作家 小林真一のブログ パパゲーノの華麗な生活

歴史・エッセイ・小説・時事ニュース・・・なんでもござれのブログです。どうぞよろしく。

【 解説「炎の商社マン」(4)六角専務追放 】

2010-02-18 13:35:01 | ○ 小説「炎の商社マン」

一介の平社員に過ぎぬ者が、繊維部門の総司令官として、
大阪本社に君臨し専務陣の一角を占めている。

しかも本人は、次期社長には自分しかいないとまで自惚れている。

六角天皇とまで呼ばれた男が、中原信介を憎むこと
甚だしくても当然であろう。

あの阿呆を早く放り出せと、連日社内で喚き、あんな馬鹿が
専務でいる限り、当社の近代化は遅れるとも言ってのける。

それも六角本人の耳に入るように図ってのこと。

普通なら、専務職権を持って、クビにこそ成らずに済んだとしても、
金沢なり福井なりの出張所に飛ばされても仕方がなかった。

ところが六角には、中原への報復人事ができない。
ゴマスリの綿糸布部員が何故ですか?と問い糾すのが、
また六角の怒りを呼ぶ。

中原信介は社内にシンパ勢力の拡大を図るよりも、社外の
有名企業の中にこそ、いざという場合に備えた人間関係作りの方を
優先していた。

五菱財閥の最長老による、トーセン本社表敬訪問の形で、
社長・副社長が恐縮してお出迎えした際に、直属の親分、
田中吉三郎が名指しで誉められて、大いに気を良くしたと
同時に、中原の名も社長以下お出迎えの役員たちの
頭脳に焼きついた。

その晴れの舞台に、担当専務六角だけが出席を許されず、
六角は中原を地方店に飛ばすよりも、自身のクビが涼しく
なったことを悟らざるを得なくなったのである。

課長ですらない、一平社員の勝利が明らかになった。
名門と言って良いトーセンの歴史の中でも、こんな快挙は
他に例を見ない。

中原は田中吉三郎の意を受けて、沈滞しきっていた
欧州繊維部に乗り込み、8名もいる部員たちの怠惰な
働き振りを見て、怒りを爆発させ先ず部長兼支店長の
高木を内地に送還させ、六角が後釜にと送りこんで
きた東條をも、早々に送り返してしまった。

良いタイミングで欧州総支配人制度ができて、豊村常務が
ロンドンに赴任してきた。

豊村は化学品・合成樹脂部門の長であったが、管下の
合成樹脂部が弱体で、繊維に所属する中原の樹脂の
取扱高の方が上回る事実を知って、職権上苦情は
述べはしたが、じゃあトーセンの合樹部門で商権確保は
可能なりやと反論され、管下のだらしなさを嘆くしかなかった。

そんな経緯があったから、中原に全幅の信頼を置いた。

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「炎の商社マン」  

    
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【 解説「炎の商社マン」(5)日本航空 】

2010-02-18 12:41:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

ヨーロッパが遠い場所にあって、安売り切符や、団体旅行が
ポピュラーになる前のことだから、中原がハンブルグに
赴任した頃のヨーロッパに来る客といえば、大企業の
お偉方に限られていた。

日本航空の名声は高く、機内食は世界一だと言われ、
ナショナル・フラッグ・キャリヤーとして押しも押されもせぬ
存在であった。

会社更正法を適用されて、実質倒産状態にまで追い込まれた
姿を見るにつけ、心が痛む。
海外にあって、航空機会社と船会社と仲良くしているかどうかで、
ずいぶん得もするし、せっかくの船長主催のすき焼きパーティー
にも招かれないことになる。

人間大好き人間の中原は、敵も作るが人恋しいところが
受けて、社外での付き合いにはこと欠かなかった。

だから当時はハンブルグで長い休暇があるJALのクルーたち
とも、仲良しになった。
彼等、彼女等は時間がたっぷりあるのに、クルマを持たないから、
まだ数少なかった日本料理屋で落ち合って、ナイトライフを
楽しむためのアッシー君をも中原はやっていた。

当時のJALには、まだジャンボの就航がなく、乗客も少ないし、
スチュワーデスたちは、みな良家の姫君であった。

小説に書いたことは、小説であるが故に、ホントのハナシ
ばかりとは限らないが、決して無いハナシをオーバーに
書いた覚えもない。ガールフレンドが大勢できたことに
間違いはない。

中原は従前からの繊維のビジネスを全く無視して、すべて
新規開発に回ったし、社内にも先輩と言えそうな人が
いなかったから、好き勝手にやりたいことが出来た。

ニュービジネスが、扱い金額においても、従前の織物の
小商売とは比較すべくもなかったし、エージェントを間に
入れることもなかったから、利益高が大いに向上し、
総支配人の豊村常務を喜ばせた。

苦労は人一倍だったが、新たなビジネスを次々と成功させる
喜びもまた、ひとしおで、人生を通じて楽しい日々でもあった。


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【 炎の商社マン 第一章(7) 】

2010-02-04 19:26:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( 7 ) 

    





暴行・略奪の限りを尽くし百万の関東軍将兵を捕虜として
シベリアに連行したソ連軍が居なくなって、信介の父は人が
変わったように元気を取り戻し、空いた部屋に収用した
開拓団の人たちを使って、門の傍に店を建てた。
そこで砂糖類を売る。小売じゃなく、野外市場で甘いものを
売る店が多いことに目を付け、砂糖や水あめを卸す商売。


人手はあるし、仕入には満州人に知り合いが多かったから
苦労はなかったみたいで、信介は隠し財産が豊富にあり、
学校も再開されないから、ただの遊び人と化して連日
野外市場をぶらりぶらり。


この頃のおカネの値打ちだが1円で大福もちが10個買えた。
現在1個100円として千倍となる。信介の隠し財産が200円
ぐらいはあったから20万円で、子供の買い食い用資金には
充分過ぎる。


ソ連軍が居なくなると代わりに中華民国政府軍がやってきて
治安に当った。やがて蒙古から毛沢東が率いる共産党の
八路軍が攻めてきて、政府軍との間に新京争奪戦が繰り返された。


そんなこともあって引揚げが遅れ、職場もみな無くなった
日本人はすることがない。
隣組が交代で家を解放しパーティを開く。子供達は二階に
追いやられ子供用のご馳走にありつく。信介が成人するまでに
最も楽しかったのがこの時期だった。


信介が驚いたこと。他の家では父と子が仲良く話し父は決して
怖い人ではないこと。
お互いにじゃれあうみたいに遊ぶ。信じられない光景を
目の当りにして、信介はつくづく我が家は特殊なんだと思った。


引揚げは翌年6月新京発だが、淡路島に帰り着いたのは
9月になってからだった。
父子三人の帰国だったら何の問題もなかったはず。父は元の
職場に復帰して、大阪に住居を用意してもらい、信介も大阪の
高校に行けた。


が、そうは行かなかった。その訳は父の再婚。

隣組に石川さんという満州国文教部(文部省に相当)の
高官が居て、父に再婚話を持ってきた。相手は
満州女子師道大学の助教授をやっていた人で、母親と一緒に
暮らしていた。治安が悪化した満州で女だけの引揚げは
危険が伴うし、子供も小さいから女手がいるだろうとの
大きなお節介。


