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ブレンド日記

世の中の出来事・木馬での出来事・映画の感想・本の感想・観るスポーツ等々ブレンドして書いてみました。

読みかけの太宰二冊読破

2009年03月25日 | 本の事
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 WBCも終わり、すっかり抜け殻ようになっています。
それにしても放映中は 一回一回応援に力が入り 疲れました。
ブログもうまく書けないような・・

で、少し前に読んだ本の感想です。

歳を重ねて、ある日ふと 何の気なしに過去を振り返ったとき、「遠くまで来たなぁ」という感覚。最近この感覚が頭から離れない。振り向いた先にいるのは当然自分自身の姿で、だからこそ読み残しの本を読まなくちゃ 悔いが残る。

そういう思いで 古典を読みあさっています。
時々トンボの本を横取りしていますが・・


    

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 太宰は嫌いだった。
学生時代、本好きの友達が読んでいたので、かじってみたけど、ほとんど読みかけで、最後まで読んだ本は一冊もなかった

それというのも 女性関係にだらしがなくて、そして小説も弱い自分のそのだらしがないどろどろした生活を基に書いていたんだと思っていた。そういう生き方は絶対に許せない、と思っていたこともある。

年を重ねて行く内 太宰の本を読み残していると、置いてきぼりを食ったような気がして なーんか心に引っかかるものがあった。 それだから 生誕100年という記事を目にして、積読だった太宰を本箱から引っ張り出して 誇りを払い、読んでみようかなそう思った。

そんなときたまたま 朝日新聞の百年読書会で「斜陽」の感想文の募集を目にした。よし!これを機会に読んでみるか・・(尤も 短編で綺麗な内容の本は5,6冊読んでいるのだけど。)

読み始めて驚いた。あらあらあら・・ぐいぐい引き込まれていく。最近ないがしろにしてきた文体とか文章力といった表現能力に引き込まれるのだ。偉そうだけど、やっぱり基本的な作文がしっかりしているのだと思う。

この物語は 太宰らしい中年の作家と、その作家に恋をする姉のかず子、生きていく能力がないと、自分を評する弟の直治、最後の貴婦人といわれるような立ち居振る舞いの母。
これだけの ある没落貴族の家庭を舞台に、登場人物四人四様の滅びの姿を描いたものなのだ。

読めば読むほど、太宰という作家は、自己の弱さや、孤独、生い立ちの宿命と闘いながら、そしてその弱さにうんざりしながらも 酒と女に溺れ そうすることしかできない気持ちを 文章にすることにより、本能のまま生きている、その極限状況に追い込んでからの人間の真の姿を描いているんだと思う。
(余談ですが、ここまでの文章は投稿した文です。)

 ついでに「人間失格」も読んでみようと思った。

恥の多い生涯を送ってきました。
の書き出しから始まる三つの手記で綴られる葉造という太宰らしき男の物語なのだけど。
”自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。”
というように、人の顔色をうかがい 自分の意志で何も行動することができない、葉蔵は酒、女、に溺れ 人間失格との刻印を自ら押してしまう。

葉蔵はやがて人間であるという恐怖をまぎらすために、酒、煙草、淫売婦にのめりこむ。やがて葉蔵は一人の女性と心中を試みるが、女性は死に、自分は助かる。
というようなほとんど自叙伝風なのだ。でも・・
この物語の中でこんな箇所

『食べ残した三粒のご飯でも、一千万人が一日それだけ残せば山ほどのコメを無駄にするという錯覚に悩まされたりもします。僕も食べ物を残したり、無駄遣いをしたりすると、「これだけのものをもし寄付していればあるいは世界の貧しい人々の何人かの命を救えたかもしれない」と後悔することがあります。また、いくら開発援助といっても、全世界の人の生活レベルが日本人と同じになったら世界の環境は一週間も持たないでしょう。』

そして自分の生が果たして他の生と比べて生きるに値するのか、自分は生きるに値するのかと思い悩むところ・・。こういうところは葉蔵に共感するところもある。

あれだけ嫌いだった太宰治。
いまこんなに新鮮で 面白く読めるのは やはり歳をとったせいだろうか・・・


雨 のち曇り 9℃ 寒い。

村上春樹で口直し

2009年03月06日 | 本の事
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 よく降る。今日も夕べからの雨が、ばしゃばしゃ降り続いている。
晴耕雨読 私の場合は閑古鳥読かな?

