私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




A Noble Entertainment – Music from Queen Anne’s London
AVIE AV2094
演奏:The Parnassian Ensemble

1688年から1689年にかけての名誉革命とそれに伴ってオラニエ候ウィリアムがウィリアムIII世として英国王位に就き、その妻のメアリーII世との共同統治の時代が始まった時期に、ロンドンのストランド近くのヨーク・ビルディングにおいて、他のヨーロッパ各国に先駆けて、商業的演奏会が開かれるようになった。豊かな中産階級層の誕生がそれを可能にしたのである。これが他の国から多くの音楽家を惹き付けることとなった。
 一方、イギリスのリコーダー音楽は、16世紀の中頃にイタリアのバッサーノ一族によって、宮廷にリコーダー・コンソートがもたらされ、一時隆盛を誇ったが、宮廷を中心とする音楽は、名誉革命後に勢いを失って、音楽の中心は市民階級に移っていった。イギリスにおけるアマチュアの音楽愛好が、独奏楽器としてのリコーダー、特に「トレブル・リコーダー」と呼ばれるアルトリコーダーの普及をもたらした。アマチュア向けの教則本や曲集が出版され、外国出身の音楽家達も多くの曲を提供した。
 今回紹介するCDは、ウィリアムIII世の死後王位に就いたアン女王(在位1702年-1714年)の時代に活躍していたイギリス出身と外来の音楽家10人のソナタや組曲を収録している。ウィリアム・ウィリアムス(William Williams, ? - 1701)については作品1のトリオソナタ以外はほとんど知られていない。この作品1は、3曲の2つのヴァイオリンと通奏低音、3曲の2本のリコーダーと通奏低音のソナタからなっている。このCDに収録されている第6番ヘ長調には「鳥の模倣(in immitation of Birds)」と言う添え書きがある。ダニエル・パーセル(Daniel Purcell, ca.1664 – 1717)は、ヘンリー・パーセルの弟で、オルガニストとしてオックスフォードやホルボーンで活動するとともに、ロンドンで劇付随音楽等を作曲していた。トリオソナタ第2番ト短調は1710年頃の緩・急・緩・急の典型的な形式の2本のリコーダーと通奏低音のための作品である。
 ウィリアム・コルベット(William Corbett, 1680 – 1748)は、イギリスの作曲家で、主としてロンドンの劇場の監督や指揮者として活動していた。その作品は、声楽曲の他にソナタや協奏曲がある。このCDに収録されているのは、1705年に出版された2本のリコーダーと通奏低音のための6曲のトリオソナタ作品2の第4番ハ長調である。緩・急・緩・急の4楽章からなっている。ニコラ・フランチェスコ・ヘイム(Nicola Francesco Haym, 1678 – 1729)はイタリア人で、チェロ奏者として活動を始めたが、1701年にイギリスに移り、作曲と同時に特にヘンデルやボノンチーニのオペラの台本作者として活躍した。1720年に作曲したソナタイ短調は「チェロと通奏低音」のための作品である。
 ジェームス・ペイジブル( James Paisible, [Jacques Paisible], c. 1656 – 1721)はフランス人で、1673年にロベール・カンベール(Robert Cambert, ca. 1628 – 1677)と共にオーボエ奏者としてロンドンに来て、後にリコーダーの名手として知られるようになった。ソナタハ短調は、1702年に出版した6曲の2本のトレブル・リコーダーのためのソナタ作品1の第3番である。もう1曲は1720年に作曲した組曲第4番ハ短調で、8つの楽章からなる同じく2本のリコーダーと通奏低音のための作品である。
 ヨハン・クリストフ・ペプシュ(Johann Christoph Pepusch, 1667 – 1752)はベルリン生まれで、1681年から1698年までベルリンで宮廷音楽家として活動していたが、その後アムステルダムへ行き、1704年にロンドンに居を構え、当初はヴィオラ奏者として、その後間もなく作曲家、劇場監督、オルガニスト、そして音楽学者として活躍する。1710年には 過去の音楽、特にエリザベス朝の音楽の研究と演奏を目的としたアカデミー・オヴ・エインシェント・ミュージックおよびマドリガル・ソサイエティの結成に参加し、1713年には、オクスフォード大学の音楽博士に昇進した。1710年から1730年の間には多くの自作の出版をした。ペプシュの作品は種々の楽器のためのソナタを始め、歌曲、カンタータ、シンフォーニア、オペラと多岐にわたっている。ペプシュのトリオソナタヘ長調は、緩・急・緩・急の4楽章からなる典型的な形式を有している。
