私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



Johann Sebastian Bach: Inventionen & Sinfonien
Archiv 415 112-2
演奏:Kenneth Gilbert (Cembalo)

ベルリンの国立図書館に所蔵されている一冊のバッハの自筆譜がある(Mus ms. Bach P 610)。その表紙には「正真正銘の手引き書、これにより鍵盤楽器の愛好家、とりわけ学習熱心な者が、(1) 2声を純正に奏する事を習うにとどまらず、さらに進んで (2) 3つのオブリガート声部を正しく適切に扱い、その際同時に良き創意を得るだけでなく、自ら適切に展開し、最も重要な事は演奏に於ける歌う技法を獲得すること、それと並んで作曲への強い意欲を獲得するための明確な方法を示す。アンハルト=ケーテン候の宮廷楽長、ヨハン・ゼバスティアン・バッハにより作製された。1723年」と書かれている*。これが今日「2声のインヴェンションと3声のシンフォーニア」(BWV 772 - 801)と名付けられている作品である。この自筆譜は、いわゆる浄書譜で、これに先立って、「ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための音楽帳」の中に、2声のインヴェンションの全曲と、3声のシンフォーニアの第2番ハ短調の全曲と第3番ニ長調の終わりの部分を除く全曲が記入されている。欠けている曲については、本来は記入はされていたが現在は失われているものと考えられている。フリーデマン・バッハのための音楽帳に於いては、その順序は浄書譜とは異なっているが、15曲のインヴェンションはすでに存在する原本からの写譜で、シンフォーニアはこの音楽帳の上で作曲しながら記入されたものと思われる**。この自筆譜が作製された年の5月に、バッハはライプツィヒのトーマス・カントールに就任しているので、作製はこの年の前半、おそらくは1月から3月の間に行われたのではないかと思われる。
 これら30曲が作曲されたきっかけは、フリーデマン・バッハの音楽帳に記入されていることからも、息子達や弟子達の教育のためであったことが分かる。インヴェンションでは、左右の手を全く平等に、それぞれの独立した声部を奏するという、対位法的な曲の奏法を習得することを目的としている。シンフォーニアでは、さらに1声部を加えて、左右の手で3つの独立した声部を奏するという、さらに高度な技巧が要求される。調性はインヴェンション、シンフォーニアともに、シャープ、フラットとも4つまでに限られ、順序も同一である。
 自筆譜を見ると、まずインヴェンション第1番ハ長調(BWV 772)の主題、2拍目の16部音符から以降、同じ動機をすべて3連音符にする記入がされている。この記入は全体にわたっており、何時、誰によって書き込まれたのか、様々な見解があったが、現在は自筆譜完成後にカール・フィリップ・エマーヌエル・バッハによって書き加えられたものと考えられている。しかしこれが、父親の指示もしくは承認のもとに記入されたのかどうかは不明である。新バッハ全集では、このに3連音を含む異稿を、”Inventio 1a”として掲載している。さらに、シンフォーニア第5番変ホ長調(BWV 791)には、異なったインクで、豊富な装飾が記入されているが、これは上記インヴェンション第1番より前で、バッハ自身によるものと考えられている。この装飾を含んだ異稿も、掲載されている。

インヴェンション第1番ハ長調冒頭の3連音符が記入された箇所(J. S. Bach/ Inventionen und Sinfonien. Faksimile nach der im Besitz der Preußischen Staatsbibliothek in Berlin befindlichen Urschrift/C. F. Peters/Berlinより)

 この作品は、バッハの生前、弟子達によって写譜されたものも含めて、多数の筆写譜が存在する事からも、バッハが教材として用いていたことが分かる。そして、バッハの死後も鍵盤楽器の教材として用いられ続けたことを示している。出版譜も多く、1850年に旧バッハ全集(バッハ協会版=BG)が刊行される以前に、1801年にインヴェンションとシンフォーニアそれぞれに分けて出版されたものを始め、8種類に及び、1850年以降に刊行された原典版も7種に及んでいる。
 このインヴェンションとシンフォーニアは、バッハの作品として非常に多くの演奏がレコード(LPとCD)化されているが、今回はケネス・ギルバートの演奏による、アルヒーフ盤を紹介する。演奏をしているケネス・ギルバートは、1931年カナダ生まれのチェンバロ、オルガン奏者、音楽学者で、モントリオールのケベック音楽院で教育を受け、カナダを拠点にしながら、フランスやオランダなど、ヨーロッパ各国でも活動している。また、ドメニコ・スカルラッティの鍵盤楽器のための作品全集や、ジャン・アンリ・ダングルベールのクラヴサン曲全集を始めとした楽譜の編纂も行っている。教育者として多くの鍵盤楽器奏者を育て、その中には、スコット・ロスやヨス・ファン・イムマゼールも含まれている。レコード録音は、アルヒーフやフランス・ハルモニア・ムンディなどに50種以上がある。
 このインヴェンションとシンフォーニアの演奏で使用している楽器は、ギルバートが所有するフレミッシュ・フレンチ・チェンバロの典型的なもので、1671年にアントウェルペンのヤン・クーシェが製作し、1759年頃にパリでブランシェ、1778年にパスカル・タスカンによって音域の拡大などの改造が行われた。修復は1979年から1980年にかけて、パリ近郊のマインテノンにあるユーベルト・ベダールの工房で行われた。音域はF - f’’’で、2段鍵盤、8フィート弦2対、4フィート弦1対を備えている。録音は1984年にシャルトルで行われた。ピッチは現在より約全音低い a’ = 392 Hzであるが、どの音律で調律されているかは記されていない。
 ケネス・ギルバートの演奏によるCDは、アルヒーフには、「巧みに調律された鍵盤楽器のための前奏曲とフーガ」の第1巻、第2巻などが現在も販売されているが、残念なことのインヴェンションとシンフォーニアは現在廃盤となっている。

発売元:Deutsche Grammophon Archiv

* “Auffrichtige Anleitung, Wormit denen Liebhabern des Clavires, besonders aber denen Lehrbegierigen, eine deütliche Art gezeiget wird, nichit alleine (1) mit 2 Stimmen rein spielen zu lernen, sondern auch bey weiteren progreßen (2) mit dreyen obligaten Partien richtig und wohl zu verfahren, anbey auch zugleich gute inventiones nicht alleine zu bekommen, sondern auch selbige wohl durchzuführen, am allermeisten aber eine cantable Art im Spielen zu erlangn, und darneben einen starcken Vorschmack von der Composition zu überkommen. Verfertiget von Joh. Seb. Bach. Hochfürstlich Anhalt-Cöthenischen Capellmeister. Anno Christi 1723. etc”
** NBA V-5 KB 及び V-3 KB 参照

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