温泉クンの旅日記

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崖の湯温泉 長野・松本

2006-08-02 | 温泉エッセイ
  < 順番 >

 初めてはいった飲食店で、注文した料理があまりにも遅いとトットと帰ってしま
う。先払いのときだけは、とりあえず食べるが二度とはいかない。まして、後から
きた客に先に運ばれたりすると、その不愉快さがアトを引く。注文と違う料理が運
ばれた日には、時間がきた間欠泉のように頭から湯気が噴出するほどだ。

 心が狭いだ短気だというより、飲食店はそういうところが大事であり基本だ、と
わたしは思うのだ。
 そういう、変に意固地なところがある。



 信州の秘湯、崖の湯温泉は薬師平ホテル。無色透明、泉質は明礬泉であっさりし
すぎてものたりないが、高台にあるので露天からの北アルプスの開けた眺望がなか
なか素晴らしい。ただし露天風呂は二畳ほどの広さもない。



 夕食は別棟の、合掌造りの「合掌庵」という食堂だった。
 山菜料理や自分で焼いた信州牛を肴に、熱燗をしこたま呑んだ。



「最後のお食事ですが、三通りございます。ご飯とお吸い物、ご飯とお蕎麦、お蕎
麦だけとなっていますが・・・どういたしましょうか」
 妙に若作りした仲居さんに聞かれ、蕎麦好きのわたしは迷わず答える。
「じゃあ、お蕎麦だけでお願いします。それと熱燗をもう一本」
「お蕎麦、それに熱燗一本追加ですね。かしこまりました」
 若作りはメモを復唱すると、ついでに隣の卓でも同じ質問を繰り返していた。

 隣の熟年カップルもお蕎麦にしたようだった。信州だもん、やっぱり蕎麦よね。
そんな会話も衝立ごしに聞こえた。男のほうが若作りに、小さいお結びを二個、
夜食用にと強引に頼みこんでいる。

 男は旅館の浴衣ではなく、自前であろう新品の作務衣を着ている。ふーん、温泉
では浴衣のほうが断然便利なはずだが、ひとそれぞれであろう。このオトコ寝相が
悪い、とみた。チラリとみたが、女は浴衣であった。ここの温泉は思ったよりたい
したことないな、やっぱり純粋な源泉掛け流しでないとね。などと作務衣が講釈を
たれている。

 追加の熱燗をコップでチビチビやっていると、隣の卓に蕎麦が運ばれた。運んだ
のはもちろんあの若作りの仲居である。
 ズッズズー、ズビズバー、さっそく男のほうが勢いよく蕎麦を啜りこむ。音から
察すると蕎麦通でもあるのか。連れの女のほうも静かに食べ始めているようであ
る。

(ケッ、こっちのほうが先だろうが・・・まったく。あの仲居もしょうがねえな)

 酒を追加して正解だったな。煙草に火をつけて、コップのなかの酒の分量をみつ
める。呑み干して「もう、食事はいらない」と席をけりたい衝動が湧いては消え
る。蕎麦好きだから、ここのを試してみたいのだった。それに、コンビニに寄って
こなかったのでツマミも非常食のカップ麺も買ってこなかったから、いま食事をと
らないと明日の朝食まで待たねばならない。それもヒモジイ。夜食用にお結び、と
いうのも作務衣の真似もしたくない。

 若作りが隣の卓にデザートを運んできた。
(まあだ、思い出さないのか、オマエさんは。バカ作り、か)
 血管切れそう・・・限界である。
「ねえ、こっちの蕎麦、まだ、かな」
「あ、あらー、たいへん申し訳ありません。いま、すぐにお持ちします」
 ごく普通に喋ったつもりだが語気がどこかしら荒かったようで、ぎょっとした顔
で若作りがあわてて下がる。

 やっと蕎麦が小走りで到着した。
 吸い物椀に蕎麦をいれ、冷たいツユをたっぷりかけてある。薬味はなく、蕎麦の
うえにわさび漬けがひと匙ほど載っている。ツユはまあまあ。蕎麦は、チキンラー
メンと同じような細さと食感でどこか親しみがあり、悪くはない。ところどころ不
揃いな細さがあるのは手切りだからであろう。しかし、わさび漬けの酒粕の味と香
りが蕎麦の邪魔をする。もう一杯、わさび漬けなしで食べたくなる。不思議な蕎麦
だ。わさび漬けは別皿のほうが絶対いい。

「えー、なんで、こんなでっかいの」
 若作りが運んできた、皿に載った超特大のお結び二個をみて、作務衣が素っ頓狂
な声をあげた。
「小さいの、って言ったのに・・・それにすぐ食べないし、部屋に持ち帰るから
ラップしてよ」

 お前も被害者か。若作りは、とにかく忘れっぽいから。でも、そんなでかいの夜
食で喰ったら腹がモタレテ眠れんぞ。
 横目で盗み見ながら、咳払いをして、わたしは必死に笑いをこらえた。
 そういえば、ここの温泉の泉質はとくに胃腸によろしかったんだよね、温泉通
アーンド蕎麦通の作務衣のダンナ。

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