まだ母が亡くなって百日経ったばかり。帰国して祖父に挨拶し
大阪に落ち着いてからではと、婉曲に反対したら父は怒るし、
それが聞こえた相手側からも、親子連合でそれは物語にも
ないような徹底的なイジメに遭うことになった。


東繊にはどうしても入社したい。そのためには東繊が当時
定めていた指定校14大学のどこかに入学しなきゃならない。
淡路島の田舎高校から14の有名大学の入試に合格することは
至難のことだった。


こちらは大阪梅田ガード下の「おていちゃん」。

高木を囲む山村たちの話は続いている。

高木は先ほどからずっと気になっていたことを訊ねてみた。
五菱石油化学の一件ってなんだろう。滝野が答えた。
滝野も綿糸布部の出身だが、今は合繊織物第二部に
所属している。織物と原料とでは同じ合成繊維部門でも
肌合いが違うが、お互い口も利かぬ綿糸布と合繊原料
ほどではない。


「五菱財閥の最長老で財界に睨みをきかせている池田弥一郎。
その池田さんからトーセンを表敬訪問したいと社長秘書に
電話が入った。確か去年の四月かな」


「五菱の池田弥一郎。超のつく大物じゃないか」

「そうよ、香山社長も大向副社長も何事ならんと、化学品と
合成樹脂の担当役員を集めて、最近何か新しい取引でも
始まったかと訊ねたが、皆首を傾げるばかりで、特に
思い当たることはありませんと」


「だいたい当社に五菱の最高峰が来社したことなんてあったか」

「設立以来皆無だったそうだ。だから首脳部も慌てたわけよ」

「で、どうなった」

「香山・大向の他に東京から化学品・合成樹脂担当役員の
豊村常務も駆けつけて、池田大社長をお出迎えしたのさ」


「池田弥一郎がいわく、商社というのは我々メーカーが
自身努力して作り上げたビジネスに、後から割り込んできて
窓口商社にせよ、そうして扱い口銭を3%で良いからくださいと。
それが商社ってものと思っていた。


五菱商事の場合は皆そうです。メーカーが気がつかなかった
分野にビジネスチャンスを見出して、ゼロから新しい商売を
作り出す。そういうことをやるのがホンモノの商社なんだと、
我々は初めて知ったわけです。流石にトーセンさんの本流である
繊維部門は違うと、伝統の力は凄いものがありますねえ。
どうか今後ともよろしくお願いしたい。


ついては急な話で申し訳ないが今夜吉兆に席を用意してある。
どうかお越しを賜りたい。そう言って立ち去ったとの話」


「繊維だったのか」

「それが中原信介よ。あいつは産業資材って繊維でありながら
理科系みたいなことばっかりやっている。従来取引が無いところ
にでも平気で乗り込んで行くというし、五菱石油化学にも新しい
ビジネスのネタ、それもヤツのことだから壮大なものを
見つけたんだろう」


「香山社長も驚いて、繊維だったのかと急遽田中吉三郎を
呼んだ。産業資材課つまりは中原信介が、相当大きな商売を
五菱石油化学のポリプロピレンという新素材で手がけている
ことが分かり、田中さんも吉兆にお供せよとなった」


「カクさんはどうなった」

「それがお呼びがかからなかったらしいな。もうブンむくれで
ご機嫌ななめもはなはだしいと、お付きのドライバーが
嘆いていたという」


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「炎の商社マン」 解説 

    
【 失意の欧州繊維部長 】    >解説 目次へ   
 
   
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【 解説(3) A級戦犯 】

2010-02-04 19:12:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

高木なんて男は所詮小物であった。

六角と言う綿糸布しか知識を持たぬ、そしてヨドボウこそが
最高の工場と信じて疑わぬ骨董品が繊維統括の専務として
君臨していたのが、低迷の主原因であることは明らかであった。


あの六角と言うバカ専務を放り出せ。さもないとトーセンの
近代化が遅れると、連日のように社内で演説して回る中原の
ワルクチを、当の六角は当然耳にしていた。


それが中原の狙いであった。ご注進に及びそうな、六角の
子分を選んではワルクチというより正論を吐いていたのだから、
肝心の六角の耳に届かないと意味がないのである。


中原はまだ役職も無い身分で六角専務をA級戦犯と断じ、
その失脚を策していた。



トーセンは更に大きな錯誤を犯していた。
石油・化学品・鉄鋼・重機械・船舶などの新しい分野に、
途中入社の者を多く入れ必要以上に専門家として優遇したのだ。


繊維商社を意識し過ぎるトーセン人事部の錯誤が、こんな
過ちを犯したわけで、途中で会社をやめて転職してくる者に、
そんな優秀者が居るはずもない。


なまじ専門家意識を持つだけに、始末が悪い。大局に立った
戦略が持てるはずもなく、手柄を急いで小商売でゴマかす方に走る。


国立の二期校の工学部出身者を入れるより、文系で充分
だから優秀校の学生を多く採り、短期集中で鍛える方が、
より効率が高い。


そんなことも分からぬバカが人事担当の重役を長年やっていた。
こいつも戦犯である。




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【 解説(2) 失意の欧州繊維部長(2) 】

2010-02-04 11:24:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

『炎の商社マン』のブログ上連載が始まりました。
この物語は上下二巻、およそ670ページの長編ですが、
全編をこのブログに掲載するつもり。

どうぞお気を長く、サラリーマン生活も結構楽しいところだと
お楽しみ下さい。

時々[解説]を加えます。これがその2となります。

――――――――――――――――

主人公、中原信介は最初に配属された羊毛課で課長の
ご機嫌を損ね、ある朝出勤してみたら、自分の机がありません。

営業の後始末を担う受渡課に移動させられていたのでした。
ここで中原の反抗精神に火がつきます。
本人の意思確認もなしに、勝手な人事異動を行うつもりなら、
とことん反逆児で行ったるでえ~。

上役に楯突いた新人の前に茨の道が。
同期入社の多くが、早くも海外出張や海外勤務を命じられて
いる中で、ひとり机を廊下に出されて・・・・・・・

普通の男ならここで参る。が、満州で終戦を迎えた時、
両親がいなかった身で、しかも4歳の弟を連れて奉天まで
逃れた経験を持つ中原は、そう簡単に音を上げるヤワな
男じゃない。

繊維業界も大きな構造変化を迎えている時代。
なのに旧態依然たる織物の小商売を、地場の代理店経由で
細々行うのが関の山。しかもドイツ人社員を多く抱えて。
だから日本人駐在員は暇を持てあまし、会社の各部門からの
要請を受けた、接待三昧の日々。

駐在に先立って、40日間の長期出張の際に「欧州繊維部」
とは名ばかり。
その実は「欧州綿糸布部」の小商人の群れと見て取って、
そこに君臨する軍人気質の高木部長を葬り去るのが
会社のためと、確たる信念を持ってドイツへ出かけて行った
と言うウラがある。高木が中ノ島公園で泣く羽目になるのも
筋書き通りなのである。





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【 炎の商社マン 第一章(6) 】

2010-02-03 19:13:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( その6 ) 

    



