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映画・演劇のレビュー

『真夏のオリオン』

2009-06-08 21:04:11 | 映画
 篠原哲雄監督が初めてメジャー大作を手掛けた。しかも、製作はTV朝日である。『亡国のイージス』『ローレライ』の福井晴敏原作による戦争大作映画だ。(チラシをちゃんと読むと、原作は別にあり、福井は脚色、監修とある。なんだ、それは!)

 だが、この作品を米軍艦と日本の潜水艦による壮絶なバトルを描く手に汗握るスペクタクル映画だと期待すると、肩透かしを食らうことになる。山田洋次による2大作の後を受けて藤沢周平に挑みあんなにも地味な映画(『山桜』)を作った篠原監督である。一筋縄ではいかない。これだけの大作なのに、やはり印象は小粒で、お話自身もとても小さな話なのだ。彼は大局には興味がなく、極小の状況下で、ひとりひとりの顔が見えるような映画を作る。潜水艦の中の狭くて人がひしめき合う空間からほぼ一切出ることはない。息の詰まるような映画だ。ここには『Uボート』のようなダイナミックなアクションシーンはない。地味でひたすら単調で、見ていて疲れる。だが、ひたむきで切実な思いがしっかりと描かれる。

 この映画はイー77潜水艦の艦長である倉本(玉木宏)を中心にした群像劇だ。たった1本しか残っていない魚雷で、彼らは自分たちを追い詰める米海軍の軍艦と戦う。過酷な状況の中、でも諦めない。敵であるはずの米軍の艦長もまた、相手のことを高く評価し、舐めてかかることはない。お互いにお互いをリスペクトする態度はまるでスポーツマンのようだ。でもこれはスポーツなんかではない。戦争なのだ。なのに見ているといつの間にかそんなことを忘れている。お互いに敬意を払い戦う姿は、戦争ではなく、なんだか別の状況を思わせる。この映画には本来必要なリアリティーはない。昭和20年8月という緊迫した時代を感じさせないのだ。だがそれはこの映画の欠陥ではない。この映画が描くことはもっと普遍的な問題なのだ。人間にとって何が必要なのか、とか、どう生きるのか、とか。こんなふうに書くとなんだかくさい映画みたいだが、そうではないから。

 TV朝日としてはこの作品にもっと壮大なドラマを期待したのではないか。なのに、篠原監督はいつものようにマイペースで、自分の映画に仕立ててしまう。妥協することなく自分の映画を作る。メジャー大作であろうと、低予算の作品であろうとその姿勢は変わることはない。

 そうそうたるキャストにも、暗い艦内でうろうろしてるだけで見せ場らしい見せ場は用意されない。どこかにいるヒーローが絶体絶命の彼らを救うのではなく、みんながそれぞれの役割を果たすことで、この難しい局面を乗り切っていくというこの映画の姿勢には共感できる。他人事にするのではなく、自分たちひとりひとりの大切な命を最後まで諦めることなく大切にしようとする。華々しく散るのではなく、最期まで生き抜こうとする。

 この映画が描こうとするものはかってあった悲惨な戦争という事実だけではなく、あの頃と同じような困難な時代である「今」を生きるわれらへのメッセージなのだ。


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