このタイトルは明らかに川本さんの『いまも、君を想う』を連想させる。川本さんこの映画好きかな? きっと面はゆいけど、嫌いじゃないはず。昔の自分を想起したりして。きっとまた奥さんのことを思い出すことだろう。幾分甘い映画だけど、悪くない。
妻を失った老人がバスを乗り継いでイギリスの北端から南端までを旅をする話。90歳の老人には身寄りがない。最愛の妻を亡くし、50年以上、ずっとふたりで暮らした家を離れて旅に出る。理由は最初は明かされない。老人用の無料パスがあるから、というだけ。確かにそれがきっかけ。でも、本当はそうじゃない。妻と暮らした歳月が回顧される。回想で若き日のふたりの描写が何度となく挿入される。ふたりがここで暮らし始めたのは、幼い子供を失くしたからだ。それまで住み慣れた場所を離れて、(あまりに辛いから)心機一転新しい生活を始めるため。できるだけ遠くに行きたかった。だからここにきた。たったふたりきりで身を寄せ合い悲しみに耐え生きた。ずっと一緒にいたかったのに、彼女が亡くなり、生きる望みはない。
なんだか痛ましいけど、そんなふうにして長い歳月を過ごせたのか、と思うと、素敵だな、と思う。それだけに、つらい。旅の目的は、妻の遺灰をふるさとの海に撒くためだ。その前にまず子供の墓を訪れる。映画の終盤、この旅の目的がそこでようやく明示される。あまりに単純な理由。そしてそれ以外には考えられない理由。
映画は感傷過多にはならない。老人はなんだか偏屈で、気難しい感じ。でも正義漢だ。彼のバス旅でのいくつもの行動を、目撃した人たちがSNSで発信する。それが広まる。それを見た人がバス旅の途中で偶然彼を見かけたとき、助けてくれる。知らない間に彼は有名人になっている。本人はもちろんそんなこと知らない。たくさんの人たちの親切に支えられて、(最初は彼のした親切やおせっかいが原因だが)目的地にたどり着く。イギリス最南端ランズエンドで彼のファンが到着を迎える。たった一人のはずの彼がこんなにもたくさんの人たちの歓迎に遭い、戸惑う。なんだかお話がうまくいきすぎで、いささか気恥ずかしい。でも、こんなハートウォーミングがあってもいいと思う。
1時間26分というとても短い映画だ。さらりとしたタッチで小さなエピソードの連鎖で綴られる。凄い映画というわけではないけど、なんだかほっこり暖かい気分にさせられる小品。