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映画・演劇のレビュー

『蝶の眠り』

2018-05-29 22:02:01 | 映画

若年性アルツハイマーになった50代の女性が主人公だ。作家として名を成している。ひとり暮らしで係累はいない。離婚した夫とは今も付き合いはないわけではないけど、この先、不安。今、これから遺された時の中で何が出来るのか、と考え、行動するけど、病状の進行のなかで、思い通りにいかないし、もうすべてを投げ出してしまいたくなる。でも、そんな内面はおくびにも出さず、彼女は表面的には穏やかで、冷静に対応し、現実をしっかりと受け止めて、凜として生きていく。そんなヒロインを中山美穂が演じる。もっとぶざまで悶え苦しみ、暴れたっていいはずなのに、静かに受け入れていく。彼女を支える韓国からの留学生との交流を通して、失われていく記憶と向き合い、前向きに生きていく姿が丁寧に描かれていく。

 

52歳という年齢がとても微妙で、若い留学生との恋愛(自分にとっては、子どもだといってもいいくらいの年の差だ)に溺れるのではなく、必要以上に甘えることもなく、きちんと距離を取って向き合っている。なんだか、立派すぎて眩しいけど、でも、それが彼女なりの精一杯なのだろう。ギリギリのところでバランスを取っているのが伝わってくるから、痛ましくもある。黒澤明の『生きる』を引き合いに出してきて、自分のこれからの生き方を考えるけど、あの映画の志村喬のような生き方をしようというのではない。最後の小説を書き上げ、それを人生の総決算とするのではなく、スタートにするのだ。ここから新しいステージに向かうことになる。それがどこに行き着くのかはわからないけど、行くしかない。

 

とてもきれいな映画である。ホ・ジノ監督の初期の2作品を想起させる。もちろん、あの2本の映画は僕にとって、映画史上ベストワンの2本なので、この映画はそれにはまるで及ばないけど、そこに流れるものは同じだろう。『子猫をお願い』のチョン・ジェウン監督の久々の新作である。

 

あまりにきれいだから、嘘くさいという人もいるだろう。こんなのきれいごとに過ぎないという感想が聞こえてきそうだ。だが、こういうとんでもない状況に陥って、それでも自分にとって正しく生きていこうとする姿を誠実に描いていることは事実で、それをもっと現実はドロドロしているだとか、悲惨だとか言うことは、なんか違う気がする。何があっても、まっすぐに前を向いて生きていたいと願い、たとえきれいごとに見えたとしても、それをきれいに見せることで、絶望ののなかでの希望を描くことは可能ではないか。中山美穂が実年齢より上の役に挑み、夢のような生活の中で、(理想の環境、まさかの恋愛)絶望していく。突然愛犬がいなくなる、というエピソードは彼女が置かれた不安を見事に表現している。夢のような家で、たくさんの本に囲まれて、細部まできれいに作り上げられることで、静かに死んでいく姿が、リアルに浮かび上がってくる。

 

2年後を描くラストシーンで、介護施設に入った彼女を見舞う留学生だった彼の姿と、その前で、記憶を失った彼女の穏やかな姿が綴られたとき、「最後までちゃんと生きるのだ」という当たり前のことの感動が押し寄せてくる。

 


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