というわけで 読書感想文です。

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♣「君が悪い」  新堂冬樹著・・・光文社

トンボの購入した本を横取りしたので文句も言えないが、私の好みの本じゃなかった。怒られるかな?
「どいつもこいつも、殺されても当然な身勝手な人間ばかりだ」
無自覚に転落していく男の末路を、ブラックユーモアたっぷりに描く
新堂冬樹の新感覚ミステリー。<ブックレビューより>

「君が悪い…… 僕のせいじゃない……」が口癖で我が身に降りかかった火の粉をすべて人のせいにして殺人を重ねていく。

「こんな本嫌だぁ」 とトンボに言ったら「あんたの好みで本選だんじゃない、俺の好みで買っている、当然でしょう、俺が金出しているんだから。じゃ読みんさんな、誰が読んでくれと頼んだ。俺はこういう主人公の生き方好みなんよ、俺が悪いんじゃない、すべて人が悪い。というようなそんな考え方」

「言ってみれば完全他人依存型または自己中的生き方よね。」と言ってやりましたけど・・一応完読しました。
う~ん、あまり好みじゃない、買ってまで読もうと思わん。
口直しに村上文学を読む。


♣「風の歌を聴け」  村上春樹著・・・講談社

この前のお休みの日 本の整理していて見つけ出した数冊の中の一冊。勿論 再読です。
私が初めて村上春樹に出会ったのは「ノルウェーの森」だった。
久しぶりに最後のページを読み終えたとき 勿体ない、閉じるのが勿体ない、とそう思った小説だった。それでデビュー作のこの小説を読んだ記憶が・・

あまりにも有名だからあらすじは省略するが、大学生の「僕」が東京から里帰りして過ごした1970年の夏休みの18日間のストーリーである。いや、ストーリー、といってもそこには説明するほどの「筋立て」はない。「僕」がジェイズ・バーに通って「鼠」と呼ばれる相棒とビールを飲む、というのがこの作品の骨格なのだ。

村上春樹って大好きだからかもしれないけど、特徴的な文体(たとえば猫と話したり、鳥と話したり)がすごいと思う。それこそ読み進むうちグイグイ引き込まれていく独特の語り口とユーモア、そしてアメリカ文学、なかんずくハードボイルドやカポーティ、フィッツジェラルドらに強い影響を受けたという(もちろんネットで調べたんですよ。) 観察眼に裏打ちされた文体。好きだなぁ・・・

 で、なぜ村上作品をというと・・。
それは、先日「エルサルム賞」なるイスラエルの文学賞を受賞した記事を読んだからだ。そして授賞式で「壁と卵」(←リンクしました。)という題材でスピーチをしていた。

このときの映像もテレビで流れていたけど、原稿なしでこれだけの長文をスピーチしていた。

≪私は今日 小説家として、つまり嘘を紡ぐ専門家として、エルサレムにやってきました。嘘をつくのは小説家だけではありません。周知の通り、政治家も嘘をつきますし、大統領、これは失敬ですが外交官であれ軍人であれ、あらゆる場面で、ありとあらゆる嘘をつきます。中古車の販売員も、肉屋も、建設業者も。しかしながら小説家というのは、嘘をついても誰からも責められないという点で、他の職業と違います。≫と続き、『一年の間で、うそをつかない日というのは数えるほどしかないのですが、たまたま今日はその数少ない機会の一つです。』
もう 志ん朝の枕を彷彿させる。

村上作品は 全部読んだわけではないからえらそうなことは言えないけど、登場人物は誰も心の弱さを抱えていてそれを、どうすることもできなくなり、消えてしまったり死んでしまったりする。

戦争は壁人は卵、私はいつでも卵の側につく。そう言っている、そう比喩しているこのメッセージ、戦争という政治的正義(壁)も人間の本能的な弱さ(卵)を救うことはできない。

私は切り抜きしているけど永久保存だ。

雨 午後曇り 13℃

ポトスライムの舟・・津村記久子著(文芸春秋)を読む。

2009年03月04日 | 本の事
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  芥川賞受賞作は、いつも自分が興味があるのを文芸春秋で読むことに決めている。
ちなみにこれは自分で買いました。(いらぬことですが、こういうジャンル トンボは読まない。)

