<たい焼き、老舗 VS 古本屋>
「天然のたい焼き」という言葉をご存じだろうか。わたしはまったく知らなかった。
たい焼きの「焼き型」には、一匹ずつの型と、複数匹を一遍に焼きあげる型の二種類あるそうだ。たい焼きの通人たちは前者で焼いたたい焼きを「天然もの」、後者を「養殖もの」などと区別して呼ぶらしい。天然と養殖は、焼き方の違いで皮の焼きあがりが異なり、したがって火の通り方によって味も違うという。
わたしはたい焼きの通でも甘党でもないのだが、最近、どういうわけか立て続けにたい焼きを食べてしまった。もちろん、二つとも天然もののたい焼きだ。
まずは一軒目。
新宿に用事があったが時間が早かったので四ツ谷駅で降りた。四谷見附の交差点から国道二十号いわゆる新宿通りの左側を新宿方面にトコトコ歩き最初の信号手前の路地をひょいと左に入る。
五十メートルほど先の右側にその店はあった。
(だいぶ前に甘党の同僚から教わった道順の通りだったな・・・)
しめた。膝が脱力するような行列もなく、店のなかの卓も二つしか埋まっていない。
「わかば」は、麻布十番の「浪花屋総本店」、人形町の「柳屋」と並ぶ東京のたい焼き御三家の一軒である。駄菓子屋としてのちにたいやき屋に形態を変えた。昭和二十八年(1953年)創業だから六十年を超す老舗である。
「たい焼きを一個ください。ここで食べていきます」
一尾百五十円也。本物の魚の鯛じゃあるまいし、数え方に「尾」とか「匹」にこだわる店もあるがナニそんなの気にする必要もない。「ひとつ」とか「一個」とか「一枚」とか好きに注文すればいいのだ。
お茶を自分で入れて、さて久しぶりに食べてみる。癖で尻尾から齧り付く。
「甘っ!」
ぱりっとした皮は好みだが、ずっしり甘すぎる餡子が入り過ぎでとにかく甘甘だ。辛党なので、最初のひと口で噛みしめる口中のなかの餡子の甘さと皮の味の塩梅にこだわってしまう。皮の旨みにたいして餡子が勝ち過ぎてしまっている。それも後を引く濃い残る甘さに次のひと口が加わって倍増するからたまらない。
そういえば男性一人客が二個のった皿を溜息ついて持て余しているし、一個ずつ食べている年配カップルも一休み入れてお茶ばかり飲んでいる。
なんとか半分まで食べすすめ、残りを気合いで口に押し込みお茶で流し込んだ。多すぎる餡子をすこし減らして値段を下げて欲しい、と思うのはわたしだけなのだろうか。この日、昼食は胸やけして抜いてしまった。
さて、二軒目は佐原にある古本屋がやっているたい焼き屋である。
香取街道に架かる忠敬橋を渡った先、五十メートルくらい行った左側にあった。蕎麦の小堀屋本店の別館ビルの真正面である。
つい先ほど入った甘味処のご主人から「ぜひとも食べていってください」と強く勧められた店「古書 武雄書店」である。
「たい焼きを一個ください」
一尾、百十円也とまずは、値段は良しだ。
食べるスペースはないので川沿いのベンチまで持っていき、袋を広げる。
老舗のたい焼きと比べるとコゲが多い景色はいまいちだが、どっこいわたしはコゲているくらいが好きだ。
いつものように尻尾から齧り付く。
(おぉ・・・このパリパリ感と餡子の甘すぎない味と量のほどよさはどうだ!)
