私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Dietrich Buxtehude: Orgelwerke Vol. 5
Musikproduktion Dabringhaus und Grimm MG+G L 3425
演奏:Harald Vogel (Orgel)

ディートリヒ・ブクステフーデ(Dietrich Buxtehude, c. 1637 – 1707)は、おそらく今日デンマークのヘルシングボルイで生まれたと思われる。父親もオルガニストで、1641年にはヘルシンゴールの聖オライ聖堂のオルガニストに就任した。ディートリヒ・ブクステフーデは、ここでラテン語学校を卒業したようだ。1657年にヘルシングボルイのマリア教会のオルガニストになり、1660年から1668年までは、ヘルシンゴールのマリア教会のオルガニスト、1668年4月11日には、フランツ・トゥンダーの後継者として、リュベックの聖マリア教会のオルガニストに就任した。以来39年間、1707年に死亡するまで、その地位にあった。同時に教会の主任として、管理と会計も兼務していた。
 ブクステフーデの教会における任務は、単に礼拝におけるオルガン演奏に限られず、カンタータなどの演奏も行っていたと思われる。さらに重要なのは、前任者のトゥンダーによって始められた「夕べの音楽(Abendmusiken)」を継承、発展させたことである。この「夕べの音楽」の起源は、リュベックの商業組合(ツンフト)によって1646年以来行われていたもので、当初はオルガン演奏のみであったが、トゥンダーがこれに弦楽器や歌唱を加え、ブクステフーデが1669年に教会の中廊に合唱団席を設け、オーケストラと合唱が加わった曲を演奏するようになった。「夕べの音楽」という名称は、1673年以来用いられるようになった。「夕べの音楽」は、当初毎木曜日に行われていたが、これは間もなくキリスト降誕の前5つの日曜日の午後4時から開催されるようになった。この「夕べの音楽」は広く知られるようになり、1705年11月末には、バッハがアルンシュタットからやって来て翌年1月まで滞在し、「夕べの音楽」を聴くだけでなく、ブクステフーデの活動をつぶさに観察したと思われる。彼のミュールハウゼンのオルガニストを辞する際の文書に、「神の栄光を称えるために整った教会音楽を」という記載があるが、これにはブクステフーデの教会における活動を見た経験がもとになっていると思われ、その後のライプツィヒのトーマス・カントールに至る行動の根底にあったと考えられる。
 ブクステフーデは、バロックの北ドイツオルガン楽派の頂点に立っていた。彼の作品は、1974年にゲオルク・カールシュテットの編纂で刊行された作品目録によって、BuxWV番号が用いられるようになった*。この目録には、ブクステフーデの作品として、135の声楽曲、89のオルガン曲、26の鍵盤楽器のための作品、24の器楽曲が掲載されている。しかし上述の「夕べの音楽」は、その存在は8作品ほど知られているが、音楽はすべて失われ、歌詞が残っているものも3作品にとどまり、残りは演奏の記録があるのみである。
 オルガンのための作品は、前奏曲やトッカータなどの自由曲が42曲、コラールにもとづく作品が47曲ある。前奏曲やトッカータは、モノフォニックな、時には即興的な部分と、フーガなどの対位法的な部分が交互に配置されており、ペダルの技巧的で華麗な独奏が特徴的である。コラール曲は、定旋律を伴うものは少なく、多くはコラールの旋律の変奏や対位法的展開を加えた、変奏曲、パルティータ、ファンタジーなどがほとんどである。この様なコラール曲の様式が、パッヒェルベルに代表される中部、南部ドイツと北ドイツのオルガン音楽の大きな違いである。バッハは当初、兄の教えによって、パッヒェルベルの様式から出発したが、やがて北ドイツの様式の影響を強く受けるようになる。ブクステフーデのオルガンのための作品は、1903年から1904年にかけて刊行された、フィリップ・シュピッタとマックス・ザイフェルト編纂の2巻と1939年にマックス・ザイフェルトの編纂で刊行された追補巻が広く知られているが**、最新刊としては、クリストフ・アルブレヒト編纂でベーレンライターから刊行されている5巻からなる全集がある***。
 今回紹介するCDは、以前に「北ドイツのオルガンの名器で聴くブクステフーデ」で紹介した、ハラルド・フォーゲルの演奏によるブクステフーデのオルガン曲全集第1巻と同じ、MD+G(Musikproduktion Dabringhaus und Grimm)盤の第5巻である。この第5巻に収録されているのは、北ドイツのオルガンで、フリッチェやシュテルヴァーゲン、シュニットガー以外の製作者による5つのオルガンで演奏したものである。
 最初は、現在のドイツ、ニーダーザクセン州、オストフリースラント、クルムヘルン地方のピルスム村の教会にある、1694年にファレンティン・ウルリヒ・グロティアンによって建造された、2段鍵盤とペダル、16のレギスターを有するオルガンである。グロティアンは、1663年にニーダーザクセンの南部、ハルツ地方のゴスラーに生まれ、1688年以来オストフリースラントでオルガン製作者として活動していた。このオルガンは、その後1772年に、エムデンのオルガン製作者ディルク・ローマンによって改修され、1854年と19世紀末にも改修されたが、大きな変更は受けなかった。1991年にユルゲン・アーレント社による復元が終了し、パイプや送風装置はかなりオリジナルのものが保持されており、オリジナルの響きが再現されているという。先に挙げた同じオストフリースラント地方のノルデンにあるルートゲリ教会のシュニットガーオルガン同様、1/5シントニック・コンマ中全音律に調律され、ピッチは今日のa’ = 440 Hzより約半音高い。このオルガンでは、前奏曲イ短調(BuxWV 152)やコラール「アダムの堕落により(Durch Adams Fall)」(BuxWV 83)など5曲が演奏されている。