今回のこの小説は、読み始めは、なんだかとてもじゃないが入り込めないと思ったけど、だらだら読んでいくうちおやおやと グイグイ引き込まれていった。

物語の主人公は29歳の女性ナガセ。
奈良で築50年の木造4DKの家で母親と暮らしている、なんかここのところ私と一緒。
で、新卒で入った会社を上司のモラル・ハラスメントで辞めた彼女は、いまは派遣社員として化粧品製造工場のラインで働いている。
それだけでは食べていけないので、カフェでバイトをし、パソコン教室の講師もし、家でもデータ入力の内職もしている。
本業のラインについている間は、モノを考えるか手を動かすしかすることがないので、自動的に延々と考えてしまう。
たとえば腕に入れ墨を入れたい「今が一番働き盛り」という言葉を彫りたい、そのことばかり考えてしまう。この変な気分わかるような気がする。
一人で悶々と考えたり、ぼろ屋に住んでいたり そしてこの家を女友達が困った時の避難場所にしているところなぞ、本当に主人公とダブル。ただ年齢がすごい上だけど私は・・

そして もうひとつ この小説のテーマは「金」と「時間」なのだ。
余談ですが、ここが私と決定的に異なる。時間はたっぷりだけど働いてもそれが金に反映されない、たとえわずかでもね。

工場の給料日があった。弁当を食べながら、いつも通りの薄給の明細をみて、
おかしくなってしまったようだ。『時間を金で売っているような気がする』という
フレーズを思いついたが最後、体が動かなくなった。働く自分自身にではなく、
自分を契約社員として雇っている会社にでもなく、生きていること自体に吐き気がしてくる。
時間を売って得た金で、食べ物や電気やガスなどのエネルギーを細々と買い、
なんとか生き長らえているという自分の生の頼りなさに。それを続けなければいけないということに。 
 
ナガセはそうしたことを不満を抱きつつも、世界一周旅行163万円という広告に目を奪われる。
工場で働く一年が世界一周と同じ重さ――。
人は自分の人生をいろんなものと照らし合わせてその価値をはかろうとするものだ。
たとえば世間に名の知られた会社に入社できたというだけで、自分の人生が価値あるもののように思えたりする。
学歴だとか社内での評価だとか人は自分の外側にあるさまざまなものを物差しにしてその時々での人生の価値をはかろうとする。

 ここまで読んで 私も時間と金を考えてみた。
う~ん、何もすることがないとはいえこれだけの時間を職場で過ごし、尚且つこれだけのお金しか得ることができない。これは何が原因だろうか?
多分やる気がないのが最大の原因だろうなぁ、目標がないと言ってもいいかもしれない。生きてるだけ、ただ生きてるだけ・・・

私ばかりではなく 今の若者が抱える心の闇のようなもの、といったら大袈裟かもしれないけど、なぜ生きるのか。生きるということはどういうことなのか、そういったことを突き詰めていけば、この今の資本主義の世界の金と時間というところに結びついていくような気がする。

で、この中に少し遊びのような感じでポトスを育てていくところが出てくる。
ポトスは食べられないのかとか。
当店にもポトスが生き生きと元気に育っている。(写真をクリックしてくださいね。)
私もこれって食べられないのかといつも思っている、だってつやつやの葉っぱは本当においしそうなんだもん。でもこれは毒らしい、この本に出ていた。
食べないでよかったぁ。

曇り 時々薄晴れ  10℃

「骨の記憶」・・楡周平著 (文芸春秋社)を読む。

2009年02月26日 | 本の事
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  薬が、薬が切れた、早く、薬を、薬を・・・
といっても大麻中毒じゃありません。活字中毒なんです。
早く本を本を、というわけでトンボに頼んだ。「悼む人」見せて!

