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映画・演劇のレビュー

鹿島田真希『来たれ野球部』

2012-05-18 20:15:00 | その他
 恋愛小説を読んでいるのだけれど、このタイトルである。なんか、それでいいのか、と思う。しかも、カバーがまるでアニメのイラストだ。読むのが恥ずかしい。これじゃぁスポ根で、軽いマンガのような小説ではないか、と誰もが思うはずだ。しかし、そうではない。それどころか、これはかなりハードな作品なのだ。しかも、野球のシーンなんてほぼない。看板に偽りだらけだ。だが、これはいろんな意味で驚くべき作品である。そして傑作だ。

 主人公の少年は、野球部のエースで、性格もよく、誰にも分け隔てなく優しい。顔も良いし、学園のアイドル。そんな彼には、大好きな女の子がいる。彼女は幼なじみで、子供の頃、いじめにあっていた彼を助けてくれた。それ以来ずっと彼女のことが好きで、彼女に愛されたいと思い、努力してきた。野球をしたのも彼女のためだ。だが、彼女は彼を無視する。

 作品はこの2人の恋愛を描くのだが、主観は4人の男女で、彼らを語り部として、描かれている。野球部の顧問で2人の担任の国語の男教師と、彼が高校生の頃からこの高校で教鞭をとる音楽を担当する女教師。この2人の大人の視点を挟むことで、客観的な視点を獲得しようと言うのではない。彼らの視点は話をややこしくするばかりだ。複雑な話ではないが、人間の心はとても複雑だから、どんどん錯綜としてくる。15,6歳の子供たちは、単純ではない。大人以上に複雑な部分も多々ある。これはそんな彼らを描く心理小説なのだ。

 若い2人の背後に回るはずの29歳の教師と、40過ぎの教師のほうが、彼らに惑わされる。大人たちは2人の屈折した愛憎劇に振り回される。視点の混乱は、作品にも混乱をきたす。一見不要な大人の視点が、作品を平面的にしない。それにしても、ここまで捩れた愛憎物語はちょっと類を見ない。

 すべてに完璧な男の子が、人を寄せ付けない孤独を演じる少女を一方的に愛する。その愛は止まることを知らず、どこまでもエスカレートしていく。これがコメディーだったなら、どんなに楽だろうか。だが、これはシリアスである。鹿島田真希なのだから、当然のことだろう。あんな可愛いジャケットにだまされた読者は、このあまりの内容に戸惑うし、裏切られた気分になる人もいるだろう。だが、一度読み始めたなら、これを途中で止めることは出来ない。これは変態的な小説なのだ。笑えない以上、息を詰めて見守るしかない。ほとんどホラーである。変態的な愛は、暴力に至る。途中で国語教師の妻の自殺のエピソードを簡単に(!)挟んで、あと40ページで終わるとこにまで来た。

 彼の愛を受け入れて両想いになるところから、どんどん異常さはエスカレートしていく。彼を拒絶しているときには、何とか保てていたバランスが音を立てて崩れさっていく。2人の魂の地獄が始まるのだ。ここまで異常で変態的な恋愛小説は、ほかにない。安易なアニメ顔をしていたくせに、これは全くの曲者だ。

 そして、あのラストの怒濤の展開である。ここからはネタばれのなるから、これから読む人は避けた方がいい。

 彼の飛び降り自殺(結局は死なないけど)は、衝撃的ではない。壊れていたのだから、そのくらいは当然だろう。この小説を終わらせるには、あれくらいの刺激は当然のことだ。彼にとっては、とてもいいカンフル剤になったことだろう。その後の展開は実にうまい。ここまで広げたお話にどういう終止符を打つのか興味深々だったが、上手いオチだ。こういう恋愛だってあるのだ。彼女の捨て身の態度が突破口になる。究極の恋愛小説だった。凄いとしか、いいようがない。感心させられた。

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