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映画・演劇のレビュー

『百万円と苦虫女』

2008-08-09 09:46:39 | 映画
 クラスメートの悪ガキに虐められて、コズキまわされた弟が、同じように高校時代のクラスメートから、イジワルを言われ、虐められている姉の姿を目撃する。何も出来ないまま、ただ影から見ている。姉は女たちに、買い物してきた豆腐とかをぶつける。この場面がなんだか切ない。この後、2人がニュータウンの芝生の道を通って家に帰るシーンが続く。とても美しい場面だ。

 もちろんこの映画の主人公は姉である蒼井優なのだが、この映画のもうひとりの主人公はこの小学生の弟でもある。姉はこの後、家を出て、弟はひとり家に踏みとどまる。(まぁ、両親はいるけど)ここからドラマは本格的な始まりを見せる。

 常に移動し続ける姉と、虐められながらも留まり続ける弟。2人ともしかたなくそうしているのだが、この2人の対比を通して、この生き難い時代をそれでも必死になって生き抜いていこうとする姿が見事に描かれた傑作である。タナダユキ監督は昨年の『赤い文化住宅の初子』からさらに大きく前進した。

 映画自体はあまりの急展開に突っ込みどころ満載なのだが、100万円貯まったら出て行く、という潔さと、人間関係を作り上げてしまう前に、そこから逃げ出すという弱さが、混在する。全体は少し無理があるが、ひと夏の旅立ちの物語としてうまくまとめられている。

 海の家から、山間の農家へ、そして、どこにでもあるような地方都市へ。バイトと住む場所を転々としていきながら、一見自由を謳歌しているように見せてその実、とても不安定であやうい毎日を生きている。ホームセンターでのバイトを通して出会った青年と付き合いながらも、お互いに遠慮から、あと一歩を踏み越えることができずに別れて行くラストはほろ苦い。

 人間関係を絶対に煮詰めようとしない彼女は、人と関わるのが怖いだけで、今まで散々傷つけられてきて、心を閉ざしてしまっている。その分、爆発してしまったら、とりかえしのつかないところまで行きそうなので、その前で対処しようとする。(冒頭の拘置所に入れられるエピソードは強烈だ)

 そんな自分の弱さに気付いて、今度こそは、しっかり生きようと決心するラストはさわやかだ。どうしよもないけれども、それでも人は生きて行かなくてはならない。逃げることなく地元の中学に進級すると覚悟を決める弟からの手紙を読み、涙でボロボロになるシーンがいい。

 このなんでもない小さな映画が見ている僕たちをこんなにも勇気づける。

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