私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Mozart • Clarinet Quintet • Clarinet Quartet • Kegelstatt-Trio
Sony SK53 366
演奏:Charles Neidich (Basset Clarinet & Clarinet), Robert Levin (Fortepiano), L’Archibudelli

クラリネットは、古くからあった一枚リードの木管楽器に改良を加え、17世紀終わり頃に現れたシャリュモー(Chalumeau)がもとになっていると考えられている。しかしシャリュモーは、通常8つの指穴を有していたが、オーバーブローキーが無く、音域は9度と非常に限られていた。これに重要な改良を加えたのは、ニュルンベルクの楽器製作者ヨハン・クリストフ・デナーであった。デナーはオーバーブローキーを加え、それによって音域を拡大した。その高音域の響きが、高域を演奏できるトランペット、クラリーノの響きに似ていたため、マイヤーの音楽事典(Museum musicum, <1732>)に於いて小さなトランペット=クラリネット(Clarinetto)と名付けられた。このデナーの楽器は 2つのキーを備えたもので、 低音域には適していなかったが、その後の楽器製作者によって、さらにキーが付け加えられ、音域が拡げられた。古典派時代のクラリネットは、8つの指穴と5つのキーを備えていた。最初の有名なクラリネット奏者は、ヴィーンで活躍したアントン・シュタットラー(Anton Stadler, 1753 - 1812)で、モーツァルトのクラリネット協奏曲や今回紹介するクラリネット五重奏曲も、このシュタットラーのために作曲したものである。「モーツァルトの最後の協奏曲、バセット・クラリネットのための協奏曲とピアノ協奏曲第27番」で触れたバセット・クラリネットは、 B♭クラリネットをもとに、その管を長くして、4半音低い方に延ばした楽器で、足管部には丸いふくらみがある。それによって低音が良く響く独特の音色を持つ楽器となった。この楽器は1788年にヴィーンの宮廷楽器製作者テオドール・ロッツ(Theodor Lotz)によって開発され、シュタットラーによって改良された。
 クラリネット五重奏曲(クラリネット、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)イ長調(KV. 581)は、モーツァルトの室内楽曲の中でも最も有名な作品の一つであるが、もとはシュタットラーがこのバセット・クラリネットを初めて公開の場で演奏するために作曲され、1789年12月22に開催されたヴィーンの「音楽家協会(Tonkünstler-Societät)」のクリスマス・コンサートで初演された。この様にその原曲はバセット・クラリネットの曲であったが、これもクラリネット協奏曲同様原譜は失われてしまい、後のクラリネットのための写譜のみが残っている。しかし現在は、原型のバセット・クラリネットによる版が復元されている。この作品は、室内楽である事もあって、 後のクラリネット協奏曲ほど技巧的ではなく、音域も狭い。
 今回紹介するソニー・ミュージックのCDでは、バセット・クラリネットをチャールス・ナイデッチが演奏し、ラルキブデッリが弦楽器を演奏している。チャールス・ナイデッチ(Charles Neidich)は、アメリカのクラリネット奏者で、モダン・クラリネットを演奏して様々なオーケストラと共演している一方で、オリジナルのクラリネット属の演奏にも積極的に取り組んでいる。ラルキブデッリ(L’Archibudelli、直訳すると「弓と腸」!)は、ヴァイオリンのヴェラ・ベス、ヴィオラのユルゲン・クスマウル、チェロのアネル・ビュルスマ等が中心となっているオリジナル弦楽器のアンサンブルで、演奏する作品に応じて様々な演奏家が加わる柔軟な編成を採っている。クラリネット五重奏曲では、ヴァイオリン奏者のルーシー・ファン・ダエルが加わっている。
