習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『桜色の風が吹く』

2022-11-22 16:50:20 | 映画

難病物の実話を基にした感動の人間ドラマ、という映画は苦手だからあまり見ないのだが、これは小雪が12年ぶりに主演する映画だと知り、見ようと思った。夫の松山ケンイチと一緒に子育てをしながら、地方で農業をしながら暮らす彼女が敢えて今挑む映画だというだけで期待が高まる。納得のいく仕事しか受けないはず。何が彼女の心を動かしたか。気になる。

智は幼いころに片目の視力を失い、さらには全盲に、それでも母親に支えられて、東京の盲学校で高校生活を送る。やがて彼にさらなる不幸が襲う。耳が聞こえなくなるのだ。もうありえない話だけど、実話。映画はそんな彼の母親を主人公にして彼女のドラマとして作られる。もちろん小雪が演じる。以前のはかなげな彼女なら、この役はなんだか嘘くさくなったかもしれない。これはちょっと「どすこい」なキャラクターである。だが、今の彼女が演じると、この女性がとてもリアルに見える。けなげな、とか、はかなげ、とか、そんな言葉はいらない。息子のために必死になって世話をする姿が嘘くさくない。とても自然に彼女の頑張りが受け止められる。ただのきれいごとではなく、とても自然体でこの難局と向き合う。だから、息子もまた、自らに降りかかるこの困難と自然に立ち向かえる。こんな話なのに、お話に無理がない。よくある実話なのに嘘くさかったり、なんだか教条的だったりする映画とは一線を画する。

監督である松本准平の姿勢であろうが、映画の後半は一応智(田中偉登)を主人公にはするが、あくまでも母親役の小雪を中心にした映画に徹する。彼女が何を思い、何をするのかが中心で、そこと智のお話が重なる。あくまでも彼女の視点からこの親子のドラマが描かれるのがいい。息子のために頑張るお母さんなのだが、それが感動の押し売りにはならなかったのは、小雪の抑えた演技ゆえだろう。過剰な部分も含めて息子のために全力で取り組む姿がとても自然だった。子を思う母の想いが根底にある。彼女の行為を支えるものは、障害を持つから、ではなく、彼が自分の子供だから、だ。3人の子供の母親で彼だけを特別扱いするのではない。だけど彼を支えるのは自分しかいないから、家族に迷惑をかけるのは承知の上でわがままを押し通す。夫や他のふたりの子供たちはそんな母親を受け入れる。平等に愛情を与えるのではなく、同じように愛するけど、仕方ない。このある種の理不尽を家族は許すしかない。

納得はいかないことも含めて、この家族はそんなふうにしてみんなで生きてきたのだろう。この家族が背景にあり、この親子のドラマは綴られる。智が現実をしっかりと受け止めて、自分の生きる道を見出していく姿は感動的だ。彼が大学に進学し、大学教授になる(世界で初めて盲ろう者の大学教授となった東京大学先端科学技術研究センター教授・福島智)というこの後の人生を知らなくてもいい。映画のラスト、この瞬間、彼が母親と桜並木を歩く。その姿をそれだけで受け止めよう。

 

 

 

 

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『土を喰らう12か月』 | トップ | 燐光群『藤原さんのドライブ』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。