 2台目は、オストフリースラント、ハーリンク地方にあるブットフォルト村のマリア教会にある、ハンブルクのヨアヒム・リヒボルンによって1681年に建造された1段鍵盤にペダルが付加された、9つのレギスターを持つ小型のオルガンである。ブットフォルト村は、2006年の人口が436人の小村である。リヒボルンは、1660年頃から1684年に死亡するまでハンブルクでオルガン製作者として活動し、時期的にフリートリヒ・シュテルヴァーゲンとアルプ・シュニットガーの間に位置していた。おそらくシュテルヴァーゲンの弟子であったと思われる。幸いなことに、このオルガンは、リヒボルンの建造した状態のほとんどが残っている。ただ残念なことに1949年の改修で、トランペット管が取り除かれてしまった。その後演奏不能な状態に陥っていたが、入念な復元作業によって、再び演奏可能な状態になっている。トランペット管も復元された。ピッチは今日のa’ = 440 Hzより約半音高く、19世紀にいったん平均律に近い調律がされ、その際閉管(8フィートと4フィート)が蝋付けされてしまったため、統一性のない不均等調律がされているそうだ。このオルガンでは、コラール「主キリスト、唯一の神の子 (Herr Christ, der einig Gottes Sohn)」(BuxWV 191)と鍵盤楽器のための作品に分類されている「単純クーラントイ短調(Courant zimble in a)」(BuxWV 245)が演奏されている。
 ラングヴァルデンは、ニーダーザクセン州の黒海に面したブティアディンゲン半島にあるかつては港町として栄えた、現在はブティアディンゲン地方に属する町である。この町の約850年の歴史を持つ聖ラウレンティウス教会のオルガンは、2段鍵盤とペダル、21のレギスターを持ち、主鍵盤のパイプ収容ケースの記載では1650年、古い文書の記録によると、1651年に建造され、1655年に彩色された事になっているが、建造者は不明である。その構造的特徴から、ベレント・フスかその師匠のヘルマン・クレーガーの作ではないかと考えられている。その後1704年から1705年にかけて、アルプ・シュニットガーによって改修されたが、不思議なことにその際にシュニットガーによって作製されたパイプ、レギスターは全く残っていない。1935年の修復で、オリジナルの構成に新たなパイプが加えられた。1972年から1975年にかけての教会の修復の後、オルガンの修復も行われたが、現存しないオリジナルのレギスターの復元は、1991年から1992年の間に行われたこのCDの録音の際は完了して居らず、録音はオリジナルのレギスターのみによって行われた。このオルガンは北ドイツに於いて、オリジナルのまま残されている最も古いオルガンである。ピッチは今日のa’ = 440 Hzより約半音高く、調律は中全音律であるが、F-B, B-Es, Cis-Gisの3つの五度は純正で、ミヒャエル・プレトリウスの「オルガノグラフィア」(1619年)の記述と一致している。このオルガンでは、前奏曲ト短調(BuxWV 146)、コラール「喜びにあふれる日(Der Tag, dr ist so freudenreich)」(BuxWV 182)およびアリアハ長調(BUXWV 246)が演奏されている。
北東ドイツ、メクレンブルク=フォルポムメルン州のバーゼドウの町のオルガンは、1680年から1683年にかけて、ヒルデスハイムのハインリヒ・ヘルプスト親子とギュストロウのザームエル・ゲルケによって建造され、3段鍵盤とペダル、36のレギスターを備えている。このオルガン建造の準備段階で、町はアルプ・シュニットガーと連絡を取ったようで、教会の書庫には、シュダーデの聖ヴィルハルディ教会とシュトラーズントの聖マリア教会のオルガンのシュニットガーによる自筆の記録文書が残っている。シュニットガーは、1681年にギュストロウの教区教会のオルガンを鑑定する際に、バーゼドウを訪れた可能性がある。上述の二つのオルガンの資料が有ることから、町は当初から、教会堂の大きさに比較して異例の規模のオルガンを建造する意図があったと思われる。上部鍵盤10、リュックポジティフ8,胸部鍵盤9、ペダル9のレギスターのパイプを収容するには、相当な工夫が必要であったと思われるが、会堂の幅いっぱいに広がり、十字アーチ構造の低い天井に入り込んだパイプの列は、見るものに圧倒的な印象を与える。1766年以降にあった塔の火災で胸部鍵盤のパイプが損傷を受けたが、オルガンの構造の変更を受けることなく、いくつかのレギスターが変更されるにとどまった。建造から300年を経た1980年から1983年にかけて、ポツダムのオルガン工房シューケ社によって入念な修復が行われ、建造当初の状態に復元された。胸部鍵盤のパイプは、すべて新たに製作されたが、他の鍵盤とペダルのパイプは、オリジナルのものが注意深く修復され、後の時代に交換されたレギスターのパイプのみが、新たに復元された。ピッチは今日のa’ = 440 Hzより約半音高く、調律は1/4シントニック・コンマ中全音律に調律されている。このオルガンでは、前奏曲イ長調(BuxWV 151)と前奏曲ヘ長調(BuxWV 141)をいずれもハ長調で、コラール「来たれ、異邦人の救い主(Nun komm, der heiden Heiland)」(BuxWV 211)が演奏されているが、胸部鍵盤は使用されておらず、その他の鍵盤でもほとんどオリジナルのパイプが有るレギスターのみが使用されている。
 北東ドイツ、メクレンブルク=フォルポムメルン州、北東メクレンブルク地方のグロース=アイヒゼンにあるヨハネ教会に、1723年にシュニットガーの弟子で、リュベックに工房を構えていたハンス・ハンテルマンによって建造された2段鍵盤15のレギスターにペダルが付加されたオルガンは、1907年にシュヴェーリンのR. ルンゲによって、パイプ収納ケース内部の主要部分のパイプが撤去され、圧搾空気によって空気弁を作動させるロマン主義的オルガンが組み込まれた。しかし幸いなことに前面のパイプ列やケースはオリジナルのまま残された。1991年にドレースデンのオルガン工房、ヴェグシュナイダーによって、リュックポジティフが修復され、このCD録音の時点では、この鍵盤のみ演奏可能であった。その後2002年に主鍵盤とペダルもオリジナルの状態への復元が完了した****。 ピッチは今日のa’ = 440 Hzより3/5音高く、調律は1/4シントニック・コンマ中全音律に調律されている。このオルガンでは、フーガハ長調(BuxWV 175)とカンツォーナニ短調(BuxWV 168)が演奏されている。
 今回紹介するCDを含め、ブクステフーデのオルガン作品全曲の演奏を行っているハラルド・フォーゲルは、1941年生まれのドイツのオルガニストで、オルガンについての造詣が深く、またシャイトの「タブラトゥーラ・ノヴァ」などの編纂も行っており、現在ブレーメン芸術専門学校の教授でもある。この全集に添付の冊子に於いても、オルガンについての詳細な解説を行っている。フォーゲルは、このブクステフーデのオルガン全集の他にも、北ドイツ・オルガン楽派のオルガニストやバッハの作品を数多く録音している。
 この7枚のCDは、現在個別にも、7枚のセットでも購入可能である。

