神の島とも言われている沖の島を世界遺産候補として推薦するらしい。まだ、先の話だが、
この島は女人禁制だそうだが、この点が課題になることはないのだろうか?疑問である。
現在のように男女平等という意識が強い中で、こうした批判に耐えられる武装はしているのだろうか?
いままでの例からすると、全然考えていないような気がする。
さらに、この島の警備体制である。いくら、国内では無理に上陸する人はいないとしても、近隣には
仏像を盗んだ国もあるし、どこかのはね上がりが「神の島に上陸して汚してきたが、なんのこともなかった」
などと宣伝するのが出ないとも限らないのだが、そういう備えはできているのかということだ。
後になって上陸されてから、考えられなかったなんてコメントしては遅いのだ。
国立大学の人文学部・教員養成学部の廃止・縮小が言われているが当然だろう。
そもそも少子化が予測されているのに多くの教員が必要であるはずがない。
それに人文学部の中でも、自分の趣味・楽しみとして親しめるものはいっぱいある。
たとえば、国文学のなかの万葉集などは大学で教える枝葉末節にこだわらなくても自分なりに歌の楽しみはいくらでもある。
英文学や仏文・ロシア文学などもそうだ。この手の学科はいくつかの大学に集約させてもよいと思う。
そもそも、大学の教養課程が必要なのかどうか非常に疑問である。せいぜい1年で十分であり、専門課程を充実させることが必要だ。
教養課程で習うようなことは、自分の楽しみや努力で学べばよいことではないのか? 教養課程を変に重視するのは旧制高校的な
ゆがんだエリート意識ではないのか? と考えるpochiである。
この島は女人禁制だそうだが、この点が課題になることはないのだろうか?疑問である。
現在のように男女平等という意識が強い中で、こうした批判に耐えられる武装はしているのだろうか?
いままでの例からすると、全然考えていないような気がする。
さらに、この島の警備体制である。いくら、国内では無理に上陸する人はいないとしても、近隣には
仏像を盗んだ国もあるし、どこかのはね上がりが「神の島に上陸して汚してきたが、なんのこともなかった」
などと宣伝するのが出ないとも限らないのだが、そういう備えはできているのかということだ。
後になって上陸されてから、考えられなかったなんてコメントしては遅いのだ。
国立大学の人文学部・教員養成学部の廃止・縮小が言われているが当然だろう。
そもそも少子化が予測されているのに多くの教員が必要であるはずがない。
それに人文学部の中でも、自分の趣味・楽しみとして親しめるものはいっぱいある。
たとえば、国文学のなかの万葉集などは大学で教える枝葉末節にこだわらなくても自分なりに歌の楽しみはいくらでもある。
英文学や仏文・ロシア文学などもそうだ。この手の学科はいくつかの大学に集約させてもよいと思う。
そもそも、大学の教養課程が必要なのかどうか非常に疑問である。せいぜい1年で十分であり、専門課程を充実させることが必要だ。
教養課程で習うようなことは、自分の楽しみや努力で学べばよいことではないのか? 教養課程を変に重視するのは旧制高校的な
ゆがんだエリート意識ではないのか? と考えるpochiである。
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