私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




W.A.Mozart: The Last Concertos; Piano Concerto No. 27, Clarinet Concerto
Harmonia mundi France HMC 901980
演奏:Lorenzo Coppola (Basette-Klarinette), Andreas Staier (Fortepiano), Freiburger Barockorchester, Gottfried von der Goltz (Dirigent)

クラリネットは、比較的新しい楽器である。一枚リードの楽器は古くからあったが、その一つシャルモー(Chalumeau)という中世からあった楽器をもとに、1700年頃にニュルンベルクのヨハン・クリストフ・デナーが改良を加え、従来9度しかなかった音域を広げ、これがもとになってクラリネットが出来た。クラリネットという名前は、その高域の響きがクラリーノと呼ばれる高音を出すトランペットに似ていることから名付けられた。クラリネットは、いわゆる「閉管」の楽器で、有効な管の長さは音の波長の半分になる。したがって、例えばリコーダーに比べて1オクターブ低い音が出る。また、リコーダー、フラウト・トラヴェルソを始め多くの木管楽器の場合は「開管」なので、オーバーブローによって1オクターブ高い音が出るが、「閉管」のクラリネットでは12度、1オクターブと5度、さらにその上のオーバーブローでは、2オクターブと3度の音が出せる。そのため音域は3オクターブ以上に及ぶ。また、「閉管」であることによって、偶数次倍音がほとんど無く、そのため独特の音色を持っている。クラリネットが実用化され始めた頃には、気流を完全に遮断出来るキーを作ることが難しく、そのため出しやすい音と出しにくい音があった。それに対応して、複数の楽器を移調楽器として使うことが普通になり、19世紀初めには、A、B♭、Cの3種類が使い分けられていた。
 バセット・クラリネットは、B♭クラリネットをもとに、その管を長くして、4半音低い方に延ばした楽器である。足管部には丸いふくらみがある。それによって低音が良く響く独特の音色を持つ楽器となった。この楽器は1788年にヴィーンの宮廷楽器製作者テオドール・ロッツ(Theodor Lotz)によって開発され、クラリネットの名手アントン・シュタットラー(Anton Stadtler, 1753 - 1812)によって改良された。モーツァルトはシュタットラーと親しく、1789年12月22日にクラリネット5重奏曲イ長調(KV 581)によって初めて公開の場で演奏された。オリジナルのバセット・クラリネット自体は残っていないが、1992 年にアメリカの音楽学者パメラ・ポウリンにより、1794年5月5日のリガでの演奏会予告が発見され、そこにはシュタットラーが 独奏者として登場し、彼が使用したであろう楽器のイラストが掲載されており、これによりシュタットラーのバセット・クラリネットの形状をほぼ確実に知ることが出来る。オリジナルの復元楽器だけでなく、現在ではモダン楽器のバセット・クラリネットも製作されている。
 モーツァルトのバセット・クラリネットのための協奏曲ハ長調(KV 622)は、自身の作品目録の記入から推定すると、死の約2ヶ月前、1791年10月に完成した。しかしこの作品が出版されたのは死後10年ほど経ってからで、その頃にはバセット・クラリネットはすでに忘れられた楽器となっていたため、通常のB♭クラリネットで演奏出来るように編曲した楽譜であった。そのため長年にわたってクラリネット協奏曲として演奏されてきたが、1967年にエルンスト・ヘスという学者が、当時のライプツィヒの音楽新聞に掲載された、1801年にブライトコプが出版した楽譜についての論評を発見し、そこにこの作品が元はバセット・クラリネットのための曲であったことが記されていることがわかった。実際クラリネットのパートに出せない音を折り返していると思われる箇所が何カ所もあり、さらにモーツァルトがこの作品の第1楽章とほとんど同じバセット・ホルンのために作曲した協奏曲ト長調(KV 584b <622b>)の断片が残っているため、それらを参考にして、バセット・クラリネットのための譜が復元され、新モーツァルト全集のシリーズV第14部門第4巻にその復元版が掲載されている。
 一方、ピアノ協奏曲第27番変ロ長調(KV 595)は、モーツアルトが作製した作品目録によると、1791年1月5日に完成した。しかし最初の2つの楽章は、1788年まで溯ることが出来、必ずしも最晩年の作品と言うことは出来ない。この曲は、モーツアルト特有の躍動感や喜びの表現が感じられない、静謐で内省的な作品である。そして第3楽章の主題は、同じく1791年1月に完成した歌曲「春へのあこがれ(Sehnsucht nach dem Frühling)」(KV 596)の旋律と極めて類似していて、同時期の作曲であることが分かる。先に触れたバセット・クラリネット協奏曲も、随所に寂寞とした楽想が聞かれ、これら二つの作品にはモーツァルトが死を前にして到達した境地のようなものを感じることが出来る。
 ここで紹介するCDには、”The Last Concertos”と言う標題が付けられている。バセット・クラリネットを演奏しているロレンツォ・コッポラ(Lorenzo Coppola)は、名前から想像するとイタリア人のようだが、オランダ、ハーグ音楽学校に学び、多くのオリジナル楽器編成の楽団と共演している奏者である。使用している楽器は、前述の1794年5月5日のリガでの演奏会予告に掲載されているイラストを参考に、パリのアグネス・ゲロールが1998年に製作したものである。なお、添付の解説書には”clarinette d’amour”と記されているが、クラリネット・ダ・モーレは18世紀中頃に作られた別の楽器を意味しており、バセット・クラリネットとは異なる。実際に使用されているのはその記述から明らかにロッツとシュタットラーによって開発されたバセット・クラリネットの復元されたものである。ピアノフォルテを演奏しているのは、アンドレアス・シュタイアー(Andreas Staier)である。シュタイアーはドイツ、ゲッティンゲン生まれの鍵盤楽器奏者で、1983年から1986年までムジカ・アンティクヴァ・ケルンのチェンバロ奏者をしていたほか、チェンバロ、ピアノフォルテ奏者として幅広く活躍している。使用している楽器は、クリストフ・ケルンによるアントン・ヴァルター作のピアノフォルテの複製である。演奏しているフライブルガー・バロックオーケストラは1985年に組織されたホルトゥス・ムジクスを母体として1987年に最初の演奏会を行ったオリジナル楽器編成のオーケストラである。編成は第1ヴァイオリン5,第2ヴァイオリン4,ヴィオラ4,チェロ3,コントラバス2、フルート2,オーボエ2,ファゴット2,ホルン2である。指揮はゴットフリート・フォン・デア・ゴルツである。
 このCDの録音は、音源からやや距離を置いて空間の響きを適度に取り入れた非常に美しい響きである。独奏楽器の音、バランスも非常によい。フランス・ハルモニア・ムンディ・レーベルのこのCDは、現在も入手可能である。

発売元:Harmonia mundi France


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