 このCDに収録されている2曲目は、クラリネット、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための四重奏曲変ロ長調であるが、これはヴァイオリン・ソナタ変ロ長調(KV 378 <317d>)を原曲としている。この曲はモーツァルトが1779年に作曲したもので、ヴィーンに拠点を移した1781年に出版した6曲のヴァイオリン・ソナタの内に含まれている。ところがこの6曲のヴァイオリン・ソナタは、まもなく様々な楽器のために編曲され、変ロ長調のソナタも2本のフルートとピアノ、二つのヴァイオリン、2本のフルート、2本のクラリネット、さらにはフルート+ヴァイオリン+ヴィオラ+チェロ、弦楽四重奏、そしてここに収録されているクラリネット、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための四重奏曲に編曲された。その編曲が誰によって行われたかははっきりしないが、多くは出版社によって行われたようである。このクラリネット四重奏曲は、「三つの四重奏曲作品79(Trois Quatuors Opus 79)」と題して、その第1番にこの変ロ長調の曲、第2番に変ホ長調(KV 380 <374f>)、第3番にピアノ・トリオ(KV 496)を含み、1799年にオッフェンバッハのヨハン・アンドレによって出版されものである。したがってこの曲は、モーツァルトによって編曲されたものではない*。
 3曲目に収録されているのは、ピアノ、クラリネット、ヴィオラのためのトリオ変ホ長調(KV 498)で、「ケーゲルシュタット・トリオ(KV 498)」と題されている。ケーゲルというのは、今日のボウリングのもとになった九柱戯と言う遊びのことで、「ケーゲルシュタット」というのはその九柱戯をする場所を意味する。しかしこの名称は、実は2つのホルンのための二重奏曲ハ長調(KV 487 <496a>)の自筆譜に記載されている「ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルトがヴィーンで1786年7月27日に九柱戯に興じながら作曲した(Di Wolfgang Amandé Mozart mpria Wienn den 27. Jullius 1786 untern Kegelscheiben)」と言う記述が、同時期に作曲されたトリオに間違って当てはめられたものと思われるという**。モーツァルト自身が作製した作品目録には、1786年8月5日付で、「鍵盤楽器、クラリネット、ヴィオラのための三重奏曲(Terzett für Clavier, Clarinett und Viola)」と記されている。この曲では、フォルテピアノをロバート・レヴィン(Robert Levin)が演奏している。レヴィンは1947年アメリカ生まれのピアニスト、チェンバロ奏者で、オリジナル楽器だけでなく、モダン・ピアノの演奏家としても活躍している。オアゾリール・レーベルでクリストファー・ホグウッド指揮のアカデミー・オヴ・エインシェント・ミュージックとともにモーツァルトのピアノ協奏曲の録音を行っていた。
 このCDのための録音は、1992年11月18日から22日と12月17日と18日にオーストリアのグラーフェンエック城で行われた。ナイデッチが演奏しているバセット・クラリネットは、1796年頃にJ. H. W. グレンザーが製作したという楽器をもとにルドルフ・トゥッツが複製したもので、クラリネットは同じく1796年頃J. H. W. グレンザー作の楽器をもとにルドルフ・トゥッツが製作したものである。ロバート・レヴィンが演奏しているフォルテピアノは、ヴィーンのアントン・ヴァルターが1790年頃に製作したものである。ヴェラ・ベスのヴァイオリンは、1727年クレモナのアントーニオ・ストラディヴァリ作、ルーシー・ファン・ダエルのヴァイオリンは、1643年クレモナのニコラ・アマティ作、ユルゲン・クスマウルのヴィオラは、1785年ロンドンのウィリアム・フォースター作、アネル・ビュルスマのチェロは、1835年トリノのジアンフランチェスコ・プレッセンデ作である。
 今回紹介したCDは、現在は廃盤になっているようである。しかし一部のインターネット上のCDショップでは、まだ在庫を持っているようなので、探してみる価値はありそうだ。レコード、CDは、書籍などと同様、その出版は単に金儲けのためではなく、文化的な行為であるべきで、この様なCDを簡単に廃盤にしてしまう企業の姿勢は褒められたものではない。

発売元:Sony Music

* このクラリネット四重奏曲の成立事情は、CDに添付の冊子に掲載されたロビンス・ランドンによる解説によった。
** これも同じくロビンス・ランドンの解説によった。

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