温泉クンの旅日記

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旅の朝

2006-08-30 | 旅エッセイ
  < 旅の朝 >

 遮光カーテンを細めに開けてあったところから、朝の柔らかな日差しがあふれて
十畳の部屋を思いのほか明るく満たした。布団に届いた日差しに包まれて眼を覚ま
す。
 薄目をあけて窓を見やると、レースのカーテンの向こうに秋の澄んだ青空があっ
た。

(うんー、起きるぞー! せえーのー、よし!)

 口に出さずに掛け声をかけると、一動作で起き上がって窓に歩く。高血圧のせい
もあるが、旅先での寝起きはいい。ことに青空のときはべらぼうによろしいのだ。
きっと心のなかにも空があって、抜けるような青い空をいつも心待ちにしているの
だろう。あるいは本物の空に心の空が素直に同調するのかもしれない。
 他の部屋を気遣って窓のカーテンをゆるゆると静かに全開にすると、窓ガラスも
全開にして風をいれ、こもった空気を入れ替える。

 島々を浮かべた紺青の穏やかな鳥羽の海を、漁船たちがあちこちで波を蹴立てて
白い軌跡を残して静かに疾駆している。ホテルが高台にあるので音は聞こえてこな
い。風向きのせいかもしれない。ゆっくりと眺望を楽しむ。空のあかるい青と海の
濃い蒼でこころよく眩んだ眼を、目の前の島に広がる木々の緑でひととき休めた。



 部屋に振りかえると、朝の光の中でテーブルを中心にいろいろととり散らかって
いる。
 まずは、布団の枕元に置いたいっぱいになった灰皿を窓際の小机の上のきれいな
ものと取り替えて、深々と一服した。時計をみると六時である。もう浴場もあいて
いる。

 煙草消すと、作業にとりかかる。
 缶やペットボトルの呑み残しを洗面所で流し、テーブルの一箇所にまとめた。水
割りに使った湯呑を軽く洗う。

 フルーツ牛乳の紙パックがあり、おやこんなもの飲んだかなと首を傾げる。そう
いえば真夜中に外のトイレに行った帰りに買ったことを思い出す。飲み残しをちゅ
うちゅう音立てて吸い尽くし、ゴミ箱に投げ入れた。こっそり持ち込んだ、つまみ
類や半分ほど残ったペットボトルとともにコンビニの袋にいれザックに収める。
パリパリ、カシャカシャと袋たちがあげるやかましい鳴き声が朝の静謐の底を破
る。焼酎の瓶の口を締めて確かめこれもザックへ。昨日の番組表とか紙くずを小さ
くまとめてゴミ箱に捨てた。昨夜持ち帰って食べたおにぎりのパックは、小さな
ゴミ箱に入りきれないので、途中のコンビニで捨てるべくザックにしまった。

 広げた道路地図をていねいに折りたたみ、旅の雑誌にはさんだ。
 上掛け布団の、寝相の悪さによりはずれたり乱れたりしたカバーを軽く直す。
枕のへんとシーツに抜けた髪の毛を、長いものだけゴミ箱にいれると、あとはとり
あえず枕と手で振り払う。部屋の清掃をするひとの仕事をとるつもりはさらさらな
いから、多少の手を抜くのである。いったん昨夜の寝る前の状態に復元したうえ
で、思い切り枕側の半分を折り返してしまう。

 ざっとチェックする。そうだ、陽の光で充分明るいから蛍光灯ももったいない。
消しておこう。ヨシ、これで布団上げかなにかで、いつ合鍵使って突然ドアをあけ
られてもだいじょうぶ。
 ふと思う。どちらかと言うとだらしない性格のわたしが、いったいいつごろから
こんなふうにマメになったのだろうか。わたしを知っている人がこんなところを
みたら笑われるだろう。

 ・・・たぶんアレのせいだと思うのだ。出張先のビジネスホテルで迎えた朝、
ティーバッグの日本茶を飲みながらみた「このお部屋はXXXXが掃除いたしまし
た。お気づきの点があれば・・・」とか清掃した担当者の氏名が日付いりで書かれ
たカードである。近頃、野菜なんかも作ったひとの名前や写真などがついたりし
て、あれってかなりの安心感を与えてくれる。このカードもそれに通じるものがあ
る。ふーん、わたしの部屋はXXさんがきれいに掃除してくれたんだ、連泊だか
ら、たぶん明日も明後日もきれいに掃除してくれるんだろうな。次回にここへ出張
したときもまたお世話になるかもしれない。顔をしらないのにXXさんが不思議に
旧知のひとのような気分になってくる。

 XXさんはなん部屋も掃除するのだろうな。なかにはビール缶や灰皿をひっくり
返したような、ゲゲーッこんな仕事もうイヤと思うような部屋もあるに違いない。
 そうだ自分の部屋だけでも楽をさせてやろうではないか。なるべくさりげな
く。・・・とまあ、あいまいだが始まりはきっとこんなことだったような気がす
る。酒盛りセットを持ち込みしている罪悪感もちょっとはある。

 いまではホテルに限らず泊まったところでは無意識に必ずきれいにしてしまうの
だ。
 ところで、引越会社のトラックの後ろにも運転手の名前がはいっているのを見か
けるが、あれも運転手の自覚を促し事故防止と安全運転にきっと役立っていること
と思う。できれば大型トラックはみんなやってほしいものだ。

 さあ、洗面をかねて朝風呂といこう。
 タオルとキーと煙草を手に浴場に向かった。
 フロントで剃刀をもらい、シャワーで髭をそった。温泉はあいかわらず洗剤っぽ
いのが浮いているのでやめておく。温泉にきてシャワーだけというのも珍しいこと
だ。
 部屋に戻ると、もうあの温泉にいくこともないので着替えた。脱いだ浴衣はそれ
なりに畳んで帯でクルクル巻いて乱れかごに収めた。

 腹が減った。
 朝食は七時半からのスタートである。旅先ではいつも夜は呑むほうを優先するか
ら、結果として朝はすきっ腹となる。だから、一番早い朝食の時間を選ぶのだ。
 七時半ちょうどに一階の海に面した食堂へ行き、ひとり用のお櫃いっぱいのご飯
を、目の前で干物が焼きあがる前にたいらげた。たっぷりの睡眠とオーシャンビュ
ーの絶景で食欲は旺盛である。

 朝食を食べるといったん部屋に戻りテレビのニュースを流しながら、金庫のなか
をチェックし、荷物を最終確認してザックとバッグとパソコンケースを出口のそば
に固めて置くと、また道路地図を広げた。
 今日の経路の検討である。国道を使って、ゆっくり名古屋方面に向かうと決め
た。時計を睨み出発時間を心に決めると、きれいなほうの灰皿を持って、窓際の椅
子に座りぼんやり海をみながらしばし青と蒼の氾濫に心をとき放ち、空っぽになっ
て、煙草を二本ほど灰にした。

 出かける前に念のため最後のトイレを済ませて戻ると、荷物をかつぎ部屋のあち
こちを指差し確認してフロントへ行き、チェックアウトを済ませた。
 九時、まず夫婦岩で有名な二見浦をいってみることにしてナビを手早くセット
し、トリップメーターがゼロにクリアしているのを確認すると、ギアをドライブに
叩き込んだ。

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