風の向くまま薫るまま

その日その時、感じたままに。

AC/DC [Whole Lotta Rosie] 1977

2016-06-18 05:28:47 | 今日のメタル









オーストラリア、シドニー出身。

むくつけき野郎どもによる、汗臭い直球のタテノリ・ロックンロールは、ハード・ロックが苦戦を強いられた70年代後半においても、ジャンルを超えた幅広い支持を受け、世界的なバンドへと飛躍していきました。

レコード売り上げが確か、マイケル・ジャクソンに次いで世界第3位だったかな。とにかく全世界的に途轍もない人気を誇るバンドなのですよ。

ところがこの日本では、長いこと人気が振るわなかった。70年代後半といえば、日本ではキッス、エアロスミス、クイーンが「三大バンド」としてもてはやされておりましたが、このAC/DCに目を向けた人たちは、ごく一部を除いてほとんどおりませんでした。

パッと見、とてもロック・スターには見えないルックスが、日本ではかなりのネックとなっていたのでしょうかね。やっぱり、ルックスは大事です、かね?


ここ10年くらいでしょう。ようやくAC/DCが評価されはじめたのは。まあ、世界的に人気があるからといって、日本でも人気がでなきゃいけないってことはないですがね。

日本人は日本人の感性で選べば良いのですから。



映像は77年、故ボン・スコットがヴォーカルをとっています。ギターのアンガス・ヤングの半ズボンにカバンを背負った「小学生スタイル」は、いまだに健在。

これもまた、日本では受け入れられなかった原因の一つかな(笑)


最近では、2代目ヴォーカリストのブライアン・ジョンソンが心臓疾患のため歌うことができなくなり、代わりになんと!ガンズ・アンド・ローゼスのW.アクセル・ローズがヴォーカルを務めてライヴを行うとか。

なにかと話題の昨今です。

聖域の森 ~その4 日本人は森の神を殺したか?②~

2016-06-17 04:40:49 | 雑論





古代メソポタミアの伝説的な王ギルガメッュの物語、「ギルガメッシュ叙事詩」には、英雄ギルガメッシュは森の精霊フンババを殺し、巨大な杉の木を伐り倒す、という件があるそうな。

巨大な杉の木とは、御神木のようなものでしょうか。精霊が守り、神宿る御神木を伐り倒すなどと、

なんと不敬で

恐ろしいことをしたものか……。






農耕の普及とともに、人々の間には階級差や貧富の差といった、社会内格差が生じ始めます。

権力を得た者はより強い権力を求め、富を得た者はより富むことを欲する。



そうした欲望は戦争の原因ともなり、また物質文明を発展させ、人々はより広い耕作地や文明を支える燃料を得るため、森の木々を伐採し始めます。


かつて森の恵みを享受し、森に感謝していた人類は、こうして森を失くしていった。

森の神々を、精霊たちを

殺していった……。




ギルガメッシュ叙事詩には、このような人類と大自然との対立が、神話的に描かれているとする研究者もおられるようです。








宮崎駿監督の映画『もののけ姫』には、この「ギルガメッシュ叙事詩」から着想を得たのではないかと思われるシーンがありますね。


タタラ場の女主エボシは、森の神シシ神が、巨神ダイダラボッチと化したところを狙って、その首を撃ち落とします。

タタラ製鉄は、鉄鉱石を溶かす熱量を得るために、多量の木炭を必要としました。

木炭を得るためには、森の木々を伐採しなければなりません。

それは、森の精霊や神々との対立を生んだ。


庶民を富ませ、幸せにするためにはこれしかないと信じ、エボシは森の神を殺すのです。


エボシとは、物質的な富や幸せを求め、自然を破壊し続けてきた人類の象徴、ある意味ギルガメッュなんですね。



人類は日本人も含め、こうして自然と対立し、森の神々を殺し、自然を破壊してきた。これが宮崎氏の主張なのでしょう。

しかしこの主張に、公然と反論した方がおりました。


宮崎氏と同じ、スタジオジブリの監督、高畑勲氏です。


高畑監督は自身の作品『おもひでぽろぽろ』において、山形県の紅花農家の自然との関わり方を描き、日本人は自然とうまく共生しながら生きてきたのだ、と主張しました。

決して、自然と対立ばかりをしてきたわけではない、と。




さて、どちらがより真実に近いのでしょう?


