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映画・演劇のレビュー

Iaku『あつい胸さわぎ』

2019-10-07 21:13:51 | 演劇

 

上田一軒による演出ではなく、横山拓也による作、演出のこの新作は、今回も象徴的な空間が、芝居自身の描く日常のスケッチと相俟って印象的だ。こういう舞台美術を使いこなせるって凄い。リアルな空間ではこの内面世界は表現できない。しかも、台本は日常のスケッチなのに、である。これはクールで心の奥深くに突き刺さる見事な作品になった。最初はささやかな恋愛劇に見せかけて、重いテーマにまでたどり着く。見事だ。

 

最初は、このかわいいタイトルにだまされる。ささやかな恋愛もの、18歳の女の子の初恋のお話だ。なのに、これが突然なんと彼女が乳がんになる話へと変化する。なんでそうなるのか、何の冗談か、と思う。でも、それが事実なのである。そして、それを作り手は覚悟している。このタイトルはそんな覚悟の産物だ。真摯なタイトルなのだということが見終えてから改めてわかる。そんな「あつい胸さわぎ」が確かに伝わってくる。

 

もちろんこれ闘病記ではない。まず、れっきとした恋愛ドラマだ。幼なじみの男の子に恋心を抱く少女の揺れる想いが描かれる。あくまでもそれがお話の中心を成す。そして彼女のお話と同時進行で、新しくやってきた上司に対する彼女の母親の恋心も描かれる。母子家庭で20年近くの間、恋愛なんて考える事もなく仕事と子育てに全てを注いできた女性がほんの少し恋心を感じる。そんな親子の、このふたつの恋愛ドラマが展開する。娘が大学生になり、ようやく肩の荷を下ろした。夫を失ってから初めて男性に心ときめいた。そんなとき、娘が乳がんになる。

 

まだ男の子と付き合ったこともない大学生になったばかりの少女が、乳がんの宣告を受けて苦しむ。大好きな男の子への淡い恋心を大切にする少女が、あり得ない現実と向き合い傷つく。それでも前向きに生きよ、とかそんなおバカなことはこの芝居は一切言わない、きちんと彼女の現実と向き合いフェードアウトするラストシーンが胸に沁みる。

 

恋愛をきちんと描くって、大事なことだと思う。生きていく上で一番大切なことは恋愛と仕事。何のために生きているのかをつきつめていくと必ずそこにたどり着く。そのふたつを漱石は『こころ』で描いたし鴎外は『舞姫』で描いた。高校の教科書の定番になっているそれらと並んで、この作品も古典となっていい。これはそれくらいの作品なのだ。そんなシンプルな傑作である。

 

 


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