作家 小林真一のブログ パパゲーノの華麗な生活

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【 炎の商社マン 第一章(3) 】

2010-02-03 18:37:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( 3 ) 

     






アンカレッジ経由のJALで羽田そして国内線で伊丹と乗り
継いで一夜を明かした高木は、翌朝早めに家を出て
トーセン大阪本社に着いたとき、時計の針はまだ8時20分を
指していた。

トーセンに限らず商社マンの出勤は早い。
規定上の始業時間は9時だが、余程暇な管理部門の一部を
除いて、8時前後には席に着いている者が大半である。

高木は先ず人事部を訪れた。なんといっても今回の急な
帰国は、あの性悪の中原に懲罰人事を行うよう人事部長の
北山慶介に依頼することだった。

次長の片岡がけげんな面持ちで、

「あれっ、ハンブルグの高木さんじゃないですか。ご出張とは
伺っておりませんが、何か急用でもお有りだったんですか」

「まあ、急用といえば急用だけど。ところで北山部長は
いらっしゃるの」

「あいにく東京出張でしてね。三日後にはお帰りになりますが」

中原憎しで勢い込んで帰ってきた足元をすくわれた思いで、
がくっときた高木は仕方なく中原の出身部である
合繊原料部に足を向けた。

部長の田中吉三郎を囲む形で、副部長の富山、次長の野口、
杉本、松木といった今をときめく精鋭が顔を揃えていた。

高木は田中に宛てて、今日の帰国をハンブルグ出発前に
テレックスで知らせてあったから、彼らが自分を待ち受けての
集合であることは明らかだった。

高木の挨拶に田中も富山もニコリともしない。

「じゃあ、会議室に行こうか」

田中の声に応じて、4人も立ち上がり会議室に向う。
繊維統括室長の原口、繊維開発室長の小村が合流。

合繊原料部との会議場における高木の立場は裁判に
おける被告そのものだった。
田中以下の全員が検事のような冷たい目で、高木を
卑しむように眺め次々と、如何に欧州繊維部が本社の
要請に対応できていないかをなじるのである。

高木は欧州繊維部長に任命されて5年目になる。
ハンブルグ3名、ロッテルダム2名、ロンドン、パリ、ミラノに
各1名、合わせて8名の部員を持ち、欧州の他の部、機械、
食糧、化学品、物資などと比べても最大勢力を誇っている。

なのに問題は万年赤字の垂れ流しで、駐在員たちがその
問題点をタイヘンなことだと認識していないという信じられない
ほどのんびりムードに浸っていることだった。

この際、時勢に遅れた綿糸布部出身の駐在員は一掃して
しまおうと、繊維部門中の稼ぎ手である合繊原料部の
青年将校がいきまいている、その真っ只中に高木がくだらん
個人的な怒りを理由に帰国したのだから、最初から高木の
立場が良かろう道理がない。

会議は結局なんの意味もない、高木及び欧州部員への
非難に終始し、冷たい空気のまま解散となった。

田中が最後に言った。

「キミ等にはもう一切期待は持たん。だから中原を送った。
あいつの邪魔だけはしないでくれ」

高木は呆然とした。あの中原信介は期待の星なんだ。

誰一人昼メシに誘ってくれる者はいない。
時計の針はまだ正午まで5分あることを示していた。
高木は専務室に急いだ。

六角専務は自室にいたが、高木の顔を見ても苦虫を
噛み潰したような表情を変えることなく言い放った。

「いまはお前のことなんぞに関わりあってるヒマは無い。
出て行ってくれ」

あまりのことに我を忘れた高木が、知らず知らずに向った
場所が中之島公園だったのである。

「それにしても」と高木は思う。
いやしくも欧州繊維部長である。海外店からの一時帰国者に、
昼メシを誘う人間が一人もいないなんて、そんなことが
あり得たのか。

今日の会議で、盛んに業績が話題になり、なじられもしたし
叱責も受けた。全員が検事のごとき冷たい目をしていた。
田中が言った最後の言葉が鋭い刃のごとく、高木の胸を
切り裂いた。いまも傷口から鮮血が流れ出している。
あの憎たらしい中原信介が英雄あつかいじゃないか。