答えを解くカギは、日本の山の神信仰、中でも田の神信仰にあるのではないか。

私はそう、夢想するのです。






またまた、つづきます。(*Θ*)




聖域の森 ~その3 日本人は森の神を殺したか?①~

2016-06-16 05:42:47 | 雑論





古代ローマ人は「農耕民族」だったとか。

私は世界史はまったく詳しくありませんが、戦争をもって版図を拡大し、地中海全土に勢力を広げたローマの市民の、その多くは実は農民だった、のだそうです。

よく言いますよね、日本人は「農耕民族」で、西洋人は「狩猟民族」だと。

しかし物質文明というのは農耕の普及とともに発展したのであって、むしろ「純粋」な狩猟民族からは、物質文明は発展し難い。これはまさに歴史が証明しているわけです。

それに日本人だって狩猟は行っていたし、まったく肉を食べないなんてことはなかった。

パスタは何からできてるんですか?肉ですか?違うでしょ、小麦でしょ。

小麦を作ることを何と言うのですか?

農耕でしょうに。




前々から言ってますけど、今回ははっきり言わせていただきます。

「農耕民族」VS「狩猟民族」みたいな言い方は、大変いい加減なものです。唯々誤解を招くだけの、ある意味とても「罪深い」表現だと言わざるを得ません。


農耕民族が良くて、狩猟民族は野蛮だ的な意味で使われてるわけでしょ?じゃあアイヌは野蛮なんですか?エスキモーは?この方々はやたらと戦争したがるのですか?

むしろ逆です。アイヌは自ら戦争を仕掛けることなどなかった。すべてはシャモ(和人)の側から仕掛けたものです。ロシア人ゴローニンが記録しているように、アイヌは狩猟民族ですが、とても無欲な平和主義者だったのです。


大変失礼な話だと思いますよ、私は。


日本人も西洋人も、その文化の基本は農耕にある。しかしあえて違いを挙げるなら、

それは、「酪農及び畜産」でしょう。




酪農や畜産は、家畜を飼育して搾乳し、また食肉を得るわけで、これは動物を支配管理して、人間に都合のいいように育てていくやり方ですね。

対して日本では、酪農も畜産も発展しなかった。明治以降、西洋からそのノウハウを輸入するまで、ほぼまったく行われていませんでした。


農家では牛や馬を飼っている場合も多くありましたが、これは基本、農耕に使役するためであり、乳をとるわけではなく、ましてや食肉にするなど滅多になかった。

日本の農民にとって、牛馬は家族の一員でした。馬産地として有名な岩手県南部地方では、「南部曲がり家」と云われる家で、馬と人間とが一つ屋根の下で暮らしていたのです。


岩手県といえば、かつて蝦夷と呼ばれた人々が住んでいた土地です。古代の記録によれば、蝦夷は農耕を行わない狩猟民で、「野蛮人」だったとか。

その「野蛮人」の地において、このような文化の在り様。


これをどう思われますか?




それはともかく、こうした部分に、日本人と西洋人との「自然観」の違いがよく表れている、とは言えると思います。


つまり西洋人は、自然は人間の力で管理、支配できるもの、と捉えていた、という読み方は成り立つでしょうね。



確かに、日本人と西洋人の自然観は大きく違うし、これが文化の違いとなって大きく表れていることは事実です。しかしそれは、「農耕民族」VS「狩猟民族」みたいな、安易、というより、間違った文化観をもとに語られるべきではない!


誰が何と言おうと、これだけは、私は強く主張したい。


日本人は農耕民族で西洋人は狩猟民族。このような比較論は、

極めて安易でいい加減な間違いです!





