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映画・演劇のレビュー

『十月圍城』

2010-01-07 15:48:58 | 映画
 今年の1本目の映画は、ピーター・チャンが香港を離れ、本土をベースにして世界市場をターゲットにした超大作『十月圍城』だ。この映画を見るために正月台湾に渡った。台湾ではお正月映画の1番手として『アバター』と並び超拡大公開中である。この映画については、NHK特集の躍進する中国というテーマで取り上げていたので知った。中国映画がビジネスとして世界で通用する、というアプローチはなんだかつまらないなぁ、と思ったのだが、ピーター・チャンが中国人の威信を賭けて世界に問う映画ってなんだろうか、となんとなく気になっていた。

 ピーター・チャンが、総力を結集し世界をマーケットにして放つ大作映画であるということはともかくとして、孫文を題材にして、中国で製作した映画が中国発世界行きの作品として中国全土で公開されるというのはなんだか不思議な気分だ。

 しかも映画の舞台はピーター・チャンの故郷である香港である。1905年、革命を目指して孫文が、東京から大陸に帰ってくる。彼を殺すために清朝の刺客が待ち受ける中、香港から広州へ向かう。これは、簡単に言うと、香港で待つあまたの刺客の魔の手をかいくぐり孫文は無事脱出できるのか、という感じのロールプレイング・ゲームなのかもしれない。単純なアクション映画だと思ってくれても構わない。次から次へと襲いかかる敵を倒してなんとかして無事香港を脱するまでが描かれるからだ。

 しかし、見終えた時、嵐のような感動が襲ってくるのは、スーパーヒーロー孫文がどうのこうのではなく、彼を守るためにすべての人たちが命を犠牲にして闘う姿に心震えるからだ。だいたい孫文はこの映画の主人公ではない。前半は彼は出てもこないし、後半でも、彼は顔すらまともに写らない。(わざとそうしてある)これはただ「孫文を守れ!」という熱い想いを描くだけの映画なのである。そして、『孫文』というのはただの記号でしかない。

 はっきりと言おう。これは『中国を守れ』というメッセージなのである。自分たちの尊厳のために命を投げ出し祖国を守る。清朝だけでなく、欧米の列強からわれらの祖国を守るのだ。そのためには一丸となって敵と戦う。

 だが、これは断じてナショナリズムを高揚させるためのプロパガンダではない。これはまず、手に汗握るアクション映画だ。そして、商業映画だし、何よりも単純な娯楽大活劇なのだ。テーマとか、メッセージは後付けでしかない。この映画が中国で大ヒットしたのはそれゆえだ。

 厳密に言えば孫文は辛亥革命を起こしたが、中華民国の父ではあっても中華人民共和国の父ではない。(歴史に疎いから難しいことはわからないが)だが、ここで大事なことは、大きな意味での「中国」というものではないか。しかも、僕たち日本人が見ても胸が熱くなるのはこの映画が中国とか日本とかいう問題ではなく、自分たちが自分たちらしく生きるための命がけの戦いとして描かれるからだろう。  

 豪華キャストが揃うが、彼らスターの競演を見たいのではない。彼らが名もない庶民の代表として、命がけで闘うことに意味がある。ドニー・イェンは博打打ちで、最初は刺客の仲間でしかない。レオン・ライは乞食、ニコラス・ツェーは車引き、レオン・カーフェイは革命の指導者、これはその他多数のキャストたちによる群衆劇である。誰が主演であるとか、関係ない。ジャッキー・チュンなんて、冒頭で殺されるし、誰もが何処で死ぬことになっても不思議ではない。ただ、孫文だけは死なさない。歴史の事実であるからとか、そんなつまらないことではない。この城市(まち)の、すべての人たちが彼を守ろうとするからだ。

 2時間18分の大作だが、あっという間の出来事だった。ハラハラドキドキしているうちに一瞬で終わる。前半80分、孫文が香港到着までの5日間。(4日前からカウントダウンする)後半60分は香港入港から脱出までの6時間。(チラシには6時間とあるが映画ではもっと短い)

 凄まじいアクションの連続で、息もつけない。当然日本語字幕なんかないけど、まるで問題ない。何を喋っているかまでもが、はっきり分かる。気持ちが伝わるからニュアンスまで理解出来るのだ。正直言うとこれはアクション映画ではない。魂の映画なのだ。

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