業績? 業績ってなんだろう。訊かれたとき高木の頭の中は
一瞬空白になった。
業績は本社で上げるものじゃなかったのか?我々駐在員は
現地のエージェントとの人間関係を良好に保ち、社内外から
やってくる出張者に心地よい滞在をさせ、希望する観光地の
案内やショッピングを手伝い、しかるべき相手のアポイントを
とって、無事に表敬訪問をさせる。

大使館などの在外公館では手の回りかねる微妙なところまで
世話をやき、満足させて帰国していただく。
世話をしたお偉方は皆喜び、帰国後丁重な礼状が届く。
そうして本社でのビジネスが円滑に進むのだ。
たとえオトコ芸者といわれようと構わない。我々は立派に
潤滑油の働きをやってきた。
オレが就任したとき5名しか居なかった欧州繊維部が、
今回の中原まで加えたら9名になった。およそ倍の勢力に
したのも、部長としてのオレの功績じゃないのか。

会社は変わってしまったのだろうか。それとも合成繊維部門
だけが異常なんじゃないか。
そうだ、合繊だけが狂ってるんだ。その証拠に中原なんて、
とんでもないヤツを出してきたじゃないか。
中原に期待してるだと?
邪魔するなとは、なんてモノのいいようだ。
「誉めてもらえる」と信じて疑わなかった六角専務が、やけに
機嫌が悪かったが、あの人は往々にして喜怒哀楽が激しい。
たまたま「怒」の日だったんだろう。

出身の綿糸布部との業務打ち合わせは明日の予定だ。
明日は古い仲間たちが、オレの日頃の苦労を慰めてくれる
だろう。今日の雰囲気を引きずったままじゃ、人事部長に
中原の処罰を要請しても迫力がなさそうだ。
すべては明日にしよう。

時差の関係もあってか眠くなってきた高木は、疲労した
身体を阪急箕面線牧落の自宅に運んだのだった。
昨夜はろくに家族と話もしていない。今夜は良い父と
やさしい夫を演じなきゃならない。

6年ぶりの帰国だったが、そこは高木にとって心安らぐ
空間ではなかった。

小学校5年生になった一人息子の剛が全く懐こうとしない。
土産に買ってきたレゴのセットを渡しても、受け取りこそすれ
「ありがとう」の一言もなくムスッとした表情を変えようとはしない。
「あんた本当にボクのお父さんか」にはこたえた。
康子はどんな教育をしてきたんだ。

康子の表情も硬い。食事の用意はしてあったが、会話が
はずむどころか冷たい空気が流れる中で黙々と食う。
何かが狂っている。会社でも自宅でもオレはまるで、
「招かれざる客」状態じゃないか。

剛は食事を終えると黙って席を立ち、自分にあてがわれている
部屋に閉じこもったまま出てこようとしない。
流石にレゴセットは持ち去ったから、今頃はそれに夢中に
なっているのだろう。

たった一本のビールが効いてきたのか、時差の影響も
加わってのことであろう。
眠くなった高木は寝室に向おうとして、よろよろと立ち上がった
途端、それまで殆ど無口だった康子が口を開いた。

「ちょっとお聞きしたいことがあります」

「なんだ、怖い顔をして」

「貴方にとってこの家は何なんでしょう。わたしは貴方に
とってどういう存在なんですか」

「何を今更。ここはオレが会社から退職金を前借りして
建てた家族のための家じゃないか。
そしてお前はオレの妻だ。当たり前のことを聞くヤツがあるか」

「6年もの間ハガキの一枚も来ないで全くの無視でした。
剛だって物心がついたら父親がいない。ボクにもお父さんが
いるのって何回も聞かれたわ」

「・・・・・・・・」

「去年の6月に中原さんという会社の若い方が訪ねてみえて
『高木さんはお元気ですよ』と最近の貴方のことを知らせて
くださるまで、わたしと剛は事実上の母子家庭で、ひっそりと
暮らすだけでした。剛は中原さんに『ボクのお父さんって
どんな人なの』って、そんなバカなことがありますか。
わたしの人生は貴方によって踏みにじられました」

高木は康子の厳しい言葉にも驚いたが、それ以上に意外感を
持ったのが、あの中原が来訪し自分に関する情報を剛や
康子に伝えたという一点だった。
あいつにはそんな一面があったのか。ただオレに歯向かい
オレの立場を無視するはねっかえりだとばかり思っていたのに。
6月の海外出張から帰って、わざわざオレの留守宅見舞いを
してくれる。
そんな温かい心を持っているヤツとは知らなかった。



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「炎の商社マン」 解説 

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