おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「オリンピックの身代金」 奥田英朗

2008年12月09日 | あ行の作家
「オリンピックの身代金」 奥田英朗著 角川書店 (08/12/09読了)

 いやぁ、面白かった。今までの作品では、圧倒的に短編の方が面白かったので、私の中では「奥田英朗=天才的な短編作家」と定義していましたが、それは大きな間違いでした。長編も天才的です。しかも、短編とは全く質の違う面白さを提供してくれるという点で、改めて、奥田英朗という作家の奥深さを実感したのでした。

 超脱力系アテネオリンピック観戦記「泳いで帰れ」(光文社文庫)には思い切り笑わせてもらったので、勝手に「スポーツファン・オリンピック好きの奥田英朗による楽しく明るいスポーツミステリー」を想像していましたが、実際には、結構、重めの小説です。東京オリンピック開幕前夜の東京を舞台に、国の威信をかける警察と、五輪効果で民衆にくすぶる不満を誤魔化そうとする国家に一人反旗を翻すことを思い立った東大生・島崎国男の戦いです。巧妙だなと感心してしまったのは、かなり冒頭の方から東大生が犯人であることはわかっているのですが、それでもなお、ミステリーとしてのスリルを味わえること。そして、もう一点は、章ごとに警察側と東大生・国男と語り手が入れ替わるのに合わせて、読み手が警察側にもテロリスト側にも肩入れしながら読めるように書かれているということです。

 そしてミステリーの本筋には関わらないことですが、改めて、昭和という時代について考えさせられる小説でした。日本が、こんなに豊な国になったのって、本当に、まだ、最近なんだなぁと。今年の北京五輪の開催前の中国の様子について「まるで、五輪開催直前の日本のような光景」という趣旨の報道がありましたが、その意味が、いま一つ、実感として理解できなかったのです。でも、この小説を読むと、五輪前の日本は、まだ「戦後」を引きずった貧しい国で、インフラも整わず、労働者の権利という概念すら行き渡っておらず、集団就職、出稼ぎが当たり前だったのですね。私は、その時代を知っている親に育てられた世代で、豊かであることに感謝しなけれぱならないということを家庭でも、学校でも教えられてきました。しかし、本当の貧しさを実体験していない私たちの世代が、今や親世代となり、豊であることが当たり前になってしまった日本がどこに行こうとしているのか-問いかけられているような重さがありました。最近、ワーキングプアという言葉や、東京と地方の格差問題が取りざたされていますが、実は、それって、戦後ずっーと日本が抱え続けていて、解決できずに(というよりも、少しずつ大きくしながら)持ち越してきた問題なのかもしれません。

 ハードカバーで買う価値、十二分にあり。
 でも、そろそろ、奥田さんの脱力エッセイやちょっと痛いところを突かれるような短編も読みたいものです。