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映画・演劇のレビュー

『みなさん、さようなら』

2013-02-07 20:53:47 | 映画
中村義洋監督、濱田岳主演という黄金コンビによる新作は、彼らにとって代表作となる。これは近年稀にみる傑作だ。団地を舞台にして、そこから一切出ることなく人生を送ろうとするひとりの男の物悲しい生きざまを描く。

 60年代、未来の町として誕生した団地。そこにはすべてがある。団地から出なくても一生を終えることが可能だ、と言われた。だが、現実はそんな未来都市を追い越していく。気付くと、団地は色褪せて、見る影もない。若い世代は成長すると、ここから出ていく。住人の高齢化が進み、どんどん寂れていく。

 主人公はたったひとりここにとどまる。彼は小学校を卒業してから、ずっとここから出たことがない。厳密に言うと出られないのだが、本人はそれを認めたくはない。自分の意志でここに踏みとどまる。中学に行かなかったのは、団地の中に中学がなかったからだ。生活だけではなく、仕事も、恋も、すべてを団地の中で済ます。この一風、変わったお話は、ファンタジーではなく、リアルなのだが、前半は、なんだかほのぼのとしていて、ちょっとした寓話に思える。

 なぜ、彼がそこまでここにこだわるのかは、映画の後半になり明かされるが、そこまでの部分がすばらしい。謎が解明されてからは、いささか理屈っぽくなる。あんなふうに説明されても、あれでは納得しない。彼のこの行為は異常だがそれを病気として処理されるのは心外だ。ただ異常な団地への偏愛。そのほうがいい。

 小学校での部外者による児童殺害事件。彼の親友が目の前で殺された。中学生に包丁で刺されたのだ。自分もまた、あの時、殺されていたかもしれない。その日から、彼は団地から出ることが出来なくなった。でも、これとそれとは話が違う気がする。彼の団地への愛は、友達を殺されたことだけが原因なのか。よくわからない。だが、その日から始まったことは事実だ。

 後半、小学校の卒業生たちはどんどんこの団地から出て行き、さびしくなる。みんなそれぞれ、大人になる。だが、彼だけはかわらない。話の終局の付け方が、見えないまま、どんどん状況は悪くなる。やがて、100人以上いた同級生が、とうとう自分ひとりになる。それでも、彼はここを出ていかない。というか、出ていけないのだが。婚約者にも去られて、たったひとりになった友達も病院に収容されて、ケーキ屋も畳まなくてはならなくなる。団地自身が終わりを迎える。

 この映画は、本当は、彼が主人公ではなく、団地が主人公のはずだ。だが、お話に決着をつけるため、強引にこういう終結をする。突然の母親の死、彼の自立、という図式はいささか定石過ぎて、納得が行かないのだが、あれはあれでしかたないのかもしれない。わかりやすい所に落ち着く。落とし所は必要だし、無難な線でまとめた。だが、本当の怖さはそんなところにはない。

 このいささか説明的な後半から、ラストの展開はつまらないけど、こんなにも風変わりな映画が誕生したことを喜びたい。


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