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映画・演劇のレビュー

よしもとばなな『サウス・ポイント』

2008-06-20 22:14:41 | その他
 かって好きだった幼なじみの少年。お互いにあんなに愛し合っていたのに、別れてしまった。初恋の淡い思い出が、大人になった今、もう一度帰って来る。誰かが彼に送った手紙を歌にして歌っている。だから、彼女は探し始める。

 よしもとばななの新作は、またハワイが舞台だ。彼女は今自分が興味を持っていることをそのまま小説にする。昔からいつもそうだ。まぁ、誰もがそんなふうにして書いているのだろうが、それにしても彼女はあからさま過ぎる。でも、そんなところが魅力でもあるから、しかたない、と思う。

 彼の消息をたどることで出逢った彼の弟から彼の死を知らされる。彼の死を確かめるために出かけたハワイ島。そこで彼女はあきれた事実と向き合うことになる。死んだのは彼ではなく、彼の弟の方で、彼は今も生きていて、今自分の目の前に立っている。彼は、弟と名乗って(死んだのも弟の方なのだ)彼女と接していたのだ。

 『キッチン』の昔からずっと捩れた家族の物語を書き続け、今も変わらずせっせとそんな話ばかりを書いている。

 10数年振りの再会に戸惑うテトラと、彼女をずっと変わることなく愛し続けてきた珠彦クンの物語。彼の異常なまでもの執着って、ちょっとストーカーめいていて怖いな、と彼女は思う。まぁ、恋愛感情なんてそんなものかもしれないが。

 幼い頃の平和な時代、その突然の終わり。父の死。母の恋人に襲われそうになったこと。ひとり暮らしの日々。キルト作家として穏やかに暮らす毎日。

 ハワイでの再会から、彼の両親の思い出の場所、サウス・ポイントに行くというエピソードをラストに持ってきて、2人の取りあえずの幸福な物語は終わっていく。だが、「テトラと珠彦は幸せに暮らしましたとさ」なんていうオチではない。こんなにも幸せなのに、一抹の不安は拭い去れないし、この突然のハッピーエンドには違和感が残る。でも、そんな気持ちを飲み込んで、ここから始まるあたりまえの日常に彼女は向かっていく。これは一つの通過点でしかない。

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