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映画・演劇のレビュー

『彼女の人生は間違いじゃない』

2017-07-28 21:20:14 | 映画

 

廣木隆一監督が初めて書いた小説の映画化作品。もちろん、自身が監督した。映画化を前提にした書き下ろしなのか、映画化を考えずにまず書きたいと思って書いた小説なのか、僕は知らない。しかも、原作は読んでないから、まるでそのへんの事情はわからないけど、この映画に秘められた覚悟は確かに伝わる。もちろん、廣木監督はいつものように、無理なく自然体でこの難しい映画に挑む。

 

震災から5年。福島。まず、その設定が、もう今では「手垢の付いたもの」になろうとしている。だからこそ、彼はそうさせないため、今、これを作らなくてはならないとおもったはずなのだ。震災復興、というかけ声に埋もれてしまう現実。日々の暮らしの中で薄れていくあの日のできごと。被災地から遠く離れた人たちにとっては、過去のできごとになるのかもしれない。しかし、そんなこと、誰も思わないし、100年経とうとも、震災の傷跡は残り続くことも、わかっている。地震と津波、原発事故。この国を破壊してしまったできごとを日本人は忘れるはずもない。あれから、まだ6年なのだ。映画は5年後という時間に拘る。もちろん、たまたま5年後が描かれるだけだ。これが50年後であろうとも変わらない。はずだ。

 

福島と東京。彼女は週末の高速バスで東京に来る。平和な街にたたずむ。この街の暗部に潜む。デリヘル嬢として働くのはお金のためではないことは明かだ。お金に困らないというわけではないが、ちゃんと公務員として役所で働く彼女にとって、風俗の仕事は自分を罰する手段なのか。いや、そんな簡単な話でもない。

 

誰にもわからない。自分にだってわからない。幸せになる資格はない、なんて思う必要もない。なのに、彼女は知らない男たちに奉仕する。怖いめに遭う、ことを望む。こんなことを初めて、もう2年になる。この言葉に出来ない衝動を今もなお、受け止められないまま、受け入れる。

 

なんで? という疑問は2時間の映画の中でずっと持続する。ここには出口なんかない。癒やしも、贖罪も、ない。今も仮設住宅で、飲んだくれて、パチンコしかしない父親と2人で暮らす。母親(彼にとっては、妻)の死を受け入れられない弱い父。そんな父を彼女はなじる。だが、わかっている。自分だっていろんなことをまだ受け入れられない。このままでいいわけもない。でも、傷はふさがることはない。

 

光を求めて、静かに日々を生きる。ほんのわずかな光が射す。新しい命の誕生を知り、贈られてきた写真を見入る。スマホの画像。彼の立つ小劇場の舞台を見たこと。自分のリアルが、彼女を前に進める。出口はまだまだ遠いし、そんなものないかもしれない。あの日からずっとトンネルの中にいる。もう昔には戻れない。しかし、光はある。胸が痛くなる。そんな痛みに胸が熱くなる。

 

 


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