菖蒲園ということで、前から気になっていました。
残念ながら菖蒲にはまだ早く、水も張ってありませんでした。
ところが斜面にフジがありました。
250本もあるそうです
八重一重、濃淡、11種類もあるそうです
シャクナゲは終わりでしたが、残っている花は色がきれいでした。
鎌倉時代に三浦一族の出城があったそうで、疏水は堀などに使われていたのでしょう。
菖蒲の時期にもう一度来たいと思います。
本屋さんに頼んでおいた聖書辞典が届いたと連絡がありました。
ミサに与って、帰りに本屋さんへ行くことにしました。
旧約聖書の勉強に便利です。
帰りの電車で開いたら、この辞典を読むだけで、結構面白そうです。
家にずっと飾ってあったクリスマスローズが、もう盛りを過ぎたので
教会の庭に植えさせていただくことにしました。
ついでにスズランも。
教会の花壇は花がとても元気です。
私は聖霊が夜中に散歩するからではないかと思っています。
うちのクリスマスローズとスズランも、
聖霊のお散歩の風をいただくことでしょう。
教会へ行くたびに、植木に出会うのが楽しみの一つです。
「わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう」 ヨハネ14
旧約聖書の勉強の新学期です。
全課程のやっと半分が過ぎたところです。
イスラエルの民はバビロンの捕囚から解放されて、エルサレムに帰ってきました。
そう考えるとずいぶん進んだともいえます。
BC6世紀というところでしょうか。
列王記のころはソロモンやダビデなど活躍して物語としてもおもしろかったですが。
今は預言者が登場して、イスラエルの民が主に背いたことを戒めます。
厳しい教えの中で生きてきたのだなあと思います。
今学期から教室の場所が大学のキャンパスの中になりました。
こちらは本物の新学期です。
元気な学生がたくさんいました。
みなさん楽しそうです。
教会の前を通って駅に向かいます。
夜の聖堂もきれいでした。
久しぶりの、修道院の朝ミサでした。
広い敷地に建つ日本建築で、庭には四季の草木があります。
床の間に活けられた花は庭の物。
復活のろうそくも、小ぶりでかわいらしいです。
シスターと一緒に10人でミサに与る贅沢です。
今日の神父様のお話は
「天からのパン」
「外から与えられるパンではなく、
すでにみなさんの中にあるパンについて、考えてみましょう」
確かにいくら食べても満腹感を味わえないことがあります。
心が満たされていないと、胃の飢えにも連動していると、思います。
お庭のスズランをいただいてきました。
蕗をいただいた人もいます・・・。
お土産いっぱいの朝ミサでした。
旧約聖書の勉強をしているので、旧約と新約とのつながりが知りたいと思って読みました。
イエスの時代の背景や、パリサイ派サドカイ派エッセネ派の違いなどが説明されていました。
新約聖書を読むときに当時の背景を知っていると、納得がゆくことがあります。
「天地の主なる父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者に隠して、幼子にあらわしてくださいました」ルカ
この場合の幼子は弟子たちをさしている。
幼子は必ずしも子どもを表すものではなく、身分や地位、あるいは学識などにおいて劣る者をさす用語だった。(ユダヤ教)
サマリアの女との会話のあと、町から弟子たちが帰ってきてイエスに食事を勧めると「私にはあなた方の知らない食物がある」ヨハネ
弟子たちがだれが食べ物を差し上げたのかと言いあったが、イエスは「わたしの食物とは、わたしを遣わされた方のみこころを行うこと」と、言われた。
イエスが、サマリアの女に福音を伝えることができて、十分に心が満足したことは、あたかも食物を得た以上であった様子をつたえる。
「私が律法や預言者を廃するために来た、と思ってはならない。廃するためではなく成就するために来たのである」マタイ
廃すると成就するは、聖書解釈についての正誤を論じるときの専門用語。
だからイエスは間違った解釈を正すことであって、なくそうとする意味ではない。
なかなか面白く読みました。
まだまだ知らないことがたくさんあるということで。
仲間と、勉強は一生続くねと、話しています。