私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




S. Bach – Œuvres célébres au clavecin-pédalier
ANALEKTA AN 2 9970
演奏:Luc Beauséjour (Clavecin-Pédalier)

ペダル・チェンバロについての情報は非常に少なく、イヴ・ルクステネ(Yves Rechsteiner)の寄稿(原文はフランス語)によると、ペダル・チェンバロには2種有って、そのひとつは、ペダルが機構的に上部のチェンバロと一体になっていて、ペダルを踏むと、低域の弦を弾くようになっているもの、もう一つは通常のチェンバロの下に別にペダルのための弦を備えた独立したチェンバロを置いたものがあったという。このルクステネの寄稿には、 18世紀ドイツの音楽学者ヤーコプ・アードルンク*1の「音楽学入門(Jacob Adlung, “Anleitung zu der musikalischen Gelahrtheit”. Erfurt 1758, Leipzig 1783)」に掲載されている、ペダル・チェンバロについての詳しい説明が引用されている。その楽器は、当時ヴァイマールの市長であったヨハン・カスパー・フォーグラー*2(Johann Caspar Vogler, 1696 – 1763)が所有しているもので、2段鍵盤と3対の弦(8フィート2対と4フィート1対)を有する通常のチェンバロの下に、2対の弦(8フィートと16フィート)を有するペダルを備えている。その後”Musica Mechanica Organoedi”において、このペダルが2オクターヴの音域を有していることを記している。
 バッハがペダル付きのチェンバロないしはクラヴィコードを所有していたらしいことは、死後その遺産の分配に際して作製された文書に記されていることから推察できる。遺産の目録(バッハ文書類 [Bach-Dokumente II-627*3)には、楽器の項目に小型のものを含めて5台のチェンバロ(Clavesin)が記載されているだけだが、遺産の分配に関する1950年11月11日付の文書(Dach-Dokumente II-628)の中に、ヨハン・クリスティアン・バッハが、父の生前にペダル付きの鍵盤楽器(Clavire nebst Pedal)を贈られており、それ故遺産目録には含まれていない旨の記述がある。また、”Baroque Music”と言うサイトの”The Baroque German Harpsichord”のページに、ペダル・チェンバロについて述べた部分があり、その中にアルバート・シュヴァイツァーが19世紀中頃に消失したパッサカリア(BWV 582)の手稿に「チェンバロとペダル(Cembalo e pedale)」と記されていたと述べているという記述があるが、これと「最近の研究によって、バッハは毎週のツィンマーマンのコーヒー・ハウスにおける演奏会のために、ツァハリアス・ヒルデブラント作のペダル・チェンバロ(16フィート2対、8フィート3対)の上に置かれた2段鍵盤のチェンバロ(16フィート、8フィート2対、4フィート)を所有していた事が確認された*4」という記述については、その出典が明示されて居らず、真偽のほどは不明である。
 ペダル・チェンバロは、オルガニストが練習用に必要としていたと考えられる。教会等のオルガンは、演奏する際必ずふいごを操作する人間を必要としており、オルガニストがいつでも使用するわけには行かなかった。そこで、オルガンに代えてペダル付きのチェンバロ、あるいはクラヴィコードを使用した可能性がある。上述のルクステネの寄稿には、1768年ライプツィヒで製作されたペダル・クラヴィコードの写真が掲載されている。ペダル付きチェンバロのためのレパートリーは、このことから推察すると、オルガンのための曲と言うことになる。オルガンと比較すると、音色の選択には限りがあるが、プレクトラムが弦を弾く際の鋭い音の立ち上がりにより、ペダルで奏される音型も、より明瞭に動きが聞き取れるという利点があるように思える。ただ、ペダル部の弦の構成にもよるが、コラールの定旋律をペダルの4フィート管で奏するような曲は演奏できないと言う制約もある。
 今回紹介するのは、ペダル付きのチェンバロで、バッハのオルガン曲を演奏したAnalektaレーベルのCDである。Analektaは、1988年に創設されたカナダのレーベルで、現在400以上のレパートリーを有し、カナダ最大の独立レーベルだそうだ。Analektaは、ギリシャ語で「精選」という意味があるそうで、カナダ出身の優れた演奏家達による演奏をそのレパートリーとしている。
 使用している楽器は、カナダ、モントリオールに工房を構えるイヴ・ボープレが1998年に製作したエムシュ+ブランシェタイプの2段鍵盤のチェンバロと、それに合わせて2009年に製作したペダルチェンバロである。チェンバロの詳細については何も記されていないが、本体のチェンバロは8フィート2対、4フィート1対の弦を有し、ペダルはおそらく16フィートと8フィートの弦を有するものと思われる。
 演奏しているルク・ボゼジュールは、カナダ、ケベック生まれのチェンバロ、オルガン奏者で、クープラン、ラモー、バッハなどバロックの鍵盤音楽をそのレパートリーとしている。
 このCDに収録されているバッハの作品はすべてオルガンのための作品で、トッカータニ短調(BWV 565)、前奏曲とフーガト長調(BWV 541)、ト短調(BWV 535)、ハ長調(BWV 545)、「シューブラー・コラール」から「目覚めよと我々を呼ぶ声がする(Wachet auf, ruft uns die Stimmen)」(BWV 645)、「オルゲルビュッヒライン」から4曲のコラール、その他のコラール2曲、それに前奏曲とフーガハ長調の間にはトリオソナタハ長調(BWV 529)の第2楽章ラールゴが挿入されている。6曲のトリオソナタ(BWV 525 - 530)は、フォルケルによれば、バッハの長男、ヴィルヘルム・フリーデマンのために作曲されたと言うことで、両手と足で、3声を奏する練習のための曲と考えられ、その目的から見ると、ペダル・チェンバロで演奏するのに適した作品と思われるが、この単一の楽章だけしか演奏されていない。そして最後にパッサカリアハ短調(WBWV 582)が収録されている。
 ペダル・チェンバロの演奏による録音は、今までにもあったようだが、現在容易に入手できるものはほとんど無いようで、その点でもこのCDは、貴重な存在と言うことが出来る。録音は2010年6月にカナダ、ケベック州ミラベルにあるサンテウグスタン教会で行われた。ピッチや調律については、楽器製作者イヴ・ボープレが行ったこと以外何も記されていない。