冷たい返事が返ってきた。「もう売れた、あんたにはあの本はあわん。」そして
「俺の読む本はあんたの最も嫌う軽い本ばかりだよ。俺の読む本見て 散々軽いだの身にならんだの悪態をついて、鼻でせせら笑ったろ、それならこの場でお詫びしんさい。あんたのお陰で 俺は江津で一番ふにゃふにゃしたヘラヘラ男とのレッテルを貼られたんだけぇねぇ。」

わかりました、背に腹は代えられん。
悪態をついてどうもすいません。今後は決してくだらないとか、三文小説ばかりとか言いません。

というわけで略奪した本です。

うん、うん いやー面白かったぁ、またまた寝る間も惜しんで、飲む間も惜しんで一気に読みました。

物語の時代背景は昭和33年から現代にまで至る長い戦後史なのだけど・・

プロローグ
岩手の貧しい風景から始まる。年老いた妻清枝には重い病気を患う夫がいる。妻が身を削って夫に尽くす姿には心を打たれる。素晴らしい夫婦愛の物語なのだ、そう思って思わず本をギュッと握り締めてしまった。久しぶりにページをたたむのが惜しい物語に出会った、そう思ったのだ。
しかしその妻の元に一通の手紙と宅急便が届く。そこには自分が15歳のときに失踪した父親について詳しく書かれていたのだ。父は中学時代に死んでいてその死の真相には自分の愛するここに横たわっている夫が関わっていたというのだ。
それを読み、彼女はそれまで自分を大切にしてくれた夫への思いと、父の死に関わったという夫に対する葛藤を感じる。

え?どうなるの、どうなるの・・ぐんぐん引き込まれていく。ラブストリーと思いきやサスペンスなのだ。それも巧妙に計算されてそしてきちんと計画性を持って書かれているから、途中で退屈することがない。

いやいや この手の本格的サスペンスに久ぶりに出会った。 少女そのが はまり込んで読みまくった松本清張シリーズ、高木彰光の「白昼の死角」、水上勉の初期の社会派推理小説「飢餓海峡」とか、そうそう死者になり済ますところなど内田康夫のでデビュー作「死者の木霊」に似ているなとか思ってしまった。
もう読み出したら かっぱえびせん状態になる。(♪やめられない止まらない、古いね私も・・)

読み初めは当然、この二人が主人公で物語が始まると思ったが、違うのよね。
夫や自分と同級生の長沢一郎の視線から物語は始まり、延々とどうして集団就職で東京に行った彼が大金持ちになったか、それが描かれている。

で、そのように書かれている事柄は実はとても幅広い、運送業や不動産ビジネス、代議士の口利きというった裏側から男女の愛憎、憎悪、嫉妬、を書いていてS川急送事件のK○代議士とか思いだしてしまった。

エピローグにいたって、いかに過去にそんなことがあったにせよ、その後いまにいたるまで あれだけだ大事にしてくれて、愛してくれ青春を楽しいものにしてくれた夫を許せない清枝が信じられない。
ここが作者の思うところと私の気持ちと違うところ、恨む気持にも時効はある。
どんなことがあっても今は主人一筋 この方が 一郎に対する最大の復讐になると思うのだけど・・
私ならきっと許すと思う。

本当はもっと書きたいところだけど、
「あんたに先に見せたらネタバレの可能性がある、しゃべるんじゃないよ」と トンボにくぎを刺されたから、この辺で終わります。

曇り時々晴れ 12℃

「鳥かごの詩」・・北重人著 (小学館)を読む

2009年02月13日 | 本の事
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 子供のころからいつもそうだ。
一夜漬けの試験勉強中に机の中を片付けたくなったり、部屋の模様替えをしたくなったり、箪笥の中を片付けたくなったり、今だってそうだ。確定申告の整理をしなくてはならいのに、済んでから読めばいいのに、こんな時に限ってDVDを借りたり、本を読み始めたり まったく自分で自分が信じられない。
要するに尻に火がつかないとなんでも出来ない、この性格何とかならないのか・・

というわけで読んだ本です。
と言ってもまたもトンボから略奪した本ですが・・

相変わらず嫌みつきです。
「俺のこと軽い男だとか、芯がぶれてるとか まるで江津の麻生みたいなこと言うけど、俺とあんたは生き方が違うんだけ あんたの枠にはめんこうにおってくれん。あんたにいつも軽い、軽いと言われるけぇ ハード本買ってるでしょうが・・」らしいです。まったく無視していますけど・・

