『喰う』、『虎視眈眈』に続く態変の新作。(この2作品の間には福森さんの『ゴドーを待ちながら』があるのだが、ここではそれは別にしたい )前2作のイメージを引き受けて、この新作の登場だ。今回も前作同様とても明るい。近未来、文明の崩壊した世界が舞台のはずなのに、そこには悲壮感がない。榎忠さんによる美術に囲まれて、態変の役者たちは静と動を自在に行き来して、さまざまな表情を見せるパフォーマンスを表現する。ダンスシーンまであるのだから、恐れ入る。それは不自由な体で無理をして踊る痛ましいものではなく、なんだかとても幸せそうで、微笑ましい。やれることと、やれないことがあるのだ。それは健常者であろうとも同じだろう。そのなかで、どう折り合いをつけるか、どう楽しむか、それが何よりも大事なことだ。表現というのはそんな限界と可能性のせめぎ合いの中から生まれる。
今回の舞台は11場面からなる。メインのイメージはタイトルにもある「ミズスマシ」だ。水中と空中のはざまに立ち、そのどちらにも属さず、染まらず、自由自在に生きる。シルバー・メタリックのモノトーン世界は、文明が崩壊した後の地球を思わせる。しかし、そこに形作られたオブジェは、植物のようで、生命の輝きをイメージさせるものだ。そんな世界の中で、態変の役者たちが、ころがり、歩き、踊る。
彼らの今回のレオタードは水をイメージした色彩で統一される。その淡さが銀色のオブジェと相俟って、この作品の基本トーンを作る。それが一度後半、原色でカラフルなものに着替えした後、再び元に戻るラストも含めて、とてもよく構成されてある。舞台上での派手な仕掛けは、今回は一切しない。そこに据え置かれて、動かされることのない榎さんが制作したオブジェと、ウォン・ウインツァンさんによるライブ演奏による音楽とのコラボレーションの中で、正攻法で11景のパフォーマンスは形作られていく。もちろん、ストーリーはあまりない。イメージの連鎖によって一つの世界が描かれる。
向井さんが立ち上がるシーンの感動、菊池さんの叫ぶシーンの衝撃、その後に、金満里さんのソロシーンが続く。あそこがクライマックスだろう。今ある現状から突き抜けていくイメージが鮮烈に伝わってくる。とても力強い作品となった。
今回の舞台は11場面からなる。メインのイメージはタイトルにもある「ミズスマシ」だ。水中と空中のはざまに立ち、そのどちらにも属さず、染まらず、自由自在に生きる。シルバー・メタリックのモノトーン世界は、文明が崩壊した後の地球を思わせる。しかし、そこに形作られたオブジェは、植物のようで、生命の輝きをイメージさせるものだ。そんな世界の中で、態変の役者たちが、ころがり、歩き、踊る。
彼らの今回のレオタードは水をイメージした色彩で統一される。その淡さが銀色のオブジェと相俟って、この作品の基本トーンを作る。それが一度後半、原色でカラフルなものに着替えした後、再び元に戻るラストも含めて、とてもよく構成されてある。舞台上での派手な仕掛けは、今回は一切しない。そこに据え置かれて、動かされることのない榎さんが制作したオブジェと、ウォン・ウインツァンさんによるライブ演奏による音楽とのコラボレーションの中で、正攻法で11景のパフォーマンスは形作られていく。もちろん、ストーリーはあまりない。イメージの連鎖によって一つの世界が描かれる。
向井さんが立ち上がるシーンの感動、菊池さんの叫ぶシーンの衝撃、その後に、金満里さんのソロシーンが続く。あそこがクライマックスだろう。今ある現状から突き抜けていくイメージが鮮烈に伝わってくる。とても力強い作品となった。