<馬頭温泉 栃木・那須(1)>
宿の入り口前の駐車場に乗り入れると、桜が満開の、まるで笑顔といった感じで出迎えてくれた。
横浜の桜はいつもより早く咲いたせいで満開を過ぎてもう散り始めていたが、北関東はいまが見ごろのようである。
そういえば去年の桜も、奇しくも同じ栃木県で迎えたことを思いだす。
今回の旅では、観光のベース基地としての宿泊なのでとにかく宿賃が安いところを探した。あいにくの休前日泊だが、できれば朝食付きで一万円以下で泊まりたい。しかし、この地域は温泉フグを名物にしているところから二食付きだと相当ふんだくられる。そして、飲食店が極めて少ないから外での夕食が難しい。そうして白羽の矢を突き立てたのが、この南平台温泉ホテルだったのだ。
ちょいと違うが路銀が嵩む北海道旅をするときに、宿賃の総額を安くあげるために、宿泊でき食事もとれる日帰り温泉施設をちょいちょい利用する、極めて有効な<テ>なのだ。とにかく北海道の日帰り温泉のレベルはどこも<ド外れて高い>のである。
夕方になる前に、宿泊客に配布された利用券を手に、目の前にある別棟の日帰り温泉施設「観音湯」の休み処に向かった。
温泉が目的ではなく、ラストオーダーが早い営業時間までに飲食をすませるためだ。百席以上ある広間だった。今日の運転はもう不要なので、とりあえずウーロンハイとところてんを注文した。
好物の冷たいところてんをつまみに呑みながら思いだす。
「馬頭温泉・・・めずおんせん、か」
温泉に狂い始めた遠いあのころ、地図をみれば<温泉>がついたあちこちの地名に眼が反射的に吸い寄せられていた。
馬頭の文字をみた瞬間、地獄の獄卒「牛頭馬頭(ごずめず)」という言葉が頭に甦ったのだ。そうしてついでに、高名な映画プロデューサーが朝目覚めると傍らに自慢の愛馬の首を発見し驚愕するゴッドファーザーの一場面も。
お代りと、たこ焼きを追加した。
牛頭馬頭のことをわたしが初めて知ったのは、漫画「刺客・子連れ狼」だった。銅太貫(どうたぬき)を携えた、主人公の元公儀介錯人で水鴎流斬馬刀(すいおうりゅうざんばとう)の達人「拝一刀(おがみいっとう)」は一殺五百両で刺客を引きうける。
刺客依頼するときに、依頼主は冥府の羅刹の牛頭馬頭が描かれた六道護符を街道沿いの古刹に貼りだす。一刀は受ける証として道中陣を残す。依頼主はそれを辿って一刀に会う・・・。
あとで馬頭(ふつうに「ばとう」と読む)という地名は、この地を訪れた水戸黄門(徳川光圀)が馬頭院にちなんで名づけたと知った。
広間を見渡すと、呑んだくれているのは胴間声で地元弁を怒鳴るように喋るおっちゃんと静かに呑むわたしの二人くらいである。つまみにもなる焼きそばで三杯目を呑み切ると切りあげて部屋に帰ることにした。
「えっ、しまった。四合瓶を呑み切っている!」
朝、目を覚まして愕然とした。部屋に戻ってから、持ち込んだつまみで呑みだしたところまでは覚えているが、あとは朧。たしかに地酒の純米大吟醸「天鷹 心」はきりっとした辛口で呑みやすかったが・・・。
「いいかオマエラ、覚えておけよ。酒とオンナは二合(二号)までだかんな!」
そういう自分は大嘘つきだろうくらい酒への自制がゆるゆるだった先輩の、酒席でのたまう言葉を仲間は苦笑しながら聞き流した。けだし金言なり、と今朝はしみじみ思う。
― 続く ―
→「栃木・黒羽 雲厳寺」の記事はこちら
→「柏倉温泉、桜花爛漫の宿(1)」の記事はこちら
→「柏倉温泉、桜花爛漫の宿(2)」の記事はこちら