そういえば最近 トンボのおじさん元気がない。
「どうしたん?なんか最近張り切ってないね。」
「俺もそういつも 長屋の与太郎じゃないんだけ ハイテンションじゃおれんわな。」
何でも聞くところによると、栄養不足らしい。毎日ゴルフの練習とスイミングと暇さえあれば体を鍛えているのに、家に帰れば鍋ばかり、それも白菜や豆腐しか入ってない。「なんで白菜ばかりなんかね、魚とかはないのか。」「ほら底に入っているでしょう。」
見りゃ 骨に身が少し引っ付いてる魚のあら。
「ブチブチ文句言うんなら食べんさんな、こんなに美味しいのに。」
「女房のやつチュウチュウとすすりおる。まるで猫みたい。
俺もあんたとこのファミリーみたいに ただで焼肉食べたいよ。栄養不足でテンシキも勢いがない。」


 さて枕が長くなりましたが今日の本題です。

「鳥かごの詩」
というタイトルなれど、鳥の物語ではない。

受験のための絶対条件は個室。山形からやってきた受験浪人の康男がようやく探し当てた下町の新聞販売店の個室は、「鳥かご」のような段ボール仕切りの部屋だった! 昭和40年代の澄みきった青春物語。(データーベースより・・)

昭和41年の東京下町。山形・酒田から出てきた受験浪人生の康夫は、生活の糧を得るために
住み込みの新聞販売店に勤めることになる。〈個室あり〉のふれ込みに惹かれてやってきたものの、蓋を開けてみれば
そこは段ボールで仕切られただけの大部屋暮らしだった。同居する配達員も人生に挫折したような風変わりな連中ばかりで、おまけに配達先も元ヤクザの爺さんやひと癖もふた癖もある住人ばかり。慣れない東京や仕事に悪戦苦闘する康夫は、やがて恋に悩み、のっぴきならない事件に巻き込まれていく。

多分私とおんなじ時代 あの頃の風景、下町の人情、そして団塊の青春を描いた物語だ。

白布さん、とても小学生とは思えないおませなトシ そして恋をするサキちゃん。
ややこしい生い立ちなれどかっこいいテツ、

団塊の世代には懐かしい物語です。

暇がある方はどうぞ・・

曇り 黄砂 春一番にて時々強風 19℃

「希望ヶ丘の人びと」・・重松清著 (小学館)を読んで

2009年02月04日 | 本の事
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  [読む権利]

たびたび私の携帯に本屋から、ワン切りが入る。本が入ってますよとの知らせなのだ。
私の本じゃありません、トンボがネットで頼んだ本が入ったから取りに来るようにとの、本屋とトンボの暗黙の連絡網なのだ。

なぜ私の本でもないのに私の携帯に?そう思うでしょう。
自分の携帯にはいると開けてみなければならない、そうすると電池がちびる(寿命が短くなる)からだそうです。

落語のにありますよね、「おい こまっち八! 棚を吊るからから隣に行ってカナヅチ借りてこい。」
「行ってきました。」
「借りてきたか?」
「貸してくれませんでした。隣の親父が何に使うのか、と聞くから釘を打つと言ったら、金の釘か木の釘かと聞きますので、金の釘だと申しましたら、頭が減るからだめだと言いました。」
「しみったーれた野郎だなぁ いいよ いいよ 借りるな借りるな、家のを使え。」

全くこれとおなじ・・

また枕が長くなったけど、そんなわけで買い物の途中に本屋に寄り 買い受けてくるのです。
しかしそれらの本は、軽い本がほとんどで、「そんな軽々しい本ばかり読んでいるけぇ、人間が中身のないクネクネした男になるんよ。もっとおのが生き方を変えるような どっしりと重い本はないの?」というと、
「それじゃ 俺は竹輪の中にこんにゃくを詰めたような男かね。」と毎度バカバカしいことばかり言っています。

そうは言うものの時々 読みたい本がある。
この本がそれだった。
「この本見せて!」
「俺が読む本は 軽い本だよ、あんたがいつも馬鹿にする本だよ。それにこの前見せてあげた本、16ページが汚れていたけぇねぇ。汚すんじゃないよ。」
との嫌味を言いながらそれでもしぶしぶ 見せてくれました。
「四日間で読むんだけえねぇ」期限付きでしたが、心配無用、読み出したらやめられなくなりました。
トンボは新刊書をネットで購入して、読んでから売るのです。図書館に頼んでも手に入らない読みたい本が安く読める、こんな幸せはないと言って。