総合商社トーセンは元の名を「東洋繊維貿易」といい、
大正9年(1920)に三光物産の棉花部が分離独立した
会社である。三光は言うまでもなく五菱と並ぶ日本の
二大財閥のひとつである。

鉄鋼と共に明治以降の日本の工業化を推進する
原動力となった紡績事業を、その原料である棉花の
輸入からそれを製品化した綿糸・綿布の抽出を担うことで
支える棉花部の事業が拡張し、本体から分離独立させて、
「東洋繊維貿易」が発足したという背景がある。

戦後のGHQ占領統治の時代に、戦中の軍部への協力の
度合いを勘案して、財閥系の会社の多くが解体された。
三光物産・五菱商事が共に財閥解体の対象となって消滅し、
その結果戦前のランキング3位の「東洋繊維貿易」が、
自動的に日本最大の商社となったのである。

中原信介が入社した昭和32年(1957)の時点では
「東洋繊維貿易」が構築した海外拠点の数は業界他社を
圧倒し、116名にのぼる駐在員の数は日本の貿易業界首位の
評価にふさわしかった。

戦後日本の復興は貿易振興によってとの機運の下に、優秀な
人材が競って総合商社に集まり、中でも業界首位の
東繊(東洋繊維貿易を略した通称)には、東大・京大・一橋の
俊秀がひしめいていた。

東繊は中原信介にとって、小学校3年生の幼いときからの
憧れの職場で「ボクは将来必ずあの会社に」と心に決めた
会社であった。

父の仕事の関係から大連に生まれ、奉天から新京へと
転校した信介が偶然手にした一冊の「黒革の手帳」。
それは「東繊手帳」として世に知られた分厚いもので毎年の
お歳暮に関係先に配られるものだった。

新京の同じ隣組仲間に戸川という二年生がおり、兵隊ごっこで
信介の当番兵を務めており、上官である信介に貢物として
進呈されたものが「東繊手帳」だったのである。戸川の父が
東繊の新京支店長(後に専務)で、何冊かを家に持ち帰った
中からの一冊が信介の手元にきたことになる。

革の匂いと独特の手触り、2センチはある分厚い中味。
そして何よりも幼い信介の心を捉えたのが、見開きに
掲げられた大阪高麗橋の本社ビルの威容を写した
写真であった。

昭和20年に入ると日本の敗色はますます濃厚となって
いくのだが、相次ぐ空襲や食糧難でそれを実感する
内地の人たちとちがい、満州ではソ連参戦までは物資も
豊富で人々は平穏な日々を送っていた。

満州国高官のはずの父に赤紙が届き、最下級の
二等兵としての応召だったから、子供心にも何かオカシイと
信介は思った。

そして思いもかけない母の死に遭遇する。8月1日のこと
だった。敢えて行うまでもない軽い手術のはずだったのに、
その手術が失敗で、母は水を求めながら息絶えた。
看取ったのは11才の信介だけだった。

4才で病弱の弟、康夫を連れてこれからどうすれば
良いのだろう。信介は途方に暮れた。
それでも葬儀一式は、父の会社の人たちや隣組の人たちの
手で行われ、だだっ広い家に二人取り残された9日早朝、
満州ではあり得ない空襲があって、それがソ連参戦と
知る由もなく、ますます心細い思いをしていた時に、
突然父が帰ってきた。

母の死の知らせが8日午後になって漸く父の所属部隊に届き、
父は一時休暇をもらったとのことだった。
父は慌てており、思考回路が狂っていたとしか思えない愚挙を
仕出かしてくれた。
こともあろうに兄弟だけで北朝鮮に逃れる列車に乗れという。
信介は反対した。
全満州で最も安全な場所といえば、ここ新京しかない。
なんといっても関東軍本部のお膝元であり、治安が安定している。

「死ぬ時はみな一緒に」と隣組の人々も言うし、何も当てのない
北朝鮮に行けなんて、いったい何を考えてるのか。それをクチに
すると鉄拳が飛んでくる。帝国陸軍で数ヶ月とはいえ鍛えられた
腕で殴られるのは辛い。

11才の信介が病弱の弟康夫を連れて、誰も知り合いの
いない場所で、どれほどの辛酸を舐めることになるのか、
父にはなんの配慮もなかった。
早く子供たちを逃がして、自身は関東軍本部に出頭し、
新しい任務を命じられる。それしか念頭に無いようだった。

信介の判断で、皆が南へ南へと最終地・大連を目指すとき、
逆行して新京に戻るのは9月も半ばを過ぎてからのことである。

新京には差し当たりの収入を得るべく、俄かに出来た野外市場が
あちこちの空き地に出来て、そこへ行けば本当に何でもあった。
饅頭、餅、三笠焼、きんつば等のお菓子もたくさん。
生まれて以来小遣いというものを持たされたことのない信介には、
美味そうなそれらに手が届かない。市場の中に級友の一人が
タバコを売っているのが目に入った。

「ボクもタバコの売り子をしたい」と信介は思った。
少しでも口銭を稼いで、あの饅頭を食べたい。

級友は親切な男で、タバコを卸す親方のところへ連れて
行ってくれた。親方というのは中年の女性だった。

信介の身体を上から下まで嘗め回すように眺め、何処に
住んでいるのかと訊いた。
信介が住所を言うと、ちょっとビックリした様子で、

「いいわ、タバコを卸してあげる。お金が無いらしいから、
あんたを信用して貸してあげる。
売れたら口銭が入るから貯まったら現金で仕入れてちょうだい」

母の遺品の箪笥の引き出しを一つ抜き取り、これも遺品の
赤いしごきを肩から腰に廻して
駅の弁当屋みたいな形でタバコを並べる。これが正式な
タバコ売り子の姿らしかった。

市場には買い手も多いが売り手もまた多い。

信介の頭の中に閃くものがあった。父はソ連軍の目を恐れて
一歩も外に出ない。
近所のオジサンたちも同じ。父はタバコを吸わないが、
たいていの大人の男は喫煙者である。一歩も出ないで
タバコを切らしてるんじゃなかろうか。

家のある方に戻り、通り一本隔てた住宅街に行って、最初の
家のベルを押した。

「オッ! タバコか、これは有難い。いくら持ってる?
それ全部買おう」

直ちに親方の元へとってかえし、再び貸してもらう。意外に
口銭が多い。その分借りが少なくなる。
先ほどの家の隣に行き、続けて二軒。この三軒で全部売り切れ。

もう箪笥の引き出しなんか要らない。家に帰って引き出しを
元に戻し、今度は風呂敷を二枚持って親方の元へ。

「あんた、何か特別の売り方やってるね。何してるの」

信介はただニコニコして返事をしない。せっかく発見した
漁場を他人に教えるバカは居ない。
親方は売れればいいわけで、大量のタバコを仕入れた信介は、
風呂敷を抱えて次なる漁場へ。
全量がはけて精算したら、たった一日でかなりの金額が信介の
手元に残った。

もう何でも食える。餅でも饅頭でも。

中原信介11才。ポーラよりもメナードよりも早く、訪問販売に
成功した。





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「炎の商社マン」 解説 

    
【 失意の欧州繊維部長 】    > 目次へ   
 
   
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【 炎の商社マン 第一章(5) 】

2010-02-03 18:48:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( 5 ) 

     