→「柏倉温泉、桜花爛漫の宿(3)」の記事はこちら
→「柏倉温泉、桜花爛漫の宿(4)」の記事はこちら
宿の入り口前の駐車場に乗り入れると、桜が満開の、まるで笑顔といった感じで出迎えてくれた。
横浜の桜はいつもより早く咲いたせいで満開を過ぎてもう散り始めていたが、北関東はいまが見ごろのようである。
そういえば去年の桜も、奇しくも同じ栃木県で迎えたことを思いだす。
今回の旅では、観光のベース基地としての宿泊なのでとにかく宿賃が安いところを探した。あいにくの休前日泊だが、できれば朝食付きで一万円以下で泊まりたい。しかし、この地域は温泉フグを名物にしているところから二食付きだと相当ふんだくられる。そして、飲食店が極めて少ないから外での夕食が難しい。そうして白羽の矢を突き立てたのが、この南平台温泉ホテルだったのだ。
ちょいと違うが路銀が嵩む北海道旅をするときに、宿賃の総額を安くあげるために、宿泊でき食事もとれる日帰り温泉施設をちょいちょい利用する、極めて有効な<テ>なのだ。とにかく北海道の日帰り温泉のレベルはどこも<ド外れて高い>のである。
夕方になる前に、宿泊客に配布された利用券を手に、目の前にある別棟の日帰り温泉施設「観音湯」の休み処に向かった。
温泉が目的ではなく、ラストオーダーが早い営業時間までに飲食をすませるためだ。百席以上ある広間だった。今日の運転はもう不要なので、とりあえずウーロンハイとところてんを注文した。
好物の冷たいところてんをつまみに呑みながら思いだす。
「馬頭温泉・・・めずおんせん、か」
温泉に狂い始めた遠いあのころ、地図をみれば<温泉>がついたあちこちの地名に眼が反射的に吸い寄せられていた。
馬頭の文字をみた瞬間、地獄の獄卒「牛頭馬頭(ごずめず)」という言葉が頭に甦ったのだ。そうしてついでに、高名な映画プロデューサーが朝目覚めると傍らに自慢の愛馬の首を発見し驚愕するゴッドファーザーの一場面も。
お代りと、たこ焼きを追加した。
牛頭馬頭のことをわたしが初めて知ったのは、漫画「刺客・子連れ狼」だった。銅太貫(どうたぬき)を携えた、主人公の元公儀介錯人で水鴎流斬馬刀(すいおうりゅうざんばとう)の達人「拝一刀(おがみいっとう)」は一殺五百両で刺客を引きうける。
刺客依頼するときに、依頼主は冥府の羅刹の牛頭馬頭が描かれた六道護符を街道沿いの古刹に貼りだす。一刀は受ける証として道中陣を残す。依頼主はそれを辿って一刀に会う・・・。
あとで馬頭(ふつうに「ばとう」と読む)という地名は、この地を訪れた水戸黄門(徳川光圀)が馬頭院にちなんで名づけたと知った。
広間を見渡すと、呑んだくれているのは胴間声で地元弁を怒鳴るように喋るおっちゃんと静かに呑むわたしの二人くらいである。つまみにもなる焼きそばで三杯目を呑み切ると切りあげて部屋に帰ることにした。
「えっ、しまった。四合瓶を呑み切っている!」
朝、目を覚まして愕然とした。部屋に戻ってから、持ち込んだつまみで呑みだしたところまでは覚えているが、あとは朧。たしかに地酒の純米大吟醸「天鷹 心」はきりっとした辛口で呑みやすかったが・・・。
「いいかオマエラ、覚えておけよ。酒とオンナは二合(二号)までだかんな!」
そういう自分は大嘘つきだろうくらい酒への自制がゆるゆるだった先輩の、酒席でのたまう言葉を仲間は苦笑しながら聞き流した。けだし金言なり、と今朝はしみじみ思う。
― 続く ―
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