そして、「あんたは俺のことをいつも図体はでかいくせに 根性はチマチマ男だと言うけど、でもよくよく考えたらあんたが一番チマチマ女だよ、一銭も出さずに 新刊本 読んでいるんだけぇねぇ。」
言われてみればそうかもしれない、私が一番吝嗇家・・五十歩百歩かぁ・・

ごめん、本題になかなか届かなくて。
でこの本なのだけど、読後感?よかったぁ、素直に面白かったです。

「いじめ、学級崩壊、モンスター・ペアレント、家族の死…。70年代初めに開発された街・希望ヶ丘…そこは、2年前にガンで逝った妻のふるさとだった…。亡き妻の思い出のニュータウンに暮らす父子を描く感動長編。」[データーベースより]

あまりにもカッコいいエーちゃんが所々で、いいこと言う。

大切な人がいなくなったとき 大切な人の面影を思う。
たとえばアルバムの中に、たとえば一緒に過ごした町に、たとえば新聞の片隅に駅のホームに かかわったすべての人の中に・・・
大切な人がいなくなった時 きっと思うのだ「私と結婚して幸せだったのだろうか?私はあなたを幸せにすることができたのだろうか?」
答えを聞くことはもうできない。想像するしかできない。あなたはもういないのだから。
もしも私と出会っていなければ もしも違った人生を送っていたら・・・
大人の「もしも」はいつも過去にある。
だけど子供の「もしも」は未来に向いている。可能性を秘めている。
もしも翼があったなら、とか、もしもタイムマシーンがあったなら、とか、でもおとなの「もしも」は過去にしか向いてない。後悔や懺悔だ。

そうだよね、長く生きてくるとやはり自分の生き方を肯定できない。後悔と懺悔ばかり。もしもあの時こうしていたら、もしもあの時違う選択をしていたら・・
う~む。

久しぶりに寝る間も惜しんで読みました。

暇と興味のある方は是非 どうぞ。なんとなく 心が洗われますよ。

晴れ 薄晴れ 11℃

松本清張と太宰治・・生誕100年

2009年01月11日 | 本の事
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  恥ずかしながら 太宰治と松本清張がおない年とは知らなかった。
私にとって松本清張作品は青春時代から ついこの間まで愛読していたから私の世代の人のようだったし、太宰治はもうずーっと過去の人のようであったから・・

そしてあれだけ太宰がほしがっていた「芥川賞」も清張はすんなりと取っているしで、私の青春時代の通勤列車は松本清張の世界だった。
いろいろと大好きな作品はあるけど、デビュー作「目の壁」が私は好きというより衝撃的だった。(手形パクリの話なんだけど・・)
この一冊ですっかりはまり込んでしまい、次から次へと買いあさり読み耽ったのだから。

私の時代から今の時代まで読み続けられている理由として、私は清張は いくら時代が移っても、やはり変わらない人間社会の根底にある悪や膿、そしてそのことへの人間の怒りや悲しみをうまく書いているからだと思う。
今読んでも 全然時代ずれしていないもの。

 一方太宰はと言えば、前にも書いたけど、昔は大嫌いだった。
その理由は太宰は玉川上水で愛人と離れ離れにないように紐で括って入水自殺をした、つまり情死・・、それも奥さんと子供が3人もいるのに、その前にも情死しそこなったり 自殺しそこなったり、死ぬなら一人で死ねばいいのに、銀座のバーのホステスと心中を図った時は女性だけ死んだのだ。
五回目にやっと自殺は成功した。
弱い男は嫌いだった。

今度生誕100年記念ということで「ヴィヨンの妻」が松たか子主演で映画になるらしい、その中には一緒に死んだ山崎富栄ばかりでなく、これまで交際したと思われる女性をところどころモデルにしたと、「週刊朝日」に書いてあった。

そうは言うものの 最近私は太宰に凝っている。

一般的に有名な、「走れメロス」や、「斜陽」「人間失格」より、私は短編が好き。
「待つ」や「雪の世の話」の短さ、この短いなかでこれだけの感銘を与える、読後感といってもいい、すごいと思う。