「おていちゃん」にはすでに山村が来ており、西尾もすぐに
やってきて5人が揃った。
まずはビールとなり、おていちゃんが自ら運んできた。


「高木さん、お久しぶりですね、ドイツからお帰りに
なったんですか」


「いや、こいつは一時帰国というやつでね。下手するとこの
ままってことになるかもな」


「それは、どういう意味だ」

「まあ、そう気色ばむな。とに角、乾杯だ。せっかくのビールが
温まってしまう」


「高木、ご苦労さん。カンパイ!」

「いや有難う、持つべきものは友だ。どうも今回のオレは
皆に疎外されているようで、気が晴れぬ」


「いまや合繊万能、それも原料部隊の意気高しの
時代だからな。
我々綿糸布は御用済みってとこよ」


「昨日の会議でビックリしたよ。田中吉三郎以下、松木など
次長クラスまで、鼻息の荒いこと」


「稼ぎの規模が違うからな。織物を一反いくらで売ったところで、
総合商社の商売にはならんよ」


「高木んとこへ最近中原ってのが行ったろ」

「来たよ。それが今回の急な一時帰国の理由だ」

「やっぱりそうか。中原となんかあったんか」

高木は気の置けぬ友人たちに、つい先日
ハンンブルグ支店長室で、着任早々の中原信介と激しく
やりあったことを話し、その態度の不遜きわまることを
訴えた。それまで黙っていた山村が言った。


「高木、お前は失敗したな。どうせいつものように最初に
威嚇して服従させようとでもしたんだろう。何も中原に
限ったことじゃなく、今の合繊原料の連中にそんな
手は利かんよ。お前も合成繊維とくに原料なんて分かりっこ
ないんだから、余計な口出しせずに中原のやりたいように
やらせてやる姿勢を見せればよかったんだ。成績が上がれば
それはお前の功績になるじゃないか。
お前もいつまでも若いよな」


「中原ってそんな腕利きか」

「国内商いで、トーセンの歴史上誰も考えたことのない
商品開発を次々と成功させて、ハンパじゃない稼ぎを
認められて、その発想を海外市場でもと田中の吉さんが
強引に輸出に引っ張ったそうだ。なんでもカクさんも手が
出せんらしい」


「六角天皇の威光が及ばんのか」

「あのバカ専務を放り出せ。あんなアホが居る限りトーセンの
行く末は危ない。一日も早く辞めさせろ」って、毎日のように
社内で大声で言いふらしていると有名だった。


「五菱石油化学の一件があって、香山社長も大向副社長も
中原の存在を意識してるというしな」


「普通、社長・副社長なんて平社員の名前なんか知らんぜ」

「天下の六角天皇の威光なんて、いまや地に落ちたって
感じだな。時期社長どころか、今季いっぱいで子会社行きが
決定的らしいぜ」


「平社員の中原の言う通りになるってか」

「そうなるんじゃないか」

「専務のクビを平社員が取ることになるな」

「なりそうだ」

「専務それも天皇と崇められたクビを取ろうってオトコよ。
それこそ欧州繊維部長のクビなんて眼中に無いんじゃないか」


「・・・・・・・」

「どうした高木、元気ないじゃないか、まあいこう」

言われてコップを差し出した高木に、もはやビールの味なぞ
わかりっこなく、ただの苦い水だった。


山村の発した次の言葉が、高木には追い撃ちにも似た
決め手に思え、ハンブルグで中原が言ったようにクビに
なるのは自分なんだと落ち込んでいった。


「中原信介か。社内を肩で風切る合繊原料の若手の中でも、
カクさんとサシで渡り合って平然としているのはあいつぐらい
だろう。高木ももっと社内情報を身につけておくべきだったな」


「しかし、中原って前からいたか。まさか途中入社じゃ
あるまいな」


「れっきとした花の昭和32年組よ。受渡や国内営業が
長かったから、海外には名前が届いていなかったわけ」


「ああ、西尾は奉天だったな。子供時代の中原のこと、
知ってるんだろう」


天王寺商業を卒業してトーセンに入社早々、旧満州国の
奉天支店に勤務を命じられた西尾は、昭和17年に後に
首相となる岸信介の主導で行われた、商社の繊維部門の
統合による満州繊維公社に出向を命じられた経験を持つ。
中原の父が初代奉天支社長に任じられたから、西尾は
中原の父の部下だった時期があることになる。


「オレなんか入社早々のペイペイだからな。支社長なんて
雲の上よ。それも支社長を一年ほど務めて新京本社で
主席監察官なんて役職についたと思う。たしか満州国高等官
だったが、そんな中原さんにも赤紙が来て、まあ新京では
大勢が徴兵されたんだが、前線部隊に配属されている
留守に奥さんが亡くなったそうだ。
いま問題の中原が当時11才かそこらで、それが4才の弟を
連れて奉天まで逃れてきた。ソ連が参戦してすぐのことだ」


「親がいなくて子供だけで逃げたのか」

「おやじは兵隊で、一緒に逃げたら脱走兵になる。中原さんは
緊急措置として、子供達に北朝鮮行きの疎開列車の席を取り、
それに無理やり乗せたんだが、弟が熱を出したとかで奉天で
降りた。医者に連れていって手当てを受けさせ、弟の症状は
治まったが行く当てがない」


「それでどうした」

「途方にくれたようだが、閃いたらしい。本人は亡くなった
母の声を聞いたと言ってるそうだが」


「何を閃いたんだ」

「新京に引っ越す前に住んでいた家が医者の近くにある。
あそこは公社の社宅だったから、今は父の後任が住んで
いるはず。行けば何とかしてくれるだろうと思ったてんだよ」


「11才でか、たいした知恵じゃないか」

「そうよ、そんな経験積んでるから、度胸も据わってるし頭の
回転もちょっと違うって評判だ」


「父とは満州で再会できたのか」

「そこがまた凄い話でな。満州繊維公社の奉天支社にいたら、
いずれ新京の状況が分かるだろう。そう思って毎日弟を連れて
支社にやって来た。支社でもちょうど新京本社の情報を得ようと
必死だった」


「少しでも日本に近づきたいのが、当時の在満の日本人の
心理よ。パラパラと新京から南下してくる社員が奉天支社に
顔を出す。それが唯一の情報源だった」


「で、中原のおやじの消息は分かったのか」

「配属された部隊はソ満国境に近い最前線だったからまず
全滅だな。中原さんは子供達を列車に乗せた後、関東軍本部に
出頭して事情説明したところ、本部も原隊復帰なんて命令は
出せない。本部自体がガタついているし、やがて敗戦と
決まり武装解除となる。老兵ではあるし入隊から日も浅い。
除隊ってことになったらしい」


「中原はその情報を聞いたんだな」

「それを目的に毎日出社してたんだ。皆が少しでも南へ
というときに新京に戻ると言い出した。
支社としても本社への伝令を派遣しようということになって
いたんで、中原兄弟を同行する形になった」


「逆行したんだな」

「その辺の判断力が我々凡人とは違うのよ」

「11才でなぁ」


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「炎の商社マン」 解説 

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【 炎の商社マン 第一章(4) 】

2010-02-03 18:38:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( 4 ) -

    





