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映画・演劇のレビュー

ババロワーズ『KICK』

2008-06-09 21:41:46 | 演劇
とてもゆる~いストーリーラインの輪郭を残しながらも、そこに囚われることなく自由に連想からイメージを膨らませたり、脱輪したりしながら、コントと芝居の中間くらいのラインで2時間を見せていく。

 とても見やすくて、おしゃれで楽しい。こんなふうにババロワが進化してきてるんだ、と認識させてくれる作品だ。もう既に15回公演を数えるということにも驚いた。初期の頃と、途中何度か見ただけで、最近ずっと見ていなかった、という事実にも驚いた。こんなにもブランクがあるということにアンケートの過去作品リストを見て気付いた。

 高瀬和彦さんと向田倫子さんによるババロワの魅力は、とてつもなくバカバカしいことをなんの衒いもなく、それどころか、大真面目にやってしまうところにある。それはもともと高瀬さんの持つ強烈な個性に負うところが大だったはずで、今回のように自分はほとんど舞台に出ずに、他の役者にやらせてしまうというのは、本来不可能なことだった。

 これは高瀬さんの芸であり、それって自作自演でしか不可能なことなのだ。だから本来彼はこういう劇団スタイルの中で力を発揮するタイプではなく、イッセー尾形のように一人芝居として見せていくべき性質の表現なのだ、と思う。

 しかし、それを彼は長い歳月をかけて、今の形に定着させてきたのだ。その気の遠くなるような地道な努力って、彼の「とんでもない真面目さ」のなせる技としか言いようがない。

 今回の作品を見ながら高瀬さんはほとんど舞台にいないのに、芝居はその端々まで高瀬さんを感じさせる。そんなこと当たり前のことだ、なんて軽々しく言わないで欲しい。彼ほどのキョーレツな個性を彼の不在の中で体現できるなんて本来不可能なことなのだ。なのに、気長に待ち続け、努力して、若い役者たちを鍛えて、しかも役者たちもまた高瀬さんを信じて、真剣に『バカ』をする。

 彼らは一切ふざけていない。もしこれをふざけて演じていたならば一瞬でこの空間は意味を失う。弛緩した空気に包まれて見るも無残なものになる。くだらないおふざけくらい見苦しいものはない。

 KICKすること。そのお互いに与え合う痛みが今回の作品のテーマだ。主人公は向田さん演じるマチルダという女性である。彼女は、自らの中にある「男」を自覚し、でも男にはなりきれないでいるミュージシャン。TVディレクターの誘いに乗ってSMの女王様養成学校に通って女王様修行をする、という番組に出演することになるのだが、本当は乗り気ではない。彼女の話とCSでTVショッピングの番組を担当する男が新製品の企画を捜す話がクロスしていく、というのが概要なのだが、これに様々なエピソードが絡まってきて1本の作品になる。

 シリアスにテーマを追求するという方向に終盤持ちこんでもよかったのだが、そうはしないまま終わる。性同一性障害を扱いながらも、そこに焦点を絞りきらないもどかしさは残るが、そこにこそ高瀬さんの美意識があるのだろう。彼なりのバランス感覚と節度が彼を踏みとどまらせた。これは彼なりのギリギリの選択だったのだと理解する。

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1 コメント

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ババロワーズ・高瀬です (高瀬和彦)
2008-06-11 15:11:58
広瀬さん、観劇ありがとうございます。
久しぶりに観てもらえて、感謝感激です。
いやあ、それにしてもこのコメント、泣けるなあ。
うれしいっす。
まだまだアラの目立つ未熟な僕たちですが、今後ともよろしくお願いします。
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