でもやはり私が一番好きなのは「満願」だ。
何度読んでもほのぼのとしてうれしくなる。

太宰の作品を全部を読んだわけではないから偉そうなことは言えないが、太宰文学は、自分の生活を小説の中に投影して、そしてその作品から逆に自分を高めていく、というような相互関係の中にあるんじゃないかと・・

だからすべて小説の中の作家は自分であるのだ。
え?こんな一面もあったのか、そう思ったのは「黄金風景」でもちゃんと小説の中で反省しているのよね。

ありがたいことに今 ネットの青空文庫で全作品読めますよ。

興味と暇のある方はぜひどうぞ・・

雲り時々雪 6℃

「オリンピックの身代金」奥田英朗著・・角川文庫を読む

2009年01月04日 | 本の事
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ひどい目にあっている。
暮れの温泉宿に持ち込んで読み始めてからというものの、仕事も手に付かない、寸暇を惜しんで読み続けてしまった。

この本は、たまたま新聞の書評を読み、読みたい気分になった本。
「この本見たくない?」
トンボにそれとなく誘いをかけたら、「それ評判がいいよね。」との答え。
「たまにはえっちゃん買いんさい。いつも俺に頼らんで。読みたい本やみたい映画ぐらい読んだり見たりせんにゃ我々いつまで生きているかわからんのよ。」
「それもそうだけど、ハード本は嫌いなんよ、寝っ転がって読めんし、じゃ文庫本になるまで待つわ。」

 クリスマスの日
私宛にプレゼントが届いた。「オリンピックの身代金」え?--粋なことするじゃん、あとで恩着せられるけどこの際じっと我慢の私です。(ちなみに私もきんつばのお返ししましたけど・・)

 というわけですけど、お勧めです。面白かったぁ・・
読んでいる間中、私の頭の中は、東京オリンピックに占領されてしまっていた。

<ストーりー>
昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。そんな気運が高まるなか、警察を狙った爆破事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた!しかし、この事件は国民に知らされることがなかった。警視庁の刑事たちが極秘裏に事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ…。「昭和」が最も熱を帯びていた時代を、圧倒的スケールと緻密な描写で描ききる、エンタテインメント巨編。(紹介分より)

 犯人は島崎国生という東大の大学院生だとわかっている。私は犯人が分かっているサスペンスのほうが好きだ。
その何とも言えない頭がよくて、ハンサムで、陰のあるかっこいい島崎にどんどんはまり込んでしまう。
その島崎は「オリンピック開催を妨害します。」という脅迫状を送り付ける。
そして本気であることを証明するために、都内各地で爆破事件を起こす。
警察はトップシークレットで犯人を捜査して行く。
犯人の狙い、それはオリンピックを人質に八千万円の「身代金」を要求するのだ。

ゴールは決まっている、だって東京オリンピックは大成功のうちに、つつがなく行われたんだから・・
結末は分かっているのに、ぐいぐい引き込まれてしまい「次はどうなるの、つぎは?」という興味は最後まで途切れなかった。犯人に同情もあり、犯人のこの先を心配したり。
展開が早く まるで映画を見ているようだった。

昭和39年時点の東京の貧しさ、いや日本の貧しさが、読むうちまるで当時の写真を見ているように描き出されて行き、私はその時代に育ったのに何も知らなかった。
オリンピック工事には期限があり(当然だけど)死者まで出るような過酷な工事にあたる、出稼ぎ労働者。

いつの時代にも貧富の差はある。それを知らしめたくて思いついた今回の計画。

まったく老眼鏡をきれいに拭いてみなければ、よく理解できないような小さい字で、おまけに二段に書いてある。読みごたえはあった。

う~~んそれにしても島崎ってステキ! お勧めです。

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「天切り松 闇がたり」浅田次郎著・・(徳間書店)を読む

2008年12月07日 | 本の事
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 久しぶりに浅田次郎。

浅田次郎贔屓のフルタイムさん薦められたわけではない。
図書館で見つけた本だ。
それというものイリコさんの旦那さんが入院していて 退屈しているんじゃないかと、またしても私のおせっかいで、借りに行ってその時見つけたのだ。

