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映画・演劇のレビュー

『おじいちゃん、死んじゃったって。』

2021-05-03 09:19:18 | 映画

これは森ガキ侑大監督のデビュー作で、2017年の作品だ。松竹配給でちゃんとメインの劇場でも公開されている。たしか、大阪ではステーションシティシネマでやっていたのではないか。今では誰もが知っている岸井ゆきの初主演映画だ。

松竹の家族映画なのに、冒頭から(昼間なのに、いや、朝か?)自宅で彼女がセックスしているシーンから始まり驚かされる。田舎の家で、父親(光石研)は庭で水やりか何かをしている。そんな時、電話が鳴る。彼女の祖父が亡くなったという知らせだ。映画はそこから始まる葬儀のお話だ。ということは、これは伊丹十三のデビュー作である『お葬式』のアナザーバージョンなのだ。あの映画は当時凄い話題となった。大ヒットしただけでなく、キネマ旬報のベストワンをはじめとして、その年の映画賞を総なめした。今回の森ガキ作品は、実をいうとあの傑作と較べても遜色のない作品である。でも、ほとんど話題にもならず、黙殺された。(と、思う)

今、(僕が知らないだけで、その間に、)ものすごい数の新人監督がデビューし、個性的な作品を披露している。そんな時代だ。膨大な数の映画が簡単に(ではないかもしれないけれど)劇場で公開される。さらには配信だけ、という作品も多数。知ってる人はもちろんたくさんいるだろうけど、そのほとんどの作品は誰にも十分には知られないまま、埋もれているのではないか。そんな映画があるなんて、映画好きで、それなりにたくさんの映画を見ているはずの僕ですらフォローしきれないというのが現状だ。

ピンポイントで自分の興味の範疇で引っかかってきたものくらいしか、ピックアップできまい。しかも、それだってつまらない場合も多々ある。たまたま自分が見た(取り上げた)映画が、ちゃんと当たりである確率が高いわけではないだろう。つまらない場合は悲惨だ。特に劇場で見る場合にはかなり敷居は高い。1200円以上の入場料と交通費を支払い見るのだからリスクは大きい。その点今の配信での鑑賞は気楽である。面白いと思ったら、その作品の監督作品を芋蔓式で遡れるし。でも、そんなふうにして安易に映画を見るのは、なんだか作品に対して失礼な気がする。昔は1本の映画を見るという事は結構大変なことだった。

だから見た映画を大事にした。映画を見た後は数日ずっとその映画のことを頭の中で反芻していた。好きになった映画はサントラを買ってその音楽を通して何度もその映画を思い起こしたものだった。そんな時代もあったという話だ。70年代、高校生の頃だ。だからあの時代の映画のことは今も鮮明に記憶に残っている。先日見た『翔んだカップル』もそんな映画の1本だ。あのデビュー作との出会いから以降、相米慎二監督の映画はすべて劇場でリアルタイムで見た。

この森ガキ侑監督の映画も、70年代に見ていたら、もしかしたらその時のベスト作品の1本として記憶に残ったかもしれない。それくらいに面白い映画だった。もちろんすべてに満足のいく作品というわけではない。だけど、子供たち(死んだおじいちゃんの孫たち、ね。息子たちは、ちょっとね、です)が生き生きしていて彼らのそれぞれの屈折した思いがちゃんと伝わるし、親たちのバカバカしさにも納得がいく。自分の父親が亡くなったにも関わらず、なんだかただただおろおろするだけで、何もできない愚かさ。兄(岩松了)と弟(光石研)が遺体の前で喧嘩するのだ。そんなことをしている場合ではなかろうと、誰もが思う。映画の最初は彼らが自分の父親を「おじいちゃん」と呼ぶことに違和感を感じていたが、田舎の話なので、それがきっと習慣なのだろう。昔は年寄りはみんなおじいちゃんでよかったのだ。だけど、今はそういう習慣もなくなりつつあるのだな、と改めて思う。映画の後半で東京から彼らの妹(水野美紀)がやってくるが、確か彼女は父親のことをおじいちゃんとは呼んでなかった気がする。

祖父の死から葬儀までの数日間が描かれる。家族が集まり、また別れていく。商業映画の枠内で作られた作品だけど、作家性がちゃんと出ていて、単なる娯楽映画ではない。でも気取ったアート映画では全くない。こういう映画がちゃんと作れる若い監督がいるのだ。驚きである。

お話は彼だけの問題ではない。この数週間、日本の若手監督のデビュー作品をかなりたくさん見た。気になってはいたけど、見る余裕がなかった作品ばかりである。そのほとんどが面白かった。それってなんだろうか。いろんな人がいる。ふくだももこや、中川龍太郎はもう大活躍しているけど、草野翔吾、山田篤宏や、飯塚俊光、菊池武雄は新発見だ。大島渚の息子である大島新も凄い。『なぜ君は総理大臣になれないのか』は衝撃的だった。


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