帰国二日目、高木源一郎の困惑は続いていた。

一時帰国者は繊維統括室の空いている机を使うこと
になっていたから、四階のその場所に行った。
室長の原口はまだ出社していなかったので、やがて
姿を現した女子社員に六角専務の都合を聞いてもらったが、
多忙で会う時間がないとのことだった。

社有車で送迎される六角は朝が早く、八時には在室している
ことを高木は知っていた。

「カクさんの悪趣味だよ。早朝出勤しては誰彼と部長連中に
電話をかけて専務室に呼び出す。最近クルマの中で
読み始めた日刊工業新聞の記事をネタに質問し、答えられん
となったら、ボロクソにやられる。まだ出社していないとなると、
そりゃもうタイヘン。最低一時間は絞られるな」と、先月
出張してきた衣料第一部の葛城が言っていたのを思いだし、
六角がこの時間に多忙なはずがない、これはオレを避けて
いるんだと見放された悲しさに泣きたい気持ちになっていく
高木だった。

海外で活躍している者が一時帰国したとなれば、各部から
声が掛かり昼も夜も忙しく、繊維統括室の空いた席にむなしく
座っている者など滅多にいない。

ようやく出社してきた原口が室長席から手招きしたのに、
救われた思いで立ち上がった高木に、応接セットに座るよう
指示した原口が、

「昨日の合繊はさんざんだったな。それを聞いた綿糸布が
今日の予定の会議をキャンセルだといってきた」

「・・・・・・」

「ということは、今日の予定は目先が無くなったということだが、
ところでキミは何を突然一時帰国してきたんだ」

中原信介がいかに不埒な者であるか、その言動を詳しく
報告書にまとめてある。

「実は人事のことで、新任の中原クンのことなんですが」

「なに、中原クン。カレがどうしたと言うんだ。昨日の会議が
会社の今の空気を現している。
田中部長が言った通り、キミはどうせ何も分からんのだから、
間違ってもカレの邪魔にならんようにする。人事って、まさか
中原クンが気にいらんとか、そんなことじゃあるまいな」

「・・・・・・」

「どうやら図星みたいだな。キミ、それこそキミのクビが
危なくなるぞ。今でも相当にヤバイのに」

綿糸布部門の会議がキャンセルになったという原口の言葉が
気になった。

今更現状報告を聞いても意味が無いとでもいうのだろうか。
だとすると誰の指図なんだろう。

六角にお伺いをたてた大井綿糸布部門統括取締役が、
話の途中で一喝を食いキャンセルになった事情を
知る由もない高木は、所在無く時間を潰すしかなかった。

同期入社で、綿糸布部の仲間である高津が、統括室に
姿を現し、

「おう高木、今夜お前の歓迎会をやる。夕方6時半、場所は
『おていちゃん』だ。
昼はちょっと先約があるんで付き合えんけど。じゃあ夕方
来るわ」

原口繊維統括室長も、小村繊維開発室長も高木と昼食を
共にする気はないらしく、さりとて物欲しげに綿糸布部の
部屋をウロウロするのもはばかられ、高木はひとり
会社からだいぶ離れた淀屋橋まで出向いて蕎麦屋で
侘びしい昼食を摂った。

ハンブルグで中原が広言した「クビになるのが貴方の
方じゃなかったら良いのですが・・・」を思い出し、人事の
北山部長が東京に行っているのは、あるいはオレの
人事について統括役員と協議のためではなかろうなと
疑心暗鬼になる高木だった。

会社に戻り、繊維統括室の空いた席で、所在無く時を
過ごす高木にとって、夕方までは長い忍耐の時間だった。

誰ひとり「お茶」に誘う者も現われない。オレなんかに欧州
マーケットの話を聞いて無意味だとの合繊原料部の空気が、
繊維全体に広がっているように感じられた。

午後6時に、高津と瀧野が連れだって統括室にやって
来たとき、高木は心底からホッとした。

「じゃあ行こうか。山村と西尾は現地直行だ」

「タクシーに乗るまでもなかろう、地下鉄の方が早いぜ」

梅田のガード下に戦後ヤミ市の名残が漂う飲食街があり、
その一画に高津たちが目指す飲み屋「おていちゃん」があった。
戦前の中国でトーセンの天津営業所に勤務していた女子社員が、
引揚げて来て開いた店で、
トーセンの社員達、特に戦前の中国各地の営業所に派遣
されていた商業学校出のたまり場みたいになっていた。

三光物産の流れを引くトーセンの社員には、大学・高商卒業の
者が多かったが、戦争の激化とともに徴兵される者が続出し、
中国・満州に広く展開している営業所の人員補給のために、
商業学校出の若い人間を多数採用せざるを得なくなった時期が
数年あった。18才で入社させれば徴兵までの2年間は使える
のである。

戦後その連中が大勢引揚げてきた上に、軍から復員する者が
重なり、大卒と商業学校出の同年齢者をいかに扱うかが、
人事部の頭の痛いところだった。

社歴の古さをカサにきる後者が、後から入社してきた
一流大学の出身者を、些細なミスを見つけてはイビル。
そんな体質がはびこっていたのである。

朝鮮戦争による特需景気で、繊維以外の新分野に進出した
いわゆる非繊維部門に、大卒者を多く配置した結果、
繊維部門とくに織物関係に商業出が多数残る結果となり、
上述の困った体質がトーセン繊維部門、なかでも織物関係に
顕著に現れていた。




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【 炎の商社マン 第一章(3) 】

2010-02-03 18:37:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( 3 ) 

     






アンカレッジ経由のJALで羽田そして国内線で伊丹と乗り
継いで一夜を明かした高木は、翌朝早めに家を出て
トーセン大阪本社に着いたとき、時計の針はまだ8時20分を
指していた。

トーセンに限らず商社マンの出勤は早い。
規定上の始業時間は9時だが、余程暇な管理部門の一部を
除いて、8時前後には席に着いている者が大半である。

高木は先ず人事部を訪れた。なんといっても今回の急な
帰国は、あの性悪の中原に懲罰人事を行うよう人事部長の
北山慶介に依頼することだった。

次長の片岡がけげんな面持ちで、

「あれっ、ハンブルグの高木さんじゃないですか。ご出張とは
伺っておりませんが、何か急用でもお有りだったんですか」

「まあ、急用といえば急用だけど。ところで北山部長は
いらっしゃるの」

「あいにく東京出張でしてね。三日後にはお帰りになりますが」

中原憎しで勢い込んで帰ってきた足元をすくわれた思いで、
がくっときた高木は仕方なく中原の出身部である
合繊原料部に足を向けた。

部長の田中吉三郎を囲む形で、副部長の富山、次長の野口、
杉本、松木といった今をときめく精鋭が顔を揃えていた。

高木は田中に宛てて、今日の帰国をハンブルグ出発前に
テレックスで知らせてあったから、彼らが自分を待ち受けての
集合であることは明らかだった。

高木の挨拶に田中も富山もニコリともしない。

「じゃあ、会議室に行こうか」

田中の声に応じて、4人も立ち上がり会議室に向う。
繊維統括室長の原口、繊維開発室長の小村が合流。

合繊原料部との会議場における高木の立場は裁判に
おける被告そのものだった。
田中以下の全員が検事のような冷たい目で、高木を
卑しむように眺め次々と、如何に欧州繊維部が本社の
要請に対応できていないかをなじるのである。