さて、「森の神殺し」の話は次回からにします。今回はここまで。










農耕が普及した弥生時代に作られた銅鐸に刻印された「狩猟図」。



つづきます。(>Θ<)

聖域の森 ~その2 「山」と「森」~

2016-06-15 04:50:39 | 雑論





宮城県大和町(たいわちょう)。

仙台市のすぐ北にあるこの町に、「七ツ森」と総称される山々があります。



遂倉山、鎌倉山、蜂倉山、大倉山、撫倉山、松倉山、笹倉山(大森)。

最高峰の笹倉山が標高506メートル。他は300メートル前後の山々ですが、お気づきのように、すべての山に「倉」の字が付いていますね。




ところで、山の数え方をご存じでしょうか?

一山二山?はい、それでも間違ってはいないかもしれませんが、より正確には


一座(ざ)二座と数えるんです。


座と書いて「くら」とも読みます。これは磐座(いわくら)などの「くら」と同様の意味だと思われ、つまり

神様が寄られるところ、という意味なんです。

七ツ森の山々は、それぞれに神が寄られる、信仰の対象だったわけです。







いにしえ、日本では「山」と「森」は同じ意味だったようです。

日本列島はほぼ7割が山地です。現在の森林面積は約6割から7割くらい。とにかく山と森に囲まれた自然豊かな列島です。

これが縄文の頃などは、国土のかなりの部分が森林で覆われていたことでしょう。


人々はその森からの恵みを受けて暮らしていました。人々は森に神性を感じ、感謝していたことでしょう。


国土全体が森に覆われていたわけですから、平地も森だし、山も森だったわけです。

だから、森に感謝するということは、大地に感謝することでもあり、日本列島そのものに感謝することでもあった、のではないでしょうか。


日本神道の原型がここにあるように思われます。




〇〇森と名の付く山は、この七ツ森に限らず日本中あちこちで見られることでしょう。これはかつて、「山」と「森」が同義であったころの名残なわけであり、また、その「森」が信仰の対象であった証であるともいえると思います。


あなたの町にも、あなたの家の裏山にも、「森」と名の付く山はありませんか?そこはかつて、いにしえの人々の信仰の御山であったかも知れませんよ。







さて、そんな日本人と森との関係に、ある変化が訪れます。


稲作農耕の普及です。



つづきます。(・Θ・)




KISS [Detroit Rock City] 1977

2016-06-13 05:04:44 | 今日のメタル










ルックスやら話題性やらが先行するかたちで人気が出た人たちというのは、「識者」ぶった人たちからバカにされるのが常のようです。

「こんな奴ら、どうせすぐ消えるよ」なんてことをしたり顔で言われたりする。

日本で言えば聖飢魔Ⅱなどはまさにそうだったでしょう。彼らがまたデビューしたての頃、某Y焼けNャンNャンという番組で、某T.M氏に思いっきり舐めた態度をとられ、それに対しデーモン閣下が実に毅然たる態度で返し、T氏が絶句してしまったことがありました。

あれは正直、気分がよかったですね(笑)こんなこと言っちゃいけないかな(笑)。



そんな人たちでも、長く続けていればやがては「レジェンド」として讃えられるようになる。KISSなどはまさにそんなロック・レジェンドの一つです。


その道のりは決して順風満帆ではありませんでした。何度かメンバー交代もあり、一時期解散状態に陥ったこともあった。


業界内の様々なしがらみから、「ロックの殿堂」になかなか入れてもらえなかったりだとか、まあ色々ありましたね。しかしそれでも、



続けてきたということは



それだけで、凄いことだと思いますね。



KISSは決してその奇抜なルックスだけで売れたわけではありません。その楽曲はへヴィだけれどもポップでキャッチー。比較的演奏が簡単で、尚且つかっこいい曲が多かったため、当時バンドを始めたばかりの子供たちはこぞってコピーしました。

やはり曲なんですよ。最初はルックスや話題性から入ったとしても、曲が良くなければ、つまりは実力がなければ長続きはしません。


「識者」ぶった人たちには、そこのところがわからなかった、ということです。

「識者」なんて、そんなものです。





結局、自分の感性を信じるしかない。誰かの言うことを聞いて、聴く音楽を決めるなんてナンセンス。


自分の感性を信じて、聴く音楽は決めるべき、私は常にそうしてきたし、それは間違ってなかったと思っています。



聴く音楽くらい、どうかご自分で


決めてくださいね。

聖域の森 ~その1 フィトンチッド~

2016-06-12 10:06:37 | 雑論





森の中を歩くことで、人は癒され、心身ともに健康となる。


いわゆる「森林浴」の効能に貢献しているのが、森の木々より発せられている、「フィトンチッド」とよばれる成分です。



フィトンチッドは木々に侵入しようとする細菌、雑菌を殺し、身を守るために、主に葉から噴出させているものだそうです。このフィトンチッドには抗菌効果のほかに、消臭、防腐効果などもあって、これによって、森の空気は常に浄化されているわけですね。


