こんな不思議な設定の本はなかなかない。文庫旅館って何? その旅館には私設図書館があり、初版のさまざまな本が揃っている。古書文庫の本とお客を繋ぐのは本を読めない若女将、円。本の設定とお客の問題がリンクしてなんらかの解決に至るというパターン。
5つの短編連作で登場する本は、川端康成『むすめごころ』、横光利一『春は馬車に乗って』、芥川龍之介『藪の中』、志賀直哉『小僧の神様』、夏目漱石『こころ』という渋い選択。一部定番だけど、それだけではない。5人の選択も選んだ作品も。
もちろん小説とお話はリンクして展開する。女将も作者も必要以上に出しゃばらない。最後のエピソードでお話全体を締めくくる。さまざまな謎がしっかり解けていくのは心地よい。漱石の『こころ』が何故この旅館文庫にはなかったか。その理由が解き明かされることがお話の結末になる。これは『こころ』がどうしてなかったのか、を巡る物語なのだ。もちろん『こころ』の内容と深く関わる。
普通のよくある短編連作でもよかったけど、こういう形で全体をまとめる長編仕立て、というのも悪くない。お見事です。