私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




RAVEL: Bolero, Concerto pour la main gauche, Pavane pour une infante défunte, Rapsodie espagnole, La Valse
Zig-Zag Territoires ZZT 060901
演奏:Anima Eterna, Jos van Immerseel (direction), Claire Chevallier (piano Erard 1905)

モーリス・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel, 1875 – 1937)は、クロード・ドビュッシーと並んで、フランス印象派の代表的作曲家とされている。パリ・コンセールヴァトアールで、当初ピアノを習っていたが、途中でガブリエル・フォーレの作曲科に転じた。当時のフランスの作曲家にとって最高の賞である「ローマ賞」に5回応募したが、獲得することはなかった。しかしその間に作曲家として知られるようになり、その評価は好悪極端に分かれてはいたが、次第に認められるようになった。1907年の「スペイン狂詩曲」、ロシア・バレー団のセルゲイ・ディアギレフの依頼による「ダフニスとクロエ」等が20世紀初頭から第1次世界大戦までの間の代表作と言えるだろう。第1次大戦中に母を亡くし、創作意欲が大きく減退し、1927年頃から軽度の言語障害、記憶障害に悩まされるようになり、1928年に4ヶ月間アメリカに演奏旅行に出かけたが、その後に作曲されたのは、1928年の「ボレロ」、1930年の「左手のためのピアノ協奏曲」、1931年の「ピアノ協奏曲 ト長調」、1933年の「ドゥルシネア姫に心を寄せるドン・キホーテ」だけである。
 「スペイン狂詩曲」は、1907年から1908年にかけて「夜への前奏曲」、「マラゲーニャ」、「終曲」を2台のピアノのために作曲し、これに1895年に同じく2台のピアノのために作曲した「ハバネラ」を加えて管弦楽曲としたものである。ラヴェルの母は、スペインのバスク地方の出身で、幼少の頃からスペインの民謡に親しんでいた事が影響していると思われる。「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、コンセールヴァトアール在学中の1899年にピアノ曲として作曲し、1910年に管弦楽曲に編曲した。筆者はこの曲を、1964年5月に来日したアンドレ・クリュイタンス指揮、パリ音楽院管弦楽団の演奏で初めて聴いた。このオーケストラの音は、それまで聴いていた独墺系の音と全く異なっていた。特にこの曲のホルンの独奏の音は、細かいビブラートがかかっていて、サクソフォンのようであった。
 ラヴェルは、ヴィーナー・ワルツを好んでおり、オーケストラのためのワルツを作曲することは、かなり早くから考えていたようだ。1906年に、ヨハン・シュトラウスへの賛辞を込めて、ワルツによる交響詩を作曲する構想を持っていた。1917年に、ロシア・バレー団のセルゲイ・ディアギレフから新しいバレー曲の依頼を受け、1919年から1920年にかけて「ラ・ヴァルス」を作曲した。完成したこの曲の2台のピアノ版をディアギレフに聴かせたが、バレーに不向きと受け取りを拒否されてしまった。初演は、2台のピアノ版が1920年10月23日にヴィーンで、オーケストラ版は1920年12月12日にパリで行われた。バレーでの上演は1928年になって初めて行われた。「ラ・ヴァルス」は、ヴィーナー・ワルツへの賛辞とされているが、音楽様式の変遷はあるものの、単なるヴィーナー・ワルツ賛というよりも、ある種の戯画化が感じられるように思える。
 「ボレロ」は、1928年に、バレリーナのイダ・ルビンシュタインの委嘱で、アメリカへの演奏旅行から帰った直後に作曲された。スペインの舞曲のリズムに基づき、各8小節2つの部分からなる16小節の楽節がAABBで繰り返される。ただ、最後の全楽器で奏される際は、繰り返しなしでABで奏される。最初に小太鼓で奏される2小節のボレロのリズムは、最後の1小節と1拍を除いて絶え間なく同じテンポで奏される。第5小節目にフルートの最弱音で奏される旋律は、繰り返されるごとに楽器を変え、次第に厚みを増し、最後の16小節の終結部に向かって、ひとつのクレッシェンドを成している。同じ主題の繰り返しでありながら、全く単調とか冗長と言うことはなく、多彩な響きと劇的な進行が、この曲の魅力となっている。初演は1928年11月22日にパリのオペラ座で、イダ・ルビンシュタインのバレー団によって行われた。ルビンシュタインの1年間の独占権が終了すると、ラヴェルの予想に反して、各地のオーケストラによって演奏されるようになった。ラヴェルは、1930年1月にコンセール・ラムルーを指揮して録音を行っている。
 「左手のためのピアノ協奏曲」は、第一次世界大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ウィトゲンシュタインの依頼で、1929年から1930年にかけて作曲された。作曲に当たっては、左手のみで演奏するサン=サーンス、ツェルニー、スクリャービン等の作品を参考にしたという。初演は1931年11月27日にヴィーンで、ウィトゲンシュタインのピアノで行われたが、ウィトゲンシュタインは、演奏が困難と無断で変更を加えて演奏した。その後1933年1月27日に、パリでジャック・ファブリエの独奏で、楽譜通りの演奏が初めて行われた。曲は単一楽章の3部形式である。
 今回紹介するCDは、ヨス・ファン・イムマセール指揮、アニマ・エテルナの演奏によるジグ=ザグ・テレトアール盤である。20世紀に入ってから作曲された曲を、その当時の楽器で演奏する事については、異議を唱える人も居るかもしれない。木管楽器にはベーム式などのキーが付き、トランペットやホルンはピストンやバブルが付いて、現在の楽器と大差無いという考えからであろう。しかしながら、これらの曲の内で最も新しい「ボレロ」が作曲され、初演されてからすでに80年以上が経っており、その間に楽器は変化してきている。18世紀から19世紀にかけての変遷に比較すると、見た目の変化は小さいかもしれないが、その響きの違いは明らかにある。演奏についても、テンポやアーティキュレーションなど、単に楽譜の指示に忠実に演奏したからと言って、当時の演奏を再現できるわけでもない。そういった様々な観点から、筆者はどの時代の曲であっても、その成立時点の楽器、調律、奏法にもとづく演奏が、作品の真の姿を理解する上で欠かせないと考えている。CDに添付の解説には、イムマセールの「ラヴェルと我々の間の時間的隔たりは、モーツアルトとチャイコフスキーのそれと同じである」と言う言葉が引用されている。
 今回紹介するCDで演奏しているアニマ・エテルナ・オーケストラは、1987年にイムマセールによって結成された。しかしこのオーケストラは常設ではなく、演奏会や録音の際に、その曲に応じて必要な奏者を世界各国から招集して結成されるという、非常に柔軟な組織の団体である。このCDの、ラヴェルの作品の演奏には、第1ヴァイオリン10人、第2ヴァイオリン9人、ヴィオラ8人、チェロ7人、コントラバス5人、ピッコロとフルート4人、オーボエ、オーボエ・ダモーレ、コール・アングレー3人、クラリネット2人、プティ・クラリネットとバス・クラリネット各1人、ファゴット3人、サリュサフォン1人、ホルン5人、トランペット3人、プティ・トランペット1人、チューバ1人、トロンボーン3人、サクソフォン2人、ティンパニ1人、小太鼓1人、打楽器5人、ハープ2人、チェレスタ1人の79人である。管楽器は、ほんの一部を除いて1900年から1930年の間にフランスで製作されたオリジナル楽器を使用し、奏者たちは日常使用している楽器とは異なる楽器に慣れる必要があった。「亡き王女のためのパヴァーヌ」では、G管の自然ホルンが使用されている。これらフランス製の楽器以外の管楽器も、同時期の周辺国で製作されたものである。「左手のためのピアノ協奏曲」のピアノ独奏は、クレール・シュヴァリエが自ら所有する1905年作のエラール・ピアノを演奏している。シュヴァリエは、1969年フランス生まれのピアニストで、現在はベルギーに住み、オリジナル楽器、19世紀から20世紀のフォルテピアノによる演奏を行っている。彼女自身、1842年から1920年に製作されたフォルテピアノを所有しているそうで、調律も自ら行っている。この楽器は7オクターヴと1/4、A” - c”’、エラール独特のダブル・エスケープメント打弦機構を有している。なお、演奏で使用されているハープの1台も、エラール製である。
 イムマセールは、「ボレロ」演奏にあたり、1930年にラヴェルの指揮で行われた録音も参考にしている。音の強弱の巾は別にして、テンポやリズムの刻み方、ほとんど用いられないビブラートなど、ラヴェルが自ら指揮した演奏は、今回の録音に役立てられたそうだ。
 録音は、2005年10月23日、25日、29日に、ベルギー、ブリュージュのコンサートホールで行われた。残響の多すぎない、引き締まった響きのする空間で、非常に優れた録音である。このジグ=ザグ・テレトアール・レーベルのCDは、現在も購入可能である。

