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映画・演劇のレビュー

『シグナル』

2013-12-18 19:40:49 | 映画
 谷口正晃監督の最新作。『時をかける少女』で仲里依沙を、『乱反射』では桐谷美玲を主人公にして、往年の大林宣彦の少女映画のような新鮮で、清冽な小佳作をものにしてきた彼が今回、手付かずの新人、三根梓を起用した青春映画。田舎町の映画館が舞台になる。

 心に深い傷を負って、そこから出られなくなった少女が、ひとりの青年と出会い、少しずつ心を開いていく。よくあるパターンのお話なのだが、それが映画館を舞台にしているところがミソ。舞台となる田舎の風景がすばらしい。どこにでもある普通の田舎町だけど、静かで、風景と町のたたずまいがマッチしていて、理想的。ただのさびれた田舎町ではない。

 たが、映画自体は話のほうにかなり無理がある。今時こういう名画座はもうないだろうし、あったとしても経営は不可能だ。ある種のメルヘンとして、この映画を受け止めなくては理解できない。昔ならまだ、こういう映画館もあった。もちろん映画がまだフイルムによって上映されていた時代の話なのだが、昔話ではなく、一応現代の話として描かれるので、説得力がない。せめて、今ではなく、ほんの少し昔の話、というフォローが欲しい。『ニューシネマ・パラダイス』ほどではなくてもいいけど、せめて昭和の終わりか、平成の初め。その辺に設定しなくては、うそくさい。フイルムをかけると映写機からカタカタと音がして、映画が始まる。そのことが当たり前である時代。一人の少女が映写技師として映写室にいる。そこに、見習いのアルバイトとして青年がやってくる。

 彼女の祖父がこの劇場の映写技師だった。少女は幼いころからこの映写室で祖父と一緒に映画を見て暮した。祖父が死んでしまって彼女が後を引き継いだ。映画は寂れていき、こういう個人商店はもう経営は成り立たない。でも、映画が好きだから、ほんの少しのお客さんに支えられて、今も細々と上映を続けている。従業員は支配人夫婦と彼女だけ。

 夏の間だけのアルバイトとして、ここに来た青年のひと夏の物語である。ミステリアスな少女に心惹かれて、彼女に恋して、やがて、彼女の秘密を知ることになる。心地よいファンタジーとして、このお話を受け止められるように作ってくれたなら、いい。だが、どうしてもリアルな現実が(しかも、そこにリアリティーはない)挟まってきて、気分を損なうことになる。生々しい恋愛とかいらない。高良健吾演じる彼女のかつての恋人なんて意味がない。馬鹿ばかしい話だ。でも、原作小説があの話を起点にして作られてある以上そこを無視することは出来ない。だから、どうしても全体のバランスが悪くなるのだ。

 ラストで上映される野外映画がいい。夜の河川敷でスクリーンが風にはためく映画会をする。上映される作品は『ガメラ対深海怪獣ジグラ』だ。こういう選択も、設定も、とても素敵なのだから、もっとこのフィクションの世界に酔わせて欲しかった。

 嘘だとわかっていても、この素敵な場所で、いつまでもまどろんでいたい。そう思わせるのが映画の魅力なのだ。かわいいヒロインと、気の弱い青年の恋物語に心ときめかす瞬間が、映画の醍醐味だ。暗闇の中に浮かび上がるスクリーンの向こう側へと僕たちをいざなう。そんな映画が一番見たい。

 西島隆弘がすばらしい。もちろん、新人の三根梓も、だ。主役の男女が共感できるキャラクターでなくては恋愛映画にならない。そういう意味でもこの作品は成功するべきだった。ロケーションの素晴らしさは最初にも書いた通りだし。なのに、とても残念な仕上がりになった。



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