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映画・演劇のレビュー

『シャン・チー テン・リングスの伝説』

2021-09-06 08:21:14 | 映画

『黒い司法 0%からの奇跡』のデスティン・ダニエル・クレットン監督がメガホンを取ったマーベル・ユニバースの新作だ。先日ようやく公開された『ブラック・ウイドゥ』も実に面白い映画だったのだが、実をいうとこの手のヒーローものはもう食傷気味。次から次へと新作が登場するのだけど、基本どれもスーパーヒーローが悪者(今の時代、ヴィランと言うべきなのですね)を退治する話。異口同音。それなりにひねりはあるけど、これだけ同じようなものをやられると飽きないはずはない。しかもマーベルとDCが競い合うように連打してくるから、もう何が何だか。

でも、今回は少し肌合いが違う。初めて中国系アメリカ人を主人公にした。メインキャストはすべてそう。主人公も敵側も。しかも、ヴィランはなんとトニー・ーレオンである。変なメイクをさせられて憎々しい悪役を演じるかというと、そうではない。普段通りのルックスで登場する。しかも、全編ほぼ出ずっぱりなのだ。主人公のシム・リウ演じるチャン・リーと変わらないくらい出てくるのだから驚く。お話は父親と息子の相剋。善と悪の戦いという意味では同じなのだけど、世界の平和を守るとかいうパターンとはイメージは大分違う。こういう映画を最近見たな、と思い、記憶をまさぐるとすぐ出てきた。そうなのだこれは『シン・エヴァンゲリオン』と同じではないか。どちらもただの親子喧嘩を壮大なスケールで描いている。見ていてそんなことなら「うちでしろよ、」と思う。

1000年以上この世界を牛耳ってきた男が、ひとりの女と出会い恋に落ちて、永遠の命を棄ててふつうの人生を送ろうと決意する。彼女と結婚して、ふたりの子供を得る。幸せな日々を過ごしていた。だけど、昔の悪人仲間がやってきて彼の妻を殺してしまう。怒りに燃えた彼は昔の自分に戻る。死んだはずの妻の声を聞き彼女を蘇らせるため開けてはならない封印を開けようとする、とかいうような感じのお話がまずある。もちろんここで言う彼とは主人公のシャン・チーではなくトニー・父・レオンだ。

本題であるはずのチャン・チーのお話と並行して父親の話もしっかりと描かれていくのだ。サンフランシスコでホテルマンとして暮らしているチャン・チーがある日、わけのわからない男たちに襲われるところから話は動き出す。序盤の『ブリット』を彷彿させる暴走するバスと坂道を使ったカーアクションのシーンが凄い。さらにはホテルの上から下まで、外壁でのアクションシーンも。結局父親の家来に捉えられて、彼のアジト(というか、宮殿)に連れてこられてからの後半戦は冒険活劇になる。

お話はもうどうでもよくて、それより、主人公のカップルが美形ではないのが凄い。ふつうなら、美男美女が演じなくてはおかしいところなのに、ふたりともふつうのどこにでもいそうな男女なのだ。ケイティ演じるオークワフィナは美人ではないだけでなく、どちらかというと、なんだかなぁ、という愛嬌はあるけど、というタイプ。だけどそんな彼女が結果的に大活躍する。しかも強いからではなく、ふつうの人だから、というのだから面白い。普通の人がこんなとんでない状況に巻き込まれて、それを冷静に受け止め(当然最初は少し驚くけど)ちゃんとラストまでお荷物になるのではなく、主人公のパートナーとして活躍する。これって『レイダース 魔球の伝説』のパターンだけど、あの映画のケイト・キャプショーの進化系。

この映画は、基本はよくあるパターンを踏襲しているし、無理はしていないけど、いろんなところが普通じゃない。それはないでしょというファンタジーになっていくのだけど、なんだか神話のような感じで、受け入れられる。ごちゃごちゃしてめんどくさい最近の『アベンジャーズ』シリーズとは一線を画する。その理由は最初に書いた監督の存在なのだろう。

気になったので彼の前作『黒い司法 0%からの奇跡』を家に帰ってからすぐネットフリックスで見た。(以前から気になっていたけど見れてなかった)いやぁ、驚いた。凄い傑作である。しかも、これもまたある種の「ヒーローもの」なのだ。ただのヒューマン映画ではなく、正義のあり方が描かれてる。そこでまるで違う2本の映画がつながった。

しかも、調べるともっと凄いことに気づいた。ここからは恥ずかしい話になる。

デスティン・ダニエル・クレットンはなんとあの『ショート・ターム』の監督だったのだ。あの映画にあんなに感動したにもかかわらず、僕はそんなことも忘れていた。というか『ショート・ターム』の監督の名前をちゃんと憶えていなかったのだ。『ショート・ターム』の監督の新作だからという理由だけで公開時にちゃんと『ガラスの城の約束』も見たのに。

今回ハリウッドのこの大作娯楽活劇を彼が手掛け、定石を踏まえながら彼にしか作れない映画を作った。映画自身も凄かったが、彼が『ショート・ターム』の監督だったという事実のほうが映画の100倍は衝撃的だった。本当はちゃんと『黒い司法』を彼の映画だと知った上で見て、本作を見るべきだった。しかも彼の母親は日系アメリカ人らしい。初めてアジア人を主人公にしたヒーロー映画を彼が手掛けたのもうなずける。黒人差別を描く『黒い司法』は単純なヒューマン映画でなかったのにも。彼の出自からいろんなことが想像できる。4本の映画がつながる。

 


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