私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Jean Henry d’Anglebert: Suites pour Clavecin
Zig-Zag Territoires ZZT 090501
演奏:Laurent Stewart (Clavecin)

ジャン・アンリ・ダングルベール(Jean Henry d’Anglebert, 1629 - 1691)は、クラヴサン(チェンバロ)がリュートに代わって、独奏、伴奏の主役に躍り出た17世紀後半のフランスで活躍した音楽家の一人である。1660年にアンリ・ドゥ・モンの跡を継いでルイXIV世の弟、オルレアン侯爵のクラヴサン奏者となり、1668年にシャンボニエール(Jacques Champion de Chambonnières, 1601 - 1672)の跡を継いで、ルイXIV世のヴェルサイユ宮殿のクラヴサン奏者に任命された。1680年にフランスのある音楽愛好家が書いた文章に、「クラヴサンの歴史に於ける著名な人達には、シャンボニエール、クープラン一族、アデル、リシャール、ラ・バル等が居るが、昨今はダングルベール、ゴーティエ、ブレ、ル・ベーグ、クープラン、そして名前を忘れてしまったその他の人達がいる*」と、多くのクラヴサン奏者の名が挙げられているが、1680年当時の音楽家として、ダングルベールの名が最初に挙げられている事からも、広く知られていたことが分かる。ダングルベールは、ベルサイユ宮殿でリュリと共に活動しており、リュリのオペラやバレーの曲をクラヴサン用に編曲している。
 シャンボニエールが1870年に2巻のクラヴサン曲集を出版したのを皮切りに、1677年と1687年にルベグ(Nicolas-Antoine Lebègue, 1631 - 1702)、1687年にデ・ラ・ギェール(Elisabeth Jaquet de la Guerre, 1665 - 1729)等の曲集が出版されたのに続いて、ダングルベールは1689年に「クラヴサン曲集(Pièces de Clavecin)」を出版した。この曲集には、ト長調、ト短調、ニ短調、ニ長調の4つ調性の組曲が収録されている。当時の他の曲集同様、それぞれの調性に多くの曲が含まれていて、奏者がそれらの中から任意に選曲して演奏していたようだ。このダングルベールの曲集は、最初の3つの組曲では、冒頭に前奏曲(Prelude)が置かれ、前奏曲のない4番目の組曲も含め、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグが続く。そしてクーラントや時にはサラバンドに、 ドゥーブルと名付けられたその変奏が加わる。さらにこれらの舞曲に続いて、組曲によっては、ガヴォット、メニュエット、ガリヤルドなどの舞曲や、リュリのオペラ、例えばト長調の組曲では、オペラ「カドミュ・エ・エルミオン(Cadmus et Hermione)」の序曲の編曲などが収められ、ト長調の組曲は合計17曲、ト短調の組曲は21曲、ニ短調の組曲は13曲、ニ長調の組曲は8曲からなっている。もうひとつこの曲集で目立つのは、それぞれの組曲に、シャコンヌやパッサカリア、あるいはフォリアのような舞曲を起源とした変奏が加えられていることである。当時の曲集に良く有るように、この曲集にも冒頭に、装飾記号の解題が掲載されており、特に装飾を多く加えるフランスのクラヴサン曲の演奏に貴重な資料となっている。
 今回紹介するCDは、フランスのジク・ザグ・テリトア(Zig-Zag Territoires)と言うレーベルから発売されているもので、ローラン・ステュアートのクラヴサン演奏によるものである。ローラン・ステュアートについては、フランス・バロックのクラヴサン曲をレパートリーとする奏者であること以外詳しい情報がない。使用している楽器は、2005年にアンドレアス・キルストロームが製作した、1638年ヨハネス・リュッカース作のチェンバロの複製である。このリュッカースのチェンバロは、現在スコットランド、エディンバラのレイモンド・ラッセル・コレクション所蔵の楽器で、ラッセルの著書、「ハープシコードとクラヴィコード(Raymond Russell, “The Harpsichord and Clavichord”, Faber and Faber, 1959)」に写真と楽器の詳細が掲載されている。それによると、これはヨハネス・リュッカースのチェンバロとして典型的な、移調鍵盤を備えており、製作された当時のまま残されている極めて稀な楽器である。上段の鍵盤は、当時のリュッカースのチェンバロで典型的な、ショートオクターヴのCからc’’’の音域で、下段の移調鍵盤には、 GG、AA、BB、F♯、D♯の弦を独自に有している。この様な移調鍵盤の役割は、リコーダーのような楽器との合奏の際に、c管のリコーダーの楽譜を、移調楽器としてf管で奏する際に、その伴奏楽譜を移調鍵盤で奏する事によって、伴奏が可能になるところにある。しかしこの様な移調鍵盤を備えた楽器のほとんどは、後に、特にフランスで、通常の2段鍵盤の楽器に改造されてしまったため、現在はほとんど残っていない。キルストロームは、このオリジナルのリュッカース作のチェンバロをもとに、これを2段鍵盤のチェンバロに「小改造(petit ravalement)」したようだ。音域は、GG, AA - d’’’である。
 このCDには、ト長調、ニ短調、ト短調の組曲が収録されており、曲目は次の通りである。

Suite en sol majeur(ト長調)
1. Prélude
2. Allemande
3. Courante
4. Double de la courante
5. Sarabande
6. Gigue
7. Gaillarde
8. Chaconne Rondeau

Suite en ré mineur(ニ短調)
9. Prélude
10. Allemande
11. Courante I
12. Double de la courante
13. Courante II
14. Sarabande grave
15. Gigue
16. Gaillarde
17. Gavotte
18. Menuet

Suite en sol mineur(ト短調)
19. Prélude
20. Allemande
21. Courante I
22. Courante II
23. Sarabande
24. Gigue
25. Gaillarde
26. Passacaille

 以上のように、典型的なフランス組曲の楽章構成になっており、リュリの作品の編曲は含まれていない。前奏曲は、一定のリズムを持たず、僅かな小節線が引かれているだけの即興性の強い曲である。
調律は中全音律、 現在のピッチより約全音低いa’ = 392 Hzである。リュッカースのチェンバロに典型的な、豊かな響きで、純正な長三度の響きが非常に美しい。録音は2008年10月にリヨンで行われた。ジグ・ザグ・テリトリア・レーベルのCDは、フランス・ハルモニア・ムンディを通じて販売されており、現在も容易に購入出来る。

発売元:Zig-Zag Territoires


* このCDに添付の解説書から引用した。

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