発売元:Zig-Zag Territoires

注)モーリス・ラヴェルと彼の作品については、ウィキペディア日本語版および英語版の該当項目を参考にした。アニマ・エテルナおよび演奏に使用した楽器については、CDに添付の解説書によった。

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20世紀の作品 (aeternitas)
2011-10-08 20:44:54
ピリオド楽器による20世紀作品を、はじめて耳にしたのは、ヘレヴェーゲ(ヘレヴェッヘ)のシェンベルク「月に憑かれたピエロ」だったか、あるいは、ロイ・グッドマンのホルスト「惑星」だったのか。近年ではクイケン・ファミリーのドビュッシーの録音もあり、まだ絶対数はそれほどでもありませんが、どれもなかなか楽しませてくれます。あと数十年もすれば、バーンスタインの「ウエスト・サイド物語」や、武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」も……。
 
 
 
20世紀の作品のオリジナル編成による演奏 (ogawa_j)
2011-10-09 11:29:02
aeternitasさん、追加情報ありがとうございます。たしかに、「ウェストサイド物語」や武満の作品を、その作曲時点の楽器、編成で演奏する時がいずれ来るでしょうね。それを聴くことはできないでしょうが・・・。
 「惑星」のオリジナル編成による演奏は、聴いてみたくなりました。
 
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