習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『瞬』

2011-04-20 23:33:53 | 映画
 今時、白いソックスを履いて、ワンピースを着た女なんて、どこにもいないだろう。だけど、この映画の北川景子はそんな姿でスクリーンに登場する。これは監督の美意識なのだろうが、同時に、そんな姿を通して描くひとつの「ここにはいない夢の女」の話なのである。彼女は心が空っぽになってしまった「はかないもの」として、象徴的にここに存在する。そんな抜け殻のような彼女をただ追いかける。死んだように生きる若い女。事故の記憶を失い、ただひとりここに残された。

 この映画は、ダンプとの衝突事故により、一番大切な人を亡くした女が、その事故の時に同時に失ったその瞬間の自分の記憶を取り戻すため、目を背けたくなるような事実と向き合っていく姿を描いていく。バイク事故で、彼は死んだのに、後ろに乗っていた自分は生き残った。その理由と向き合ったとき、彼女は真実の彼の気持ちを知る。ラストの事故の場面は衝撃的だ。突然の出来事にどう対応したらいいか、わからないまま、ただそこにいて、薄れ行く意識の中、死んでいこうとする彼を抱きしめる。彼の切断された3本の指を必死に探すシーンにうろたえる。そんなありえないことをする彼女の混乱ぶりが胸に沁みる。

 薄れゆく意識の中で、彼女は彼の言葉にならなかった声を聞く。その声を聞きたいから彼女はこのなくしていた痛ましい記憶を取り戻そうとしたのだ。そこからは、「生きろ」というメッセージがしっかり伝わってくる。たとえひとりぼっちになろうとも、君にだけは生きていて欲しいという切なる願い。一番大事な人を守るために身を挺した彼に包まれて、生き残ったわけを知る。自分がどれだけ彼から愛されていたのかを知る。

 もちろんもう戻ってこない彼への募る想いは、その事実を知っても、知らなかったとしてもどうしようもないことには変わりはない。ただ、最期の瞬間に彼が遺していった彼女への目に見える愛を真摯に受け止めることで、立ち直れなかった絶望の淵から彼女は甦ってくる。そんな瞬間が描かれる。

 このとても重くて辛い映画と110分向き合ってきた我々観客もまた、その瞬間、彼女と同じように救われることになる。磯村一路監督は、この救いようのない映画の中に放たれるこの一条の光を描くためだけに、抑えに抑えた描写をラストまで貫くのだ。だから、この救いようのない映画を、途中で投げ出すことなく、ラストシーンまで目を背けないで見ていて欲しい。その時、希望というものが、あなたの目にはっきりと見える。


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