高木は欧州繊維部長に任命されて5年目になる。
ハンブルグ3名、ロッテルダム2名、ロンドン、パリ、ミラノに
各1名、合わせて8名の部員を持ち、欧州の他の部、機械、
食糧、化学品、物資などと比べても最大勢力を誇っている。

なのに問題は万年赤字の垂れ流しで、駐在員たちがその
問題点をタイヘンなことだと認識していないという信じられない
ほどのんびりムードに浸っていることだった。

この際、時勢に遅れた綿糸布部出身の駐在員は一掃して
しまおうと、繊維部門中の稼ぎ手である合繊原料部の
青年将校がいきまいている、その真っ只中に高木がくだらん
個人的な怒りを理由に帰国したのだから、最初から高木の
立場が良かろう道理がない。

会議は結局なんの意味もない、高木及び欧州部員への
非難に終始し、冷たい空気のまま解散となった。

田中が最後に言った。

「キミ等にはもう一切期待は持たん。だから中原を送った。
あいつの邪魔だけはしないでくれ」

高木は呆然とした。あの中原信介は期待の星なんだ。

誰一人昼メシに誘ってくれる者はいない。
時計の針はまだ正午まで5分あることを示していた。
高木は専務室に急いだ。

六角専務は自室にいたが、高木の顔を見ても苦虫を
噛み潰したような表情を変えることなく言い放った。

「いまはお前のことなんぞに関わりあってるヒマは無い。
出て行ってくれ」

あまりのことに我を忘れた高木が、知らず知らずに向った
場所が中之島公園だったのである。

「それにしても」と高木は思う。
いやしくも欧州繊維部長である。海外店からの一時帰国者に、
昼メシを誘う人間が一人もいないなんて、そんなことが
あり得たのか。

今日の会議で、盛んに業績が話題になり、なじられもしたし
叱責も受けた。全員が検事のごとき冷たい目をしていた。
田中が言った最後の言葉が鋭い刃のごとく、高木の胸を
切り裂いた。いまも傷口から鮮血が流れ出している。
あの憎たらしい中原信介が英雄あつかいじゃないか。

業績? 業績ってなんだろう。訊かれたとき高木の頭の中は
一瞬空白になった。
業績は本社で上げるものじゃなかったのか?我々駐在員は
現地のエージェントとの人間関係を良好に保ち、社内外から
やってくる出張者に心地よい滞在をさせ、希望する観光地の
案内やショッピングを手伝い、しかるべき相手のアポイントを
とって、無事に表敬訪問をさせる。

大使館などの在外公館では手の回りかねる微妙なところまで
世話をやき、満足させて帰国していただく。
世話をしたお偉方は皆喜び、帰国後丁重な礼状が届く。
そうして本社でのビジネスが円滑に進むのだ。
たとえオトコ芸者といわれようと構わない。我々は立派に
潤滑油の働きをやってきた。
オレが就任したとき5名しか居なかった欧州繊維部が、
今回の中原まで加えたら9名になった。およそ倍の勢力に
したのも、部長としてのオレの功績じゃないのか。

会社は変わってしまったのだろうか。それとも合成繊維部門
だけが異常なんじゃないか。
そうだ、合繊だけが狂ってるんだ。その証拠に中原なんて、
とんでもないヤツを出してきたじゃないか。
中原に期待してるだと?
邪魔するなとは、なんてモノのいいようだ。
「誉めてもらえる」と信じて疑わなかった六角専務が、やけに
機嫌が悪かったが、あの人は往々にして喜怒哀楽が激しい。
たまたま「怒」の日だったんだろう。

出身の綿糸布部との業務打ち合わせは明日の予定だ。
明日は古い仲間たちが、オレの日頃の苦労を慰めてくれる
だろう。今日の雰囲気を引きずったままじゃ、人事部長に
中原の処罰を要請しても迫力がなさそうだ。
すべては明日にしよう。

時差の関係もあってか眠くなってきた高木は、疲労した
身体を阪急箕面線牧落の自宅に運んだのだった。
昨夜はろくに家族と話もしていない。今夜は良い父と
やさしい夫を演じなきゃならない。

6年ぶりの帰国だったが、そこは高木にとって心安らぐ
空間ではなかった。

小学校5年生になった一人息子の剛が全く懐こうとしない。
土産に買ってきたレゴのセットを渡しても、受け取りこそすれ
「ありがとう」の一言もなくムスッとした表情を変えようとはしない。
「あんた本当にボクのお父さんか」にはこたえた。
康子はどんな教育をしてきたんだ。

康子の表情も硬い。食事の用意はしてあったが、会話が
はずむどころか冷たい空気が流れる中で黙々と食う。
何かが狂っている。会社でも自宅でもオレはまるで、
「招かれざる客」状態じゃないか。

剛は食事を終えると黙って席を立ち、自分にあてがわれている
部屋に閉じこもったまま出てこようとしない。
流石にレゴセットは持ち去ったから、今頃はそれに夢中に
なっているのだろう。

たった一本のビールが効いてきたのか、時差の影響も
加わってのことであろう。
眠くなった高木は寝室に向おうとして、よろよろと立ち上がった
途端、それまで殆ど無口だった康子が口を開いた。

「ちょっとお聞きしたいことがあります」

「なんだ、怖い顔をして」

「貴方にとってこの家は何なんでしょう。わたしは貴方に
とってどういう存在なんですか」

「何を今更。ここはオレが会社から退職金を前借りして
建てた家族のための家じゃないか。
そしてお前はオレの妻だ。当たり前のことを聞くヤツがあるか」

「6年もの間ハガキの一枚も来ないで全くの無視でした。
剛だって物心がついたら父親がいない。ボクにもお父さんが
いるのって何回も聞かれたわ」

「・・・・・・・・」

「去年の6月に中原さんという会社の若い方が訪ねてみえて
『高木さんはお元気ですよ』と最近の貴方のことを知らせて
くださるまで、わたしと剛は事実上の母子家庭で、ひっそりと
暮らすだけでした。剛は中原さんに『ボクのお父さんって
どんな人なの』って、そんなバカなことがありますか。
わたしの人生は貴方によって踏みにじられました」

高木は康子の厳しい言葉にも驚いたが、それ以上に意外感を
持ったのが、あの中原が来訪し自分に関する情報を剛や
康子に伝えたという一点だった。
あいつにはそんな一面があったのか。ただオレに歯向かい
オレの立場を無視するはねっかえりだとばかり思っていたのに。
6月の海外出張から帰って、わざわざオレの留守宅見舞いを
してくれる。
そんな温かい心を持っているヤツとは知らなかった。



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【 炎の商社マン 第一章(2) 】

2010-02-03 18:32:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( 2 ) -

    




「そういう狭いお考えにはついて行けませんな。合繊メーカーは
なにも皇人だけじゃありませんからね。皇人も確かに大切な
取引先の一社ではありますが、他にも東光ナイロン、
朝日合繊、岡山レイヨン、大日本アセテート、五菱レイヨン
などなど、ボクの欧州派遣に期待してくれているメーカーが
たくさんあります」