発売元: Musikproduktion Darbinghaus und Grimm

他の5枚のCDと全集の番号:Vol. 1: MDG 314 0268-2, Vol. 2: MDG 314 0269-2, Vol. 3: MDG 314 0270-2, Vol. 4: MDG 314 0424-2, Vol. 6: MDG 314 0426-2, Vol. 7: MDG 314 0427-2, 7枚組:MDG 314 1438-2

* Thematisch-systematishes Verzeichnis der musikalischen Werke von Dietrich Buxtehude – Buxtehude-Werke-Verzeichnis (Bux WV), herausgegeben von Georg Karstädt, Breitkopf & Härtel • Wiesbaden, 1974

** Dietrich Buxtehudes Werke für Orgel, herausgegeben von Philipp Spitta. Neue Ausgabe von Max Seifert. Bd. 1 - 2, Breitkopf & Härtel Leipzig, 1903/04: Dietrich Buxtehudes Werke für Orgel, herausgegeben von Max Seifert. Ergänzungsband. Breitkopf & Härtel Leipzig, 1939

*** Dietrich Buxtehude: Neue Ausgabe sämtlicher Orgelwerke, Bd. 1 - 5, herausgegeben von Christoph Albrecht, Bärenreiter

**** ウィキペディアドイツ語版の”Johanniter-Kirche Groß Eichsen

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