温泉クンの旅日記

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温流入浴法

2006-04-30 | 温泉エッセイ
< 温流入浴法 >

 行きたくてしょうがなかった温泉には、チェックインの時間のはるか前に
到着してしまう。公共系では時間前にはまず入れてくれないが、
一般の旅館ならたいてい案内してくれる。

「やあー、どうもお世話になります」、「えーと夕食ですか、一番早い時間で結構です」。

 案内された部屋で床の間を背に座布団にどっかりと座り、丁寧な挨拶と
問いにそう返すと、お茶の仕度をしている仲居さんに、
こちらのお決まりの質問を矢継ぎ早に繰りだす。
温泉はもうはいれるのですか、二十四時間オーケーですか、共同浴場なんか
近くにありますか、朝は何時まではいれるのですか・・・。

 窓外の景色に思い入れたっぷりげの視線を投げて、淹れてくれたお茶を
啜りながら煙草をとりだして一服つけて深ぶかと吸い、くつろぐ旅人を装う.
(あー早く部屋を出て行ってくんないかなあ・・・)



 温泉旅館に到着すると無邪気な子どもに帰ってしまう。
 はやく温泉にはいりたい、と心が逸って抑えるのが容易ではない。
 部屋を仲居さんが出るやいなや、マーチを口ずさみながら数秒で浴衣に
着替える。早脱ぎ関東大会があるなら、ベストテンは間違いないところだ。
 座敷には脱いだ服がごみのように散乱しているが、あとでやるから、と自らに
言い訳して、破ったビニール袋から取り出した真新しいタオルを手に
浴場に向かう。優雅に歩をすすめているつもりだが、他人が見ると
スキップしているかもしれない。

 脱衣所の籠にまたも脱ぎ投げ散らかして、タオルを手に浴室の扉に
手をかける。わざわざ、タオルを手にと書いたのは、気が急くあまりに
持たずに浴室に入ったり、日帰りのときだが靴下の片方を前に当てて
湯舟までズンズン歩いてしまったりしたことが本当にあるのだ。


 ただよう温泉成分を嗅当てながら小走りで洗い場に向かい、ざっと体を洗う。

 湯が静かにあふれでている浴槽の横にしゃがむと、木桶で湯を汲み
両方の足先にかける。下半身から上半身へと丁寧に温泉を何杯かかけて、
湯舟にゆっくり浸かる。

 悩みもストレスもみるみるうちに溶けだして、満足感と解放感から
浮かぶ笑みを抑えるのに苦労する。首まで沈めると、だらりと体の力を抜いて
しばらく温泉の、「奴」の好きにさせるのだ。肌の脂を溶かす奴も数多くいる。
 強い奴は肌にがぶりと噛みついてくる。弱い奴は肌理をじわじわ浸透してくる。
掌で掻き寄せて肌に塗りこむようにする。
 その肌触りで泉質の呟きを感じ取る。軽くひと掬いした湯で顔をぬぐう。

 うーむあーうーと、我慢していた喜悦の声はここらで洩らせばいい。

 一掬での顔拭い、このときに温泉の匂いを存分に鼻から味わうのが
肝心である。循環で塩素殺菌されていない、できるだけピュアな源泉が
望ましい。鼻から味わうとき、間違ってもお湯を鼻から吸ってはいけない。
 絞った濡れタオルを畳んで頭にのせれば、手軽な極楽境地の端っこに
確かにオレは居るなと実感できる。早い話が単なる温泉中毒症状だ。

 適当に温まったところで露天風呂に向かう。ボーっとして扉を間違えて
通りに出てはいけない。火照ったからだを外気で冷ます。露天からの
大自然の眺望は転地効果を高めてくれる。

 内風呂に戻り短めに浸かって、仕上げに十杯ほど掛け湯をする。
 源泉の成分をタップリ含ませたタオルを絞り、軽く体をぬぐって
ひと入浴の終わりである。

 べつにここまでは普通のひととあまりかわらない入浴である。

 しかしこの一連の入浴手続きを1セットとして、宿に到着直後・夕食前・
夕食直後・就寝前・起床直後・朝食直後、と最低6セットはこなすのである。
 直後がやたら多いのは、混んでいない時間帯なのだ。宿泊の6セットに、
日帰り温泉が一日あたり必ず二つ以上加わるのである。

 これが温泉中毒である「温流」の入浴法であり、ひとには勧めることはしない。
何故って湯当たり必定であるから。

 なにしろ経験から言うのだから間違いはない。

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