このフィトンチッドが、人間の心身にも良い影響を与えるわけです。




このフィトンチッド。木製品となってからも、その効能は消えないのだそうです。

日本には、家の建材や家具、日用品などに実に多くの木製品が使われていますが、それらはほぼみな、このフィトンチッドの効能を利用している、ともいえるようですね。


お寿司屋さんにいけば、カウンターのガラスケースに納められている寿司ダネと一緒に、サワラやヒノキの葉などが入れられているのは、鮮度保持効果があるためです。

昔の人はおにぎりを包む際に、木の皮で包んでいました。お寿司をお土産として包む際には、スギやヒノキの皮を薄く削った「経木」というものに包みます。

これらは防腐と鮮度保持効果を利用したものです。


家や家具の建材として、例えばヒバ材で建てた家には蚊が寄り付かないとか、クスノキのタンスには防虫効果があるとか、やはりそうしたフィトンチッドによる効能が存分に利用されているわけです。



伊勢神宮などはヒノキ材を使って建築されているわけですが、これなども、フィトンチッドによる場の浄化という効能あらばこそ、という面もあるかも知れませんね。







かつて日本列島は、豊かな森林に覆われていました。


そのころの列島は、フィトンチッドだらけだった(笑)とも言えますね。


神は清浄な場所に寄られるとか、ならば、


そのころの日本列島は、列島中が神の寄られる「聖域」だった。


その「聖域」とともに、人々もまた暮らしていた。







つづきます。(^Θ^)






佐々木彩夏生誕祭

2016-06-11 00:00:00 | ももクロ
 








ももクロ最年少もついに20歳!おめでとーーーっ!!!



メタアイドルとしてのあーりんと、実はサバサバして男っぽい佐々木彩夏と、

そして、ももクロ最年少として、文字通りみんなの妹あーちゃんと、



それぞれのキャラが、時に使い分けられ、時に混然一体となって、多様多彩なグラデーションを成し、我々を魅了する。



これぞ無敵の「大天使」。







♪行け!大天使あーりん。手にした剣で、この世の闇を斬り裂け!

進め!あーりんロボ。その拳で、人々の心の闇をぶち壊せ!



みんなのあーりん、ぼくらのあーりん、あーりんあーりん、Go Fight!♪









……作詞してみました。誰か曲つけてね(笑)




20歳、おめでとーーーっ!!!





雲とワックス

2016-06-10 06:18:21 | ここで一句





行きがかり上、会社の車(ワンボックスカー)にワックスを掛けなきゃならないハメになってしまいまして(笑)


昨日は休日だというのに、会社までわざわざワックス掛けに行ってきました。


曇天だったため、直射日光が当たらなかったのはよかったですが、それでも元々私は汗っかき、あっという間に滝のような汗が流れてくる始末。


汗を拭き拭き、およそ1時間かけて二台のワンボックスカーにワックス掛け完了。



行きがかり上とはいえ、ワックス掛けの作業は凝りだすと楽しいものです。終わったあとは身体も心もスッキリ爽快!実に気分がいいものでした。


なんだか、自分の心もピカピカになったようでね、まっ、どうせすぐ汚れるんだけど……(笑)



夏の昼下がり、ワックス掛けも、なかなかおつなものでげす。



どうです?あなたも。






ここで一句。



【ワックスと汗にまみれる夏の午後】








今にも雨になりそうな空模様で、空とにらめっこしながらのワックス掛けでしたが、結局雨は降りませんでした。良かった良かった。

天気予報では、雷を伴う激しい雨が降るとか。ではあの雲は雷雲?


いやあ、それはどうかな?



