習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『星守る犬』

2011-06-24 22:06:39 | 映画
原作コミックは30分程度で一気に読めたのに、映画は2時間以上ある。それって何か? 特別原作を膨らませて、オリジナルストーリーとしてまとめたわけではない。どちらかというとストーリー自体は原作にとても忠実である。追加したエピソードはたぶんそれほど多くはないはずだ。(もう半年以上前に読んだので、細かいことは覚えてないのだが)

 では、なぜ、こんなことになったのだろうか、と考えると、思い当たるのは主人公をおじさんと犬から、市役所の福祉課職員へとシフトチェンジしたことである。これはあくまでもおじさんと犬のハッピーの旅を描く物語なのに、ドラマの比重を含めて、主人公を完全に青年の方へと移した。映画は完全に(でも、終盤はそうでのないのだが)彼の見たおじさんとハッピーの旅という視点から描かれることとなった。そのせいで、2人(おじさんとハッピー)と映画に距離が出来てしまって、素直には泣けない映画となる。

 もちろんこのささやかな変更は悪くはない。しかも、原作も彼の視点から書き起こされるのだからこれは当然の選択かもしれない。だが、原作は途中からは2人の旅自体がメーンとなる。その結果、ストレートに泣ける。今回の映画化の方法論自体は悪くはない。それどころかこちらの方が作品自体に奥行きを与えることとなる可能性もあった。だが、映画は失敗する。残念だが、この噺の主人公はあの青年ではないからだ。かれはあくまでも傍観者でしかない。いくら2人の足跡を追いかけても彼は狂言回しにしかならない。それならば、ちゃんとおじさんとハッピーにシフトした方がよい。ここはストレートに泣ける映画にしたほうが、彼らの痛ましさがしっかり伝わる。ラストでファンタジーへと昇華させるためにも、リアルに2人の旅を彼らの視点から描くことが大事だった。

 ただ、おじさん役を西田敏行にしてしまったことで、この作品自体の持つ傷みが伝わらなくなったのも、事実で、彼のわざとらしい演技(それはそれでいいのがだが)は映画からリアルを殺いでしまう。だから瀧本智行監督は、あえて玉山鉄二の青年の視点からすべてを語るというスタイルを選択したのかもしれない。それならそれで一貫してクールに描けたならよかった。だが、終盤で2人がいかに死んでいったのかを見せ、さらにはおじさんが旅に出るきっかけまで延々と描く。いらない話だ。結局青年の側から描くというスタイルは頓挫する。全体のバランスをラストで著しく崩してしまう。もったいない。瀧本監督はデビュー作『樹の海』から一貫して(そこまで言うのは問題があるが)死をテーマにしてきた。だが、今回はそのルックスと、彼の美意識に齟齬があり、結果的に納得のいかない作品となったのが、残念だ。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『アンダルシア』 | トップ | 沢木耕太郎『あなたがいる場所』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。