作家 小林真一のブログ パパゲーノの華麗な生活

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【 炎の商社マン 第一章(4) 】

2010-02-03 18:38:00 | ○ 小説「炎の商社マン」

Syousya_zyo_sam  炎の商社マン(上) 

  - 第一章 ( 4 ) -

    





帰国二日目、高木源一郎の困惑は続いていた。

一時帰国者は繊維統括室の空いている机を使うこと
になっていたから、四階のその場所に行った。
室長の原口はまだ出社していなかったので、やがて
姿を現した女子社員に六角専務の都合を聞いてもらったが、
多忙で会う時間がないとのことだった。

社有車で送迎される六角は朝が早く、八時には在室している
ことを高木は知っていた。

「カクさんの悪趣味だよ。早朝出勤しては誰彼と部長連中に
電話をかけて専務室に呼び出す。最近クルマの中で
読み始めた日刊工業新聞の記事をネタに質問し、答えられん
となったら、ボロクソにやられる。まだ出社していないとなると、
そりゃもうタイヘン。最低一時間は絞られるな」と、先月
出張してきた衣料第一部の葛城が言っていたのを思いだし、
六角がこの時間に多忙なはずがない、これはオレを避けて
いるんだと見放された悲しさに泣きたい気持ちになっていく
高木だった。

海外で活躍している者が一時帰国したとなれば、各部から
声が掛かり昼も夜も忙しく、繊維統括室の空いた席にむなしく
座っている者など滅多にいない。

ようやく出社してきた原口が室長席から手招きしたのに、
救われた思いで立ち上がった高木に、応接セットに座るよう
指示した原口が、

「昨日の合繊はさんざんだったな。それを聞いた綿糸布が
今日の予定の会議をキャンセルだといってきた」

「・・・・・・」

「ということは、今日の予定は目先が無くなったということだが、
ところでキミは何を突然一時帰国してきたんだ」

中原信介がいかに不埒な者であるか、その言動を詳しく
報告書にまとめてある。

「実は人事のことで、新任の中原クンのことなんですが」

「なに、中原クン。カレがどうしたと言うんだ。昨日の会議が
会社の今の空気を現している。
田中部長が言った通り、キミはどうせ何も分からんのだから、
間違ってもカレの邪魔にならんようにする。人事って、まさか
中原クンが気にいらんとか、そんなことじゃあるまいな」

「・・・・・・」

「どうやら図星みたいだな。キミ、それこそキミのクビが
危なくなるぞ。今でも相当にヤバイのに」

綿糸布部門の会議がキャンセルになったという原口の言葉が
気になった。

今更現状報告を聞いても意味が無いとでもいうのだろうか。
だとすると誰の指図なんだろう。

六角にお伺いをたてた大井綿糸布部門統括取締役が、
話の途中で一喝を食いキャンセルになった事情を
知る由もない高木は、所在無く時間を潰すしかなかった。

同期入社で、綿糸布部の仲間である高津が、統括室に
姿を現し、

「おう高木、今夜お前の歓迎会をやる。夕方6時半、場所は
『おていちゃん』だ。
昼はちょっと先約があるんで付き合えんけど。じゃあ夕方
来るわ」

原口繊維統括室長も、小村繊維開発室長も高木と昼食を
共にする気はないらしく、さりとて物欲しげに綿糸布部の
部屋をウロウロするのもはばかられ、高木はひとり
会社からだいぶ離れた淀屋橋まで出向いて蕎麦屋で
侘びしい昼食を摂った。

ハンブルグで中原が広言した「クビになるのが貴方の
方じゃなかったら良いのですが・・・」を思い出し、人事の
北山部長が東京に行っているのは、あるいはオレの
人事について統括役員と協議のためではなかろうなと
疑心暗鬼になる高木だった。

会社に戻り、繊維統括室の空いた席で、所在無く時を
過ごす高木にとって、夕方までは長い忍耐の時間だった。

誰ひとり「お茶」に誘う者も現われない。オレなんかに欧州
マーケットの話を聞いて無意味だとの合繊原料部の空気が、
繊維全体に広がっているように感じられた。

午後6時に、高津と瀧野が連れだって統括室にやって
来たとき、高木は心底からホッとした。

「じゃあ行こうか。山村と西尾は現地直行だ」

「タクシーに乗るまでもなかろう、地下鉄の方が早いぜ」

梅田のガード下に戦後ヤミ市の名残が漂う飲食街があり、
その一画に高津たちが目指す飲み屋「おていちゃん」があった。
戦前の中国でトーセンの天津営業所に勤務していた女子社員が、
引揚げて来て開いた店で、
トーセンの社員達、特に戦前の中国各地の営業所に派遣
されていた商業学校出のたまり場みたいになっていた。

三光物産の流れを引くトーセンの社員には、大学・高商卒業の
者が多かったが、戦争の激化とともに徴兵される者が続出し、
中国・満州に広く展開している営業所の人員補給のために、
商業学校出の若い人間を多数採用せざるを得なくなった時期が
数年あった。18才で入社させれば徴兵までの2年間は使える
のである。

戦後その連中が大勢引揚げてきた上に、軍から復員する者が
重なり、大卒と商業学校出の同年齢者をいかに扱うかが、
人事部の頭の痛いところだった。

社歴の古さをカサにきる後者が、後から入社してきた
一流大学の出身者を、些細なミスを見つけてはイビル。
そんな体質がはびこっていたのである。

朝鮮戦争による特需景気で、繊維以外の新分野に進出した
いわゆる非繊維部門に、大卒者を多く配置した結果、
繊維部門とくに織物関係に商業出が多数残る結果となり、
上述の困った体質がトーセン繊維部門、なかでも織物関係に
顕著に現れていた。




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「炎の商社マン」 解説 

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