やっぱりいいですねぇ・・・
警察の捜査協力の引き換えにと、留置所に好き好んで入ってきたひとりの老人。
その老人は、大正・昭和・平成と激動の時代を生き抜いた伝説の大泥棒『天きり松』だった。

六尺四方から先へは届かないという低く抑揚のない夜盗の声音の『闇がたり』
その不思議な声音に耳を傾ければ、舞台は留置場から松蔵の子ども時代へ…。

そして 天切り松に深く関わった人々の、義理人情と浪花節に溢れた生き様がとつとつと夜のしじまに語られていく。

私は「第二夜 槍の小輔」の章が特によかった。

振袖おこん 浅田次郎はいい女を描くのがホントうまい。
時の山県有朋の金時計を二度まで盗んで、そのわけは読んでください。
二度目に憲兵に捕まった時山県有朋に「一度ならず二度までも、容易く金に変わるものでもあるまい。無益な事に命を懸ける馬鹿はおらぬわ」

「無益だって?----ふん、いいかい閣下、世の中にゃ銭金より大事なもんが、いくらだってあるんだ、てめえのような長州の芋侍にはわかるまい。どうりで薄ぼんやりと花火を見てやがると思ったら、ハハッ、どんと上って消えちまう無益なもんの有難味を、てめぇは知らなかったんだねぇ。」

無益なものの有難味かぁ なんともカッコいい啖呵・・

読みながら人物や情景が鮮やかに浮かび、古きよき時代の香りを感じられる、人の温かさや哀しさがいっぱい詰まったオムニバス風作品なのだ。

こういう生き方って本当にカッコいい。

そこら辺りでちまちま生きているのが嫌になる。
でも、誰もがこんなに強く生きることはしたくても出来ないのだ。
だからこんなに憧れるのだと思う。

もしお暇なら是非読んでみてください。

「決壊」・・・平野啓一郎著(新潮社)を読む。

2008年10月29日 | 本の事
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 私が見つけた本ではない。
ジンちゃんが、「いやぁ 面白かった、ママさん見る?」
といって貸してくれた本だ。

「平野啓一郎?あぁ 少し前芥川賞もらった人ね、私その時の『日蝕』挫折したのんよ。」
その本だけど、思い起せば 読み始めて2、3ページですくに退屈を覚えて、もの凄く読んでて疲れたし・・。
本なんて 読んで、心を洗ってくれたり、しばし幸せを感じさせてくれたり、時を忘れさせてくれたり、と感動させてくれたりしなくては誰も読まないわ、そう思った。

そしてやたら変な漢字が多い、三島由紀夫に憧れてる?冗談じゃない、三島はモットすんなり本の中に入り込めた。
ぶつぶつ言いながら 再度挑戦。
う~ん 折角「文藝春秋」買ったのに、読ますに廃棄か?勿体ない。
さらに気を取り直して挑戦。
でもこれを読み始めると、眠たくなりついに挫折。

こういったらジンちゃんが「わたしも日蝕はあまりお奨めできないけど、でもこれは面白い、嫌なら辞めてもいいんだけ、読んでみて。」

というわけで、読み始めました。
結論から言うと、非常に面白かったです。
自慢じゃないけど、横になったらすぐ寝てしまうこの私が、寝る間も惜しんで一気に 読んでしまいました。ジンちゃん有難うございました。

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この物語は、現代社会において今 毎日のように起こっている、あらゆるすべての事件をこの中に込めたものだと思う。
例えば 心の闇、残虐な犯罪、少年犯罪、報道、報道を名のるワイドショー、被害者・・・すべてが抽象的には無関係であり得ないからこそ、日常的には無関係になっている、、そのようなものばかり・・

そして中でも注目するのは、「幸せになりたい」という、至極普通の善良な願望も、社会や国の教育方針が追求した果てには究極の「悪」を生んでしまうという救いようもない矛盾。

だから、一見平和を装っている日本社会は 「教育」とか「治安」とかをいまさらどうこういじっても、もはやどうにもならない次元にまできているという事なんじゃぁないだろうか・・

生意気にも ネット生活にすっぽりと嵌り込んで、暇をつぶしている私に 明日はわが身 を思い出させる物語だった。

読み始めは またも?くだくだとシツコクと思えるが だんだんとはまり込んでしまい、中盤当たりから、途中で辞められなくなる物語です。

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