「その中のワンノブゼムに過ぎない皇人の森嶋さんだけに、
べったりくっつけなんてバカな命令下されて、そんな世間の
見えない人の指示なんかに従うわけにはいきませんな。
それにボクに課された仕事は、純繊維だけじゃありませんよ。
五菱石油化学や積山化学などの案件もやらなくちゃ
なりませんしね。
これはトーセンに人多しといえども、ボク以外の人間には
出来んことです」


「お前たち合成繊維の連中は、何かというと新しい用語を
使って、上司であるオレを煙に巻こうとする。ここは本社では
なく欧州繊維部だ」


「それはそうです。そして貴方が欧州繊維部長であらせられる」

「それが分かっているなら、オレの指示に従うのが当然だろう」

「何を言ってんですか。貴方が部長に就任して何年に
なるのですか。確か5年は過ぎましたよね。いま欧州に貴方を
部長といただく駐在員は何人いるんです。
それで肝心の業績の方はどうなってんです」


「だから、それを立て直すのに、皇人の森嶋さんが新たに
始められる事業の手足となって働く、窓口商社の専任者として
キミに来てもらったんじゃないか」


「例の仮撚りのハナシですか。当然やりますよ、ワンノブゼム
として」


「そんな失礼なことができるか。オレは森嶋さんだけじゃなく
所長の白石さんにも、専任者をつけますから是非窓口商社に
と頼んである」


「まるでご自分のお手柄みたいな言い方ですな。あの案件は、
本社ベースで田中部長自ら、皇人の大山部長と折衝されて、
トーセン窓口が決まったんです。ついでに言えば皇人とは、
仮撚りだけでも、ドイツ以外にギリシャでの事業計画もあるし、
工業用材料の案件も幾つか用意してあります」


「そんなハナシ、オレは聞いておらんぞ」

「貴方は森嶋さんだけが皇人だと錯覚してらっしゃるんじゃ
ないんですか。たった一つの案件だけに、貴重な人材一人を
べったりくっつけて専任者とするなんて、えらい余裕のありこと
考えるのが、まだトーセンの禄を食んでたとはなあ、これじゃ
赤字の垂れ流し体質は
直りませんな」

「欧州繊維部長としてのオレが何も知らされていなくて、
一兵卒のお前が、いろいろと並べてる。組織がたるんでいる
証拠じゃないか」


「よくそんなことが言えますね。組織のタガをゆるませて平然と
5年も無駄飯食ってた人に、バカらしくて本社も連絡なんか
取る気が無いんでしょう。貴方はご自分が意志決定者だと
思ってられるようですが、決定はすべて本社ベースで
行われます。
それから、えらく興奮しておられるようですが、早くもキミから
お前に格下げですか。
会社なんだから、キミと呼ぶぐらいの落ち着きを保って
欲しいもんですな」


「お前なんか、お前で充分だ。キミなんてガラか」

「だんだんホンネが出てきたようですな。稼ぎも無い
欧州繊維部長なんて、ただの現場見回りみたいなもんで、
誰も司令官なんて思っちゃいませんよ。せいぜい自覚して
本社の信頼を取り戻す努力をなさることです」


「オレが司令官じゃない? そんなら何か? 貴様が新任の
司令官だとでも言うのか!」


「ほう、今度は貴様ですか。そんなに頭に血を上らせなくても
話は出来るはずですけどね。血圧いくつあるんです」


「貴様、オレに喧嘩売る気か」

「困ったお人だな、聞きしにまさるオッサンやねぇ」

着任早々の部下、中原信介にオッサン呼ばわりをされた
高木は激昂した。いきなり立ち上がりテーブルをドンドンと
叩いた。小柄な高木だが、これをやるとたいていの部下は
恐れ入りおとなしくなる。

高木には軍隊経験がある。中支で終戦を迎えたとき、
古参の軍曹だった。部下は威圧すれば従順になるものと
思いこんでいた。
ところが、あん畜生め、中原は違った。
同じように立ち上がったかとみると、高木がやったのを
真似るがごとく、いやもっと激しくテーブルをドンドンと叩き
かえしてみせたのである。
高木の全血液が頭に集中した。

「貴様ぁ、それが上司に対する態度か」

「あれっ、議論にいき詰まると立ち上がってテーブルを叩く。
それが貴方の儀式なんかなぁと思って、それで貴方の方式
でお返しをしただけなんですけど。

それと、あらためて申し上げますが、いまも貴様って
言いましたよね。トーセンには部下に貴様呼ばわりをする、
そんな野蛮な人間は居らんことになっているはずですが、
欧州繊維部長だけは、別扱いなんですか」

心中ぐっと詰まった高木だったが、ここで弱みを見せるわけ
にはいかない。自分が十五才も若い中原に手玉に取られて
いることが分かるだけに、余計に怒りを増幅させていった。

「オレは今日の日までお前のようなヤツを見たことがない。
オレは明日の飛行機で大阪に帰り、本社と交渉して必ず
お前をクビにしてやる。
覚悟を決めて待っておれ」

中原は恐れ入るかと思いきや、平然とした態度を崩すこと
なく言い返してきた。
「そうですか。それはご苦労なことです。だけど、そう貴方の
思い通りになりますかねぇ。
本社では何年も赤字続きの欧州繊維部は解体すべしとの
声が高まっているし、採算なんか考えたこともない外交官
気取りの集団は処罰の対象だとの強硬意見もありますよ。
当然貴方がその処罰の主対象でしょう。
その体質を変貌させて儲かる体制を作るためにボクは
派遣されて来たんですけどね。
まあ、帰った途端クビの宣告を受けるのが貴方の方じゃ
なかったらいいんですけど。やっぱ無理かなぁ」

「そうそう、カクさんを頼っているんでしょうけど、あんな
アホ専務、もうチカラありませんからね」
高木がいままで聞いたこともない大胆不敵な中原の
勝利宣言にも似た言葉に、高木は放心状態になっていた。
「ともかくお前はクビだ、お前ごときに舐められて黙っている
オレではないわ。必ずクビにしてやるからな」

そう言い放つと、高木はまるで解放されたように支店長室
を飛び出し、これといった当てもなしにエレベーターで下に
降りた。
アルスターパビリオンに行って、コーヒーでも飲もう。
中原信介という不埒なヤツが、どれほど無礼でけしからんか
本社の関係者に分からせるために、報告書の形にまとめる
必要があるだろう。
その草稿をまとめよう。
早く熱いコーヒーが飲みたい。


一方の中原はどうしていたか。赴任早々に支店長兼部長
と衝突し、あろうことかテーブルを叩き合う大喧嘩を
やらかしてしまった。相手の高木は激昂のあまり明日にも
大阪へ飛ぶらしい。必ずクビにすると怒り狂うところまで
上司を追い込んだし、普通のサラリーマンなら落ち着いて
みると自分のやり過ぎに愕然とし、当の上司に頭を下げに
行くところである。

中原には高木に謝罪する気持ちなんて、これっぽっちも
無かった。むしろ「してやったり」とニンマリしていたのである。

「これで最初の仕事は片付いた。邪魔者は処分するに
しかずだ」

高木のような前世紀の遺物みたいな上司がいたんじゃ、
仕事がやりにくくて仕様がない。
叩き帰してやろうと喧嘩のきっかけを待っていたら、なんと
先方から仕掛けてきてくれた。
おかげで時間の節約ができた。高木源一郎、さして悪者
でもなさそうだが、ああも頭が悪いんじゃ救いようがない。
陸軍経験者の悪いところ、すぐに怒鳴りつけるクセも
直りそうもないし、いいや後は田中部長に任せよう。

