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映画・演劇のレビュー

『百日紅 〜Miss HOKUSAI〜』

2015-05-24 18:49:37 | 映画

たった90分の映画なのに、この豊かさ。これってほとんど奇跡だ。もちろん、それを原監督は軽々と見せる。(そう見えるけど、これを作りためにはどれだけの時間と技術、熱意と才能が必要だったかは語るまでもない。)

これといったストーリーなんか何もないにも関わらず、至福の時間が、そこにはある。(きっと、真紅組が『夢ばかり』で目指したものは、この映画のような世界だったのではないか?)冒頭の橋の上でたたずむ長いシーンを見たときから、もうこの世界の虜だ。どのエピソードにも、この映画のドラマを突き動かしていく上で、必要不可欠のものはない。そこにはお話をどうこうしようとする意思はないのだ。だから、どこを切り取っても、まるで問題はない映画だ。なのに、そのひとつひとつのエピソードは珠玉の輝きを放つ。短いエピソードの羅列で構成された映画は、短編のエッセイ集の趣だ。これは夢の宝石箱。

特に、目の見えない妹と2人で雪の日にお出かけする、ちょっと(結構)長いエピソードなんて、白眉であろう。海を見て、神社の鳥居を潜って、(目の見えない彼女に海や、鳥居を教える)ただ、手をつないで、歩いて、疲れたなら、休憩して、遊んで。それだけなのだ。お茶屋で休んでいると、男の子がやってきて、一緒に雪遊びする。最後はちょっとはしゃぎすぎて、疲れきって倒れるけど、お姉ちゃんに負ぶわれて帰る。お姉ちゃんの背中はなんだか気持ちいいし、安心する。

ここには生きていることの輝きがある。不幸は不幸として受け入れるしかないけど、今ここにある幸せはしっかりと噛みしめるのだ。この映画は北斎というどうしようもないダメな父親と暮らすその娘の日々を描くスケッチである。でも、彼女は決して人生を諦めているわけではない。バカな父を尊敬しているし、絵筆を執ると、父親に負けないくらいの才能を発揮する。でも、それは絵を描くことが大好き、ということではない。彼女にはこれしか選択肢はないのだ。そして、そのことに何の疑いも抱かない。

何が幸せで何が不幸なのかなんて考えるのは余裕がある金持ちだけだ。貧乏人は、今日一日を生きることだけで手一杯だろう。そして、今日が幸せだったなら、満足だ。でも出来たなら、明日も幸せであればいいなぁ、と願う。なんてささやかだろう。でも、それでいいのではないか。

この映画の素晴らしさはディテールにある。江戸の町のリアルな描写が眼を楽しませてくれる。そして、生きていることは日々驚きの連続だ、ということを教えてくれる。これはそんな気分にしてくれる映画なのだ。いくつものエピソードのひとつひとつが新鮮な驚きで、幽霊や、お化けはちゃんと出てくるし、北斎はただのバカではないし。一瞬もスクリーンから目が離せない。その豊かな日常描写に身を委ねていられる幸福。

初めての実写映画(『はじまりのみち』)でも、遺憾なくその才能を発揮した原恵一監督が再びアニメーションの世界に戻ってきて、なんとProduction I.Gとタッグを組んで放つ。もしかしたら、もうこれからは実写しか作らないのではないか、なんて少し不安だったけど、(それくらいにいい映画だった)ちゃんと(しかもすぐに)アニメに帰ってきた。それだけではない。なんとこの歴史に残るような傑作を作ってしまったのだ。当然、これで文句なしに今年のベストワンは決定だ。(なんて、なんとも気が早い!)

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