発売元:Analekta

*1 ヤーコプ・アードルンクはオルガンやチェンバロなどの鍵盤楽器の構造に関する著作”Musica Mechanica Organoedi. Das ist: Gründlicher Unterricht von der Struktur, Gebrauch und Erhaltung, etc. der Orgeln, Clavicymbel, Clavichordien und anderer Instrumente, in so fern einem Organisten von solchen Sachen etwas zu wissen nöthig ist”. 2 Tle. Berlin 1768が有名である。

*2 フォーグラーは、アルンシュタット近郊の生まれで、1706年から当時アルンシュタットの新教会のオルガニストであったバッハの教えを受け、さらに1710年から1715年までヴァイマールで教えを受けた。1715年にエールフルト南方のシュタットイルムのオルガニストになり、1721年からはヴァイマール宮廷のオルガニストに就任した。1729年にはライプツィヒの聖ニコライ教会のオルガニストの応募したが採用されず、1735年にハノーファの市場教会のオルガニストに採用されたが、当時のヴァイマール公爵、エルンスト・アウグストはその転職を認めず、ヴァイマールの副市長に就任し、1737年に市長に昇任し、死亡するまでその任にあった。

*3 Bach-Dokumente – Herausgegeben von Bach-Archiv Leipzig. Supplement zu Johann Sebastian Bach Neue Ausgabe Sämtlicher Werke Band II: Fremdschriftliche und gedruckte Dokumente zur Lebensgeschichte Johann Sebastian Bachs 1685 - 1750– Kritische Gesamtausgabe – Vorgelegt und erläutert von Werner Neumann und Hans-Joachim Schulze, 1969 Bärenreiter Kassel • Basel • Paris • London • New York/VEB Deutscher Verlag für Musik Leipzig

*4 “Recent research has established that for his weekly concerts at Zimmermann' s Coffee House Bach had a double manual harpsichord (16', 3x8', 4') mounted on a pedal harpsichord (2x16', 3x8') made by Zacharias Hildebrandt, who was both harpsichord builder, and organ builder under the direction of Bach's friend and colleague Gottfried Silbermann.”

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