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映画・演劇のレビュー

谷口雅美『私立五芒高校 恋する幽霊部員たち』

2021-09-16 20:10:16 | その他

YA小説である。このジャンルには思いもしない傑作が隠れているから気をつけなくてはならない。見逃すと(読み逃すと)後悔する。この作品もたまたま新刊コーナーで手に取ったのだが、借りてきてよかった。これはたしかに中高生向けのジュニア小説に分類される作品なのだけど、無視できない作品なのだ。だってこんなにも気持ちのいい小説を読むのは久しぶりのことだから。

「1話5分」という本の帯にある宣伝文句(そんな「売り文句」ってありですか? しかも実は嘘です。そこまではいかない。5分程度のエピソードもあるけど、だいたい10分前後、かな?)に興味惹かれて手にしたのだけど、この軽さは確かに5分の気分だ。そんなたわいなさがなんだかとても素晴らしいのである。

全部で11話からなる短編連作。読みやすくて楽しい。夢の高校生活が描かれる群像劇。恋とクラブ活動(それがオカルトだったりする)、時々ベンキョー。友情も。

現実は毎日同じようなことのくりかえしでしかない高校生活だけど、振り返ってみると、この小説のような「きれいごと」がそこには見えてくる。いや、きれいごとではない。振り返ってみると、思い出の中ではそれはたしかにキラキラしているのだ。それをこの小説は、「キラキラ学園もの」として堂々と見せてくれる。

キラキラ青春映画が一時期ブームとなり、一世を風靡したがブームはもちろんすぐに去っていった。この小説は量産されたそんなキラキラ青春映画とは少し違う。もう少し冷めた目がここにはある。これは確信犯なのだ。こんなのは嘘ですよ、というクールな視線だ。子供が見ても現実がこんなふうに恋と友情でキラキラしているはずないじゃん、と想像できるはず。だからこの小説は信頼できる。わかっていてやっている。

ラストの卒業記念映画をみんなで作るエピソードが素晴らしい。この夏ひそかに評判になった『サマーフィルムにのって』も、この小説のレベルに達していたならよかったのに、と思う。恋とオカルトをテーマにした映画制作をする彼らの姿こそがこの小説全体を見事に象徴する。こんなこと現実ではないですよ、でも、こんな夢を見ることができるのが、あの時代、あの時間なんですよ、と、改めて教えられる。だから、今を楽しめ、と。夢の高校時代を夢のように描きつつ、でも、やろうと思うとこのくらいならできるかも、と思わせてくれる。そんな不思議なリアリティがここにはある。そこに心惹かれた。


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