中原信介はその夜、さし当りの宿として契約したペンション
の自室で、長い手紙を田中吉三郎宛てに書き、
翌朝航空郵便で出した。
「さっそくやってしまいました」で始まる長い手紙には、
中原がこれからヨーロッパ全域で手がけようとする
ビジネス戦略が、主たるメーカー別に詳しく記載されていた。




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【 炎の商社マン 第一章(1) 】

2010-02-03 18:30:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( 1 ) 


       



昭和44年(1969)1月のある昼下がり、一人の男が
大阪中之島にある中央公会堂の階段に腰をおろし、
長い間座り込んでいた。


1月にしては暖かい日ではあったが、それでも
オーバー・コートを着ることもなく、頭を深々と下げた
格好で身動きもしないのは異常な光景といえた。


ホームレスにしては、身だしなみが良すぎるその男、
高木源一郎は、名門商社トーセンのハンブルグ支店長
兼欧州繊維部長という要職にあった。そんな立派な
肩書を持つ男が、なにゆえに冬空の下、オフイス街を
離れた場所に、オーバー・コートもなく座り込んでいなきゃ
ならんのか、当の高木自身がサッパリ分かっていなかった。
「カクさんまでが・・・・・」と、高木がつぶやくのを場所柄
耳にする者は誰もいない。


ようやく顔をあげた高木の両目は充血していて、まだ
涙の跡が光って見える。いい中年の男がひとしきり泣いた
ものとみえた。顔には深いシワが何本も刻まれ、苦渋のさま
がより際立っていた。


中央公会堂前の広場のかなたに、木村長門守重成殉忠の
碑が建っている。ふと我にかえった高木が、自身のあり様を
不審げに辺りを見回したとき、目に飛び込んできたのが、
この碑であったが、はて木村長門守ってのは何者だったか
そんなことは今の高木にとっては、どうでもよいことであった。


「オレはどうして、こんな所に居るんだろう」
ぶるっと震えた高木は、あらためて自分がオーバー・コートを
着用していないことに気づき、頼りにしていた六角専務から、
「今はお前のことなんぞに関わりあってる暇はない。
出て行ってくれ」と、冷たく言い放たれてそのまま会社を
飛び出し、足の赴くままに堺筋を北上して、中之島公園にまで
夢中でやってきた、自分の足取りを反芻していた。

「すべては、あん畜生のせいだ。とんでもない疫病神を
抱えこんだものだ」


「それにしてもトーセンも変わってしまった。合成繊維の連中が
いつの間にあんなに鼻息が荒くなったんだろう。それにひきかえ
綿糸布部門の沈滞ぶりは情けないほどだ」

六角専務が示した冷たい態度が、高木源一郎には解せなかった。
いつもなら、にこやかに迎えられ、吉兆・鶴屋とまでは
ゆかずとも、鰻料理ぐらいは振舞われるのが当然のことだった。
「お前なんぞに関わりあってる暇はない」といわれたが、オレは
次期光柳政権を担う股肱の臣の一人じゃなかったのか。
ご苦労の言葉もなく、「出て行ってくれ」は無いだろう。
高木の涙腺がまたうるんできた。

「冷た過ぎるじゃないか」

それにしても、今朝の九時から始まった合成繊維部門を
中心に、繊維各部門からも部長クラスが動員されて開かれた、
「高木報告」を主題とする会議は、高木にとって信じられない
展開となり、あれよあれよという間に被告席に座らされた
形となった。
オレはそんなにも会社にとって役立たずだったんだろうか。

合繊原料部長の田中吉三郎が、メガネを光らせながらの
言葉は叱責そのものだった。

「あんたは何年欧州繊維部長をやっとるのか。その間の業績は
どうなっとる。他ならぬ欧州に派遣された者は一人残らず、
選りすぐりのエリートで、繊維部以外の欧州各部は機械で
あろうと、化学品であろうと、みな欧州の好景気に支えられて、
みごとな業績を挙げておる。ひとり繊維部だけが、万年赤字の
垂れ流しで、そんな恥ずかしい状況を続けながら、あんたの
報告には、それを詫びようとする気配もない」


繊維統括室長の原口正二が、田中の後を引き取った形で、

「どうせ、民間貿易再開直後の感覚で、商売は二の次、
取引先のお偉方の接待さえうまくやっていたら、それで好し
とする、外交官感覚でおったんだろう」と、皮肉たっぷりに
追い討ちをかけた。


赤字の垂れ流しは事実である。いまや欧州繊維部は
欧州全域に展開する、トーセン欧州ビジネスの足枷とまで
酷評されていることを、高木も耳にせぬではなかった。


最近どこかで聞いた言葉だと、高木の頭の一部が
反応していた。そうだ、あん畜生がぬかしたのと同じ内容だ。
高木はわずか二日前のハンブルグ支店長室での、
あん畜生との激しいやりとりを思い出し、無礼千万の
あん畜生の発言が、意外なことに正とされ、自分が邪と
されていることを悟って愕然となった。



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「炎の商社マン」 解説 
    
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【 解説(1) 失意の欧州繊維部長 】

2010-02-03 18:29:37 | ○ 小説「炎の商社マン」

お話は1969年(昭和44年)に遡る。
大手商社の一角に辛くも留まっていたトーセンという商社が
舞台の物語。


丁稚根性の糸偏商売から抜け切れぬと近畿商事なら揶揄対象
となる繊維部門がトーセンではまだ幅を利かしていた。

繊維だって時代の変遷は急ピッチで進む。
綿糸・絹糸・毛糸の時代は去りつつあり、ナイロンを筆頭に
合成繊維が台頭する。


そんな構造変化が見えない旧勢力。
それが綿花部と綿糸布部だった。
繊維部門に社員の七割がたが集う旧態。
その総帥を誇る六角専務。


一介の平社員の身で、六角に直談判も平気。
それが中原信介という物語の主人公。


受渡・内地と下積みに甘んじていた男が、田中吉三郎部長の
男気によって救われる。
ドブから拾われたネズミの心境。


思わぬ欧州勤務の場を与えられ、発奮しないわけがない。
名ばかりの欧州繊維部の実態は、欧州綿糸布部だと
言い切ってはばからず、物議もかもすが、改革の意欲も高い。


社内でも最悪の旧勢力が綿糸布部で、欧州繊維部長・
高木源一郎が象徴的存在。


赴任早々にテーブルを叩き合う喧嘩に、負けた高木は
勢力維持を図り日本へ帰国。
そこで高木を待ち受けていたものは・・・・・


なんと中原は期待の星だった。
親分六角にも冷たくあしらわれ、昼食を誘う仲間もいない。


旧勢力の一掃を企図する中原を、社内の改革派重役が
全面支持を鮮明に。


高木失脚の後により悪党の東條を敢えて起用した六角専務
だったが、それもまた己の墓穴を掘る結果とは。


サラリーマンの期待の星、中原信介の痛快活躍の物語をどうぞ。




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