こいつは旨い! 皮と餡子のバランス、最高。
蕎麦を二枚に既に甘味も食べているからけっこう腹一杯なのだが、もうひとつ食べてもいいくらい旨い。
なるほど、あのご主人が絶賛していた「とにかく見てくれはひどく悪いが、日本一旨いからね」に素直に納得する。うーむ、食べてホントよかった。
この古本屋のたい焼き部門だが、通年営業ではなく夏場はやっていないそうなので要注意。
繰り返すようだが、たい焼き通でまるでない辛党の、わたしの独断と偏見なので目くじら立てないようにお願いする。
「天然のたい焼き」という言葉をご存じだろうか。わたしはまったく知らなかった。
たい焼きの「焼き型」には、一匹ずつの型と、複数匹を一遍に焼きあげる型の二種類あるそうだ。たい焼きの通人たちは前者で焼いたたい焼きを「天然もの」、後者を「養殖もの」などと区別して呼ぶらしい。天然と養殖は、焼き方の違いで皮の焼きあがりが異なり、したがって火の通り方によって味も違うという。
わたしはたい焼きの通でも甘党でもないのだが、最近、どういうわけか立て続けにたい焼きを食べてしまった。もちろん、二つとも天然もののたい焼きだ。
まずは一軒目。
新宿に用事があったが時間が早かったので四ツ谷駅で降りた。四谷見附の交差点から国道二十号いわゆる新宿通りの左側を新宿方面にトコトコ歩き最初の信号手前の路地をひょいと左に入る。
五十メートルほど先の右側にその店はあった。
(だいぶ前に甘党の同僚から教わった道順の通りだったな・・・)
しめた。膝が脱力するような行列もなく、店のなかの卓も二つしか埋まっていない。
「わかば」は、麻布十番の「浪花屋総本店」、人形町の「柳屋」と並ぶ東京のたい焼き御三家の一軒である。駄菓子屋としてのちにたいやき屋に形態を変えた。昭和二十八年(1953年)創業だから六十年を超す老舗である。
「たい焼きを一個ください。ここで食べていきます」
一尾百五十円也。本物の魚の鯛じゃあるまいし、数え方に「尾」とか「匹」にこだわる店もあるがナニそんなの気にする必要もない。「ひとつ」とか「一個」とか「一枚」とか好きに注文すればいいのだ。
お茶を自分で入れて、さて久しぶりに食べてみる。癖で尻尾から齧り付く。
「甘っ!」
ぱりっとした皮は好みだが、ずっしり甘すぎる餡子が入り過ぎでとにかく甘甘だ。辛党なので、最初のひと口で噛みしめる口中のなかの餡子の甘さと皮の味の塩梅にこだわってしまう。皮の旨みにたいして餡子が勝ち過ぎてしまっている。それも後を引く濃い残る甘さに次のひと口が加わって倍増するからたまらない。
そういえば男性一人客が二個のった皿を溜息ついて持て余しているし、一個ずつ食べている年配カップルも一休み入れてお茶ばかり飲んでいる。
なんとか半分まで食べすすめ、残りを気合いで口に押し込みお茶で流し込んだ。多すぎる餡子をすこし減らして値段を下げて欲しい、と思うのはわたしだけなのだろうか。この日、昼食は胸やけして抜いてしまった。
さて、二軒目は佐原にある古本屋がやっているたい焼き屋である。
香取街道に架かる忠敬橋を渡った先、五十メートルくらい行った左側にあった。蕎麦の小堀屋本店の別館ビルの真正面である。
つい先ほど入った甘味処のご主人から「ぜひとも食べていってください」と強く勧められた店「古書 武雄書店」である。
「たい焼きを一個ください」
一尾、百十円也とまずは、値段は良しだ。
食べるスペースはないので川沿いのベンチまで持っていき、袋を広げる。
老舗のたい焼きと比べるとコゲが多い景色はいまいちだが、どっこいわたしはコゲているくらいが好きだ。
いつものように尻尾から齧り付く。
(おぉ・・・このパリパリ感と餡子の甘すぎない味と量のほどよさはどうだ!)
こいつは旨い! 皮と餡子のバランス、最高。
蕎麦を二枚に既に甘味も食べているからけっこう腹一杯なのだが、もうひとつ食べてもいいくらい旨い。
なるほど、あのご主人が絶賛していた「とにかく見てくれはひどく悪いが、日本一旨いからね」に素直に納得する。うーむ、食べてホントよかった。
この古本屋のたい焼き部門だが、通年営業ではなく夏場はやっていないそうなので要注意。
繰り返すようだが、たい焼き通でまるでない辛党の、わたしの独断と偏見なので目くじら立てないようにお願いする。
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