 ごくわほう(果報)いみじきなり、また御たいないのぜずすさま、
 たっときにまします。天帝(デウス)のおんははさんたまりあさま、
 われらいま、さいごのとき、悪人なれども、つつしんでたのみたてまつる あめん


 がらさ(ポルトガル語で聖寵《恩恵》)


                
            頭が島天主堂
 
    写真はすべて、手造り、石造りの温かい天主堂ばかりでした。

夏期神学講座

2013-07-26 11:28:44 | カトリック

夏期新学講座です。
いくつになっても、夏が来て、夏休みがくるという気分を味わえるのは、
毎年神学講座に通っているからだと思います。

勉強が終わると{夏休みだ」と

講座がある日は、朝聖堂でミサを点ててくださいます。

               
聖堂の入り口です。

               

今日のミサは、その日1コマ目で講義をされる神学部の教授の神父様でした。
ミサの所作がきれいで、見ているだけで、気持ちが癒されます。
ミサの所作って、同じなのに、違うのです。
不思議です・・・。

               
聖堂の窓から眺めるお庭です。
大学構内とは思えない。


今年のテーマは「信 - 現代における<いのちの泉>」

1時限目は旧約聖書の信の諸相

「落ち着いて、主の救いを見なさい」出エ14・13
など旧約のいくつかの個所を読んで、神様が
「落ち着いていなさい」
「恐れてはならない」
「静かにしていなさい」
「安らかに信頼していることにこそ力がある」
と語っておられるのを確認しました。

神の中に歩めば自分を完成することができる。
今、私たちは生きている神と共に歩んでいる。
神は私たちとともにいる。

詩編を引用して話されました。

秋から旧約の勉強は詩篇に入ります。
少し、とっかかりができたような気がして、心強く思いました。


2時限目は新約聖書における信仰

この神父様のお話は、ラテン語の意味をこだわって説明してくださいます。
それで本当に聖書を理解するには、ラテン語かギリシャ語を知らなければだめだと
思ってしまいます。

最近は聖書でもいろいろな訳を比べて読むようになりました。

愛がなければ信仰はないというところ。
この愛は、神からくる愛で、神の愛を通して信仰が働く。
神の働きがあって、支えられて人間たりうる。

このお話はとてもよかったです。
愛の少ない私はいつも苦しんでいます。

神様にまず、
「あなたの愛を気づかせてください」
「信ずることができるようにさせてください」
と、祈ることにします。


3時限目は学者の神父様ではなく教区司祭でした。

現代における普遍的「カトリックな」信仰
信者さんと接する中での信仰について、具体的なお話でした。

誰でも救われるというなら、地獄はなくなったのかと言われたこと。
カトリックは「神が作られた人はすべて救われる」と言われる。
だからみんな救われるのです。

ほかの宗教の人や無神論の人には、結構ですと言われそう・・・・
こういうところがカトリックって、面白いと思います。

神学講座を受講した日は、疲れて、それも心身ともに心地よい疲れで帰途につきます。


梅雨は明けたはずなのに、電車の窓から見る風景は湿っぽかったです。

               

おかえりミサ

2013-07-24 14:25:08 | カトリック
おかえりミサに行きました。
久しぶりです。
女子修道院の聖堂です。
それほど広くはないのですが、100人近い人が集まりました。

苦しんでいる人もここに帰ってきて、ミサにあずかりましょう。
苦しみも神様に捧げましょうということで、おかえりミサというのだそうです。

3時から、祈りの時間になっていて、それぞれ聖堂で祈っています。


ミサは4時から始まります。

このミサが好きなのは、オリジナルの聖歌集を使って、たくさん歌うことです。
伴奏はギターです。
フルートも加わったことがあります。

このミサにあずかると、胸がいっぱいになったり、歌いながら涙があふれたりします。

神父様のお話は、命があって生きているのはとても大切なこと。
つらい思いをされて苦しんでいる人も、一緒に祈っているということを感じます。

ミサが終わると、とても穏やかな気持ちになります。



聖堂入り口のコーナー
小さなみどりが、楽しいです。


駅までの道は都心とは思えない静かな風景でした。






朝ミサ

2013-07-21 13:00:51 | カトリック
久しぶりの朝ミサでした。

早朝、自転車で15分くらい走ります。

とても気持ちがよいです。

電動自転車です。

途中の公園に紫の花が咲いていました。

春には桜が満開になるところですが、緑もよいものです。

廊下の戸が全部開けられていて涼しい風が入ってきました。
「クーラーにしようかと思いましたが、自然の風もよいと思って」
風のおもてなしです。




お花の雰囲気が以前と変わっていました。
シスターの異動があって、活ける方が変わられたそうです。
ちょっとしたことにも、雰囲気は出るのですね。



2階に上がる階段のそばに飾り棚があります。


8月は神父様がスペインに帰られるので、しばらく朝ミサはお休みになります。

「神父様、帰ってきてくださいね」
「帰ってきますよ。神様からお呼び出しがない限りね・・・」

スペインではお母様やご家族が御帰りを待ち焦がれていられることでしょう。

皆さんとも、元気で夏を乗り切りましょうと励ましあって、お別れしてきました。



修道院の入り口は古風ですが、きれいです。


広い庭はシスター方が丹精をされている野菜が育っていました。



修道院のお向かいの入り口。
住宅街で、お洒落な家が並んでいます。

暑い夏を元気に乗り切りたいですね。