 ヘンリー・パーセル(Henry Purcell, 1659 – 1695)については、すでに「パーセルの鍵盤楽器のための音楽をオリジナル楽器で聴く」等で触れたように、17世紀後半のイギリスを代表する作曲家で、様々な宗教音楽からオペラ、室内楽から鍵盤楽器のための作品まで、39歳という短命にもかかわらず、多くの作品を残した。このCDに収録されているのは、チェンバロのための組曲第2番ト短調(Z 661)である。
 ゴットフリート・ケラー(Gottfried (Godfrey) Keller, ? – 1704)についてはほとんど知られて居らず、おそらくドイツ生まれと思われ、ロンドンで死亡している。2本のリコーダーと通奏低音のためのソナタ6曲が知られており、その第4番変ロ長調がこのCDに収録されている。ゴットフリート・フィンガー(Gottfried Finger, c. 1660 – c. 1730)は、チェコのオルミュッツ(Olmütz [Olomouc])の生まれで、故郷で音楽教育を受けた後、オルミュッツの領主司教、カール・リヒテンシュタイン=カステルコムのクロムニェシュ(Kroměříž, ドイツ名Kremsier)にある宮廷の楽士に採用された。その後1682年頃に短期間ミュンヘンに滞在した後イギリスに行き、1685年に王室楽団に採用され、ジェフリー・フィンガーとして知られるようになった。1688年の名誉革命後は、独立した音楽家としてロンドンの音楽界で重要な人物となった。しかし1702年にはベルリンの宮廷楽士に採用され、1708年にはインスブルックのコンツェルト・マイスター、1717年から1723年の間はゴータの宮廷楽長であった。フィンガーの作品は、種々の楽器のためのソナタのほか、ロンドン時代には劇付随音楽やオペラも作曲している。このCDに収録されているトリオソナタト短調は、1701年頃の作品で、緩・急・緩・急の楽章の中間にアダージョ-アレグロ-アダージョ-アレグロの楽章が挿入されている。
 このCDの最後には、ヘンデルの2本のリコーダーと通奏低音のためのトリオソナタヘ長調(HWV 405)が収録されている。ヘンデルのトリオソナタの多くは、独奏楽器としヴァイオリン、リコーダー、オーボエなどが挙げられているが、このヘ長調のソナタは明確にリコーダーのためと指定されている。おそらく1707年から1709年、ヘンデルがイタリアにいる間に作曲されたと思われる。
 このCDで演奏しているのは、パルナッシアン・アンサンブルという1998年に結成されたアンサンブルで、リコーダー、フラウト・トラベルソ奏者のソフィー・ミドルディッチ(Sophie Middledetch)、リコーダー奏者のヘレン・フーカー(Helen Hooker)、バロック・チェロ奏者のジョセフ・クラウチ(Joseph Crouch)、チェンバロ奏者のデーヴィッド・ポロック(David Pollock)の4人で構成されている。主としてイギリス国内にいて演奏活動を行っており、録音はこのCDのみである。アルトリコーダーは1987年イギリスのティム・クレンモア作のブレッサン・モデルと、2000年ドイツのシュテファン・ブレツィンガー作のヤーコプ・デナー・モデルである。バロック・チェロは1995年ジョージ・ストッパーニ作、チェンバロは、1636年アンドレアス・リュッカース作、1763年アンリ・エムシュ改造の楽器を、1999年にアンおよびアイアン・タッカーがポロックのために製作したものである。ピッチはa’ = 415 Hz、チェンバロの調律はヴァロッティの音律である。
 アヴィー・レーベルは、2002年に演奏家達の所有する事業として創設され、2009年にはおよそ200のタイトルを有している。マイケル・ティルソン・トーマスとサン・フランシスコ交響楽団、トレヴァー・ピノックとイングリッシュ・コンサート、デュファイ・コレクティヴ、ジュリアン・ブリーム、モニカ・ユゲット、リサ・ベズノシュークなどの演奏団体、演奏家がこのレーベルに録音している。
 今回紹介したCDは、現在も販売されているので、容易に入手できる。

発売元:Avie Records

注)このCDに収録されている曲の作曲家につぃては、ウィキペディア英語版の各作曲家の項目を参考にした。

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