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映画・演劇のレビュー

関西芸術座『ナース・ステーション』

2010-05-10 20:41:53 | 演劇
長く芝居を見ているけど、関西の老舗劇団である関西芸術座の芝居を見るのはたぶん初めてのことだ、と思うのだが、もしかしたら20年くらい前になら見た気もする。というか、何回かは見ているはずなのだが、記憶にはない。関芸のスタジオにも、工芸高校で働いていたとき、仕事の帰りに一度行った気がする。それってやはり、もう20年近く前の話だ。

 どうでもいいことを書いてしまった。これだけ書いたら、ついでにもう少し。今日も仕事が終わった後、大急ぎで岸里まで向かった。なんとか、7時前には駅に着いたのだが、なんと、道に迷ってしまい、少し遅刻してしまった。大失敗だ。後で後悔する。予想に反して(すみません。まるで期待してなかったんです)実に面白かったからだ。

 ということで、最初の15分が見れなかった。劇場に入ると、すでにもうナースステーションでの日常は始まっている。

息を潜めて、彼女たちの姿を追いかけていくこととなる。重々しくてメッセージ色の強い芝居だったら嫌だなぁ、と変な先入観を抱いて見始めたのだが、まるでそんなことはなかった。とても淡々としていて、でも、メリハリがあり、いかにも芝居らしい芝居で、さすがベテラン劇団、関芸だ、と感心させられた。見終えて、とても気持ちが良かった。こんな題材なのに、この後味のよさは意外だ。

この芝居のよさは、この劇場空間の特質をとてもよく生かせているところにある。(さすがホームグランドであるアトリエでの公演である。この空間を知悉していて自由自在だ)広々とした舞台と、天井の高さが生きていた。

 そこは、清潔で寒々とした場所だ。それは病院という場所の持つ空気をしっかり伝える。本当なら、ここは、もっとアットホームで、心温まる優しさに包まれた場所であってもいい。しかし、この芝居はそんな作り物めいた嘘は呈示しない。ことさら惨い場所として、ここをデフォルメするのではない。ありのままの今のこの病院の空気を伝えることを旨としている。医療現場が抱える現実がこの空間と舞台美術から静かに伝わるのだ。本来以上にだだっ広い。その上、故意に余白が多い。

ストーリー自体はどうってことはない。僕等が知らない特別なことや、新しいことを突きつけてくるわけではない。すべて充分想像できる範囲内でのお話だ。だから目新しさはない。しかし、このなんでもない日々の営みをしっかり見据えていくことで見えてくるものがある。この芝居はそこをとても丁寧に描いているから好感が持てる。

 新人看護師、刈谷(この芝居の作家でもある山本明日香)を中心にして、ナースステーションにやってくる患者、医師、助産婦たちのスケッチを出来るだけクールにみつめていこうとする。この芝居の成功はこの熱くならない姿勢にある。声高に叫んだり、嘆いたりは一切しない。

芝居の後半は、突然、今年限りで産科が閉鎖されることになった、という事実を巡る話になるはずだったのに、実はそこからドラマを進展させない。前半と同じように淡々と現場での日々が綴られるばかりだ。彼女たちはその事実を問題にしない。それに反発するとか、闘うとか、いうような展開はここにはない。もちろん上が決めてしまったことはもう変えられない。どうあがいたってどうにもならないというあきらめがあるからだろう。

 だが、彼女たちは今、目の前にある自分たちの仕事に対しては諦めたりはしない。その一点の潔さが、この芝居のさわやかな感動を生む。感動の押し売りなんかしない。冷静さがこの芝居の身上だ。


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