それはともかく、会社帰りについでに買い物をして家路につくと、我が車中のカーステレオから流れていて来たのは、


ももいろクローバーZ 「ゴリラパンチ」






ここで一句。

 

【雷雲(?)を「ウッホ、ウッホ」と走り抜け】








6月は、ももクロのメンバー、玉井詩織が4日に21歳。佐々木彩夏が11日に二十歳。高城れにが21日に23歳の、それぞれ誕生日を迎えます。


めでたい!



ここで一句。



【6月やれにとりんりん生誕祭】


……これは俳句と言えるのか?



まっ、いいか(笑)





URIAH HEEP [Easy Livin'] 1972

2016-06-09 04:42:08 | 今日のメタル








激しくも抒情的で、いかにもイギリスっぽい「湿り気」のあるバンド、ユーライア・ヒープ。

全盛期は70年代前半ですが、その後もメンバー・チェンジを繰り返しながら、現在まで命脈を保ってます。


レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバスそしてこのユーライア・ヒープを称して、「ハード・ロック4大バンド」と呼ぶそうな。このユーライア・ヒープだけ、ちょっと地味な印象ですが、この抒情性はその後のハード・ロック、へヴィ・メタルの一つの路線として定着しており、なるほど確かに、大きな影響を残したバンドと言えるかも知れません。



ユーライア・ヒープの代表曲といえば、なんといってもLook At Yourself(対自核)。こちらの曲は以前に紹介しております。合わせてお楽しみいただけると幸いです。

あともう1曲、July Morningという、10分に及ぶ大作があって、最初はこちらの曲を紹介しようかと思っていたのですが、


まだ、「6月」ですからね(笑)。

石橋けい

2016-06-08 05:26:35 | 名バイプレーヤー









今から20数年前に制作された、特撮少女ヒーロー・ドラマ、『有言実行三姉妹(シスターズ)シュシュトリアン』をご存じでしょうか。


私も細かい内容は覚えていないのですがね。確か日曜日の午前10時頃に放送していたと思うのですが、仕事の関係で当時はその時間帯がたまたま空いており、なんとなく見ていたドラマでした。

石ノ森章太郎先生原作で、当時ワハハ本舗に所属していた吹越満さんが「フライドチキン男」というキャラクターで出演しており、その他麿赤児さん、ふせえりさん、柴田理恵さん等々、なかなか面白いメンバーが出ておりました。


そのドラマの主人公、少女三姉妹の次女、月子を演じていたのが、石橋けい(当時、石橋桂)さんでした。







よく覚えていないのですが、なんとなく面白かったことだけは、不思議と残っているドラマでしたね。



シュシュトリアンは東映製作だったのですが、月子がウルトラマンのファンだったという設定で、一度ウルトラマンがゲスト出演したことがあったんです。その時に円谷プロと縁が生まれ、のちに制作された平成ウルトラ三部作、「ウルトラマンティガ」「ウルトラマンダイナ」「ウルトラマンガイア」三作品すべてにレギュラー出演することになります。

中でも特にガイアで演じた女性パイロット、多田野慧は、勝気だけれども、先輩の男性パイロットに恋をする純情を持ち合わせており、なかなか印象的な役でしたね。




左端が石橋けい演じる多田野慧。



そんな経緯がありましたから、私のこの方の印象は10代のころの印象が強い。その後も舞台や映画、ドラマなどにコンスタントに出演しているのですが、20代以降はあまり印象に残っているとは言いがたかった。



それが最近、某クドカン脚本のドラマに出演しているのを発見!意外と10代の頃からの印象とほとんど変わっていなかったのが妙にうれしかった(笑)。


ああ、がんばってたんだなあ、とか思ったら、妙に感動しちゃって(笑)、なんだか古い友達に再開したかのような嬉しさと懐かしさを覚えましたねえ。

不思議なものです、今までだってずっと、ドラマ等にも出てたのに、何故か印象には残らなかった。

それが、ここにきて急に、です。



この方、これから「来る」かもしれませんよ。私は結構、そういうカンは鋭いんです(笑)。



まあ、来ても来なくても、今後の展開が楽しみな役者さんが、また一人増えたな、という感じです。